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女の子を撮影したら、惚れされることができる能力をてにいれた件

執筆用bot E-021番 

護送車(リコ視点)

 ……ゴクゴクゴク。


 霧島リコは、パック牛乳をいっきに飲み干した。


 韮山イオリが入った護送車。護送車に寄り添うようにして、黒塗りのセダンが並走している。セダンを運転しているのが柊エマコだった。リコは助手席にすわっている。窓に映る夜景が時速80キロでながれてゆく。


「夜景って、なんでキレイに見えるんでしょうね」
 と、リコはなにげなくそう呟いた。


「キラキラしてるからじゃない? クリスマスでも、そうじゃない。光っててキラキラしてるとキレイに見えるのよ」


「そうなんですかね」


「リコちゃんは、夜景なんて見慣れちゃったかしら? あんなタワーマンションに住んでたら、見飽きるんじゃない?」


「そんなことないですよ。見るたびにキレイだなぁ……とは感じるんですけどね。でも、冷静に考えてみれば、たぶん汚いんだろうなぁって」


「汚い?」


「だってそうでしょう。街の明かりって近づいて見たら、ゴミとか付いてますし、蜘蛛の巣とか張られてますし」


 こうして高速道路から見下ろせる景色も、近くで見ると汚れているのだろう。なのに、キラキラしてるとキレイに見えてしまう。


「キレイは汚い。汚いはキレイ。たしかそんなことを書いてた小説家がいたわね。桜の木の下には――ってヤツ。いや。もともとは、シェイクスピアなのかな」


「私、あんまり本読まないから、わかんないですけど」


 カゲロウならわかるかもしれないな、とリコは冴えない幼馴染のことを思い出した。


「読書は嫌いだったっけ?」


「苦手ですね。カラダを動かしてるほうが、気持ち良いですし。本なんて読んで、どういう意味があるのかわかりませんし」
 と、リコは牛乳パックに差さっていたストローをかんだ。


「読書家のほうが年収が高いらしいわよ」
 と、エマコはちいさく首をかしげて見せた。ブロンドの髪がユラリと揺れた。


「ホントウですか?」


「さあ」


 たぶんウソだろう。
 フィクションで生きている人間が、現実世界で成功するなんて思えない。


「エマコさんは、読書するんですか?」


「そうね。チョットは読むわよ。でも賢くなろうとか、面白いからとかじゃなくて、あの人と話を合せるためにね」


「あの人?」


「警視総監。陽山雄蔵」


「まだ狙ってるんですか?」


「まあね。だってカッコウ良いじゃない。上から吹く風に女は弱いのよ」
 あ、これも小説家のセリフね、とエマコは付け加えた。


(たしかに、カッコウ良いのかもなぁ)
 と、リコはユウゾウの姿を思い出した。


 リコにとってユウゾウは警視総監というよりも、幼馴染の父親という印象が強い。歳が離れすぎているせいか、異性として意識することは出来なかった。


「でもユウゾウさんって、たしかもう50歳とかじゃないですか? エマコさんとも歳の差すごいですよ。それにユウゾウさんは、いちおうバツイチだし」


「愛に年齢や経歴なんて関係ないのよ」


「それも誰かの小説家のセリフですか?」


「うぅん。世の中に蔓延ってる陳腐なセリフ」


「そうですか」


 この人も恋とかするんだなぁ……とリコは、エマコの横顔を見つめた。


 こうして見るかぎり、警察官という感じはしない。髪を染めているから、柔らかく見えるのかもしれない。チャラチャラしているってわけでもない。乱れているようで、まとまっている。自分もそれぐらいの柔軟さが欲しいな、とリコはそういう面でもエマコに憧れるのだった。


