女の子を撮影したら、惚れされることができる能力をてにいれた件
作戦
父から説教を受けた翌日のことだ。学校は休みだった。ミオンはアイドルの仕事で戻って来ない。オレはさっそく「喫茶シルバー・バレット」へ行くことにした。
チリンチリン……。
トビラを開けると、場違いに可愛らしい鈴の音がひびいた。暗紅色の喫茶店。今日もすこしはお客さんが入っているようだ。
カウンターテーブルには、相変わらず男爵めいたマスターがコーヒーを挽いている。そしてその席には、カチューシャさんが座っていた。カチューシャさんは目が見えないはずだけれど、オレにその顔を向けてきた。
「はぁい。ボーイ。来てくれると思ってた。リリンから話は聞いているわ」
と、その手を招き猫みたいに持ち上げて、閉じたり開いたりして見せた。
「すみません。先日は急に帰ったりして」
「いいのよ。前は、ビックリしちゃったんでしょう。とりあえず座ってちょうだい」
「あ、あの――」
「なに?」
「ここに直接来ても良かったんですか? このあいだはファミレスに寄ったりしましたけど。今日もべつに尾行とかは、されたりしてないとは思いますけど」
「大丈夫よ。このあいだは、はじめてだったから念入りに警戒していただけ。ここは普通の喫茶店だもの」
「そうですか」
コーヒーを、もらうことにした。マスターが挽いてくれた。出てきたコーヒーは、前とはすこし味が違っていた。苦味が薄いかわりに、すこし酸味がきいていた。これはこれで美味しい。インスタントとは根本的に違う。
もう、戻れない。
「そのコーヒーは、私が奢ってあげる」
「いいですよ。お金は持って来てますから」
「奢らせてちょうだい。今日はボーイがもう一度来てくれたお祝いの意味も込めてね」
「それじゃあ御言葉に甘えて」
一杯400円もするから、コーヒーにしては高い。高いけれど、それ相応の味がする。それになんだかひとつ大人になった気分になれる。
「前には渡しそびれたんだけど、これを渡しておくわ」
と、カチューシャさんはスマホを渡してきた。
「これは?」
「ダミーよ。スマホはふたつ持っていたほうが良いわ。周囲に不審に思われるかもしれないでしょ。だから憑人たちは、だいたい2機持ってる。私も2機使いわけるようにしてる」
「いいんですか。でも、こんなもの貰って」
コーヒーとはわけが違う。
普段オレが使っているスマホと機種も同じものだったから、わざわざ同じ物を用意してくれたのだろう。
「いいのよ。下手打って、特務課にボーイが連れて行かれることのほうが損失なんだし」
「じゃあ、いただいときます」
と、ポケットにしまった。
「イザってときには、そのスマホを見せると良いわ。最高のカムフラージュになるから」
「はぁ」
とカチューシャさんの意味深な笑みには、曖昧に返すしかなかった。いったいどういう意味なんだろうか。
「サッソクだけど、『護送車急襲作戦』について話させてもらうわ」
「あ、はい」
これを聞いたら、もうホントウに引き返すことは出来ないのだという覚悟を決めて、オレはうなずいた。
「護送車に移送されるのは、この男。韮山イオリ。歳はあなたよりも二つ上の18歳」
カチューシャさんのスマホの画像を見せてくれた。その画像に写されているのは、病弱そうな男だった。若いのに白い髪はぼさぼさで、目の下にはクマがある。唇は紫色だ。
「ずいぶんと疲れてる感じの男の人ですね。ホントウに18歳なんですか?」
「契約したときの影響らしいわ。臓器をいくつか悪魔に持っていかれて、こうなってって聞いてるわ」
「容赦ないですね」
リリンとは、契約しないようにしよう。決意した。
「イオリの能力は非常に強力なものよ。自分に向かってくる運動エネルギーを、反転させることが出来る。要するに、どんなものでも弾き返してしまう。殴られもしないし、ボールだって弾き返す」
「まぁ、強そうではありますね」
ケンカすれば強いし、たしかに強力な能力かもしれないが、あまり普段の生活で役立ちそうな能