 そう言えば訊きたかったんですけど――とリコは切り出した。


「髪染めてても、何も言われないんですか?」
 ああ、これね――とエマコは頭を揺らしてみせた。


「昔から染めてたわけじゃないのよ。もともと生活安全課にいてね。そこにいたころは、黒髪だったのよ。特務課にまわされてから、髪を染めたの」


 ほら、特務はいろいろ特殊だから――とのことだ。


「生活安全課ですか。っぽいですね」


「よく言われる」


「どうして特務課に回されたんですか?」


「当時から、そういう事件によく出くわしてたのよ。悪魔ってよくまだ未成熟な子に憑くことが多いのよね。ゼッタイにそうとは限らないけど、そういう傾向があるの。で、悪魔の異能に出くわすことが多かった。そしたら、回されたのよ。霧島璧主任に言われたわ。『怪異を怪異と認められる人間にしかつとまらん部署だ』って」


 エマコは、渋い声を発して言った。霧島璧の声マネのつもりだったのだろう。


「お父さんが、そんなことを……」


「意外?」


 ええ、とリコはうなずいた。


「意外です。まぁ、お父さんがどんな人だったか――上手く説明できる自信はないんですけど。父はもっと堅物だった気がします」


 そもそも、父親が特務課だなんて、そんな特殊な部署にいたこと自体が意外だ。しかも主任である。


「それを言ったら、リコちゃんだって関わってるじゃない」


「それはまぁ、成り行き上というかなんというか……」


「今日も呼びだして、ごめんなさいね。でも今日はゼッタイに、リコちゃんのチカラが必要だったから」
 と、急にマジメな語調でエマコは言った。


「いえ。それは大丈夫です。こうして特務課の仕事にかかれることは、ホントウに嬉しく思ってますから」


 隣を走っている護送車には、韮山イオリという憑人が入れられている。でも、韮山イオリに警戒する必要はないということだ。特務課の協力者らしい。


「今回、T大学の研究所で、韮山イオリのことを、もっと詳しく調べてもらえることになったの。韮山に危険性がないか調べるのに手間取って、しばらく特務課のほうで身柄を保護していたんだけど。まぁ、連れ出しても大丈夫だろうってことでね」


「韮山はホントウに危険性はないんですか?」


 安全な憑人なんてめずらしい。


「それは大丈夫。韮山はうつ病の傾向があるけれど、暴力性はほとんどない。特務課にも協力的よ。T大学での研究についても、同意してくれているし」


「T大学の研究所って、たしかフラグメントの開発とか、特務課のアプリ開発とかに携わってるところでしたっけ?」


「そうよ。捕えた憑人や悪魔の情報を利用して、フラグメントと呼ばれる特別な武器を手に入れることが出来たのも、特殊なアプリを開発できたのも、ぜんぶT大学研究所のおかげ。もちろん公には出来ないんだけどね」


「どういう仕組みなんですかね。フラグメントって」


「私は研究者じゃないから、わかんないけど。悪魔の情報を利用してるらしいわよ。連中もデータの存在だから。そのデータを利用するんだって。向こうについたら、誰かが詳しく教えてくれるかも」


 はぁ、とリコは曖昧に応じた。
 聞いても良くわからない。


「危険なんですよね。この護送」


 万が一よ、とエマコはハンドルを切りながら言う。
 車体とともに、カラダも傾く。


「憑人たちが襲撃してくるかもしれないからね。そんなことになって欲しくはないけど。でも用心するに越したことはないでしょ。ゆいいつの憑人の協力者を奪われるなんてことになったら最悪だから」


「はい」


 万が一とは言うけれど、何か予感のようなものが働いているのかもしれない。韮山の護送車の左側にはエマコとリコ。前方にはイルカとクジラ班がいる。後ろには、イタチ班が追随するという厳戒態勢を敷いている。


「万が一だけど、それでもいちおうフラグメントの準備はしておいてね」


「はい」


 言われなくても、リコはずっとスマホを手に持っていた。
 来るなら、来い。
 闘志も充分だ。


 ストローを吸った。もう牛乳はなくなっていた。空気だけがリコの口のなかに入り込んできた。

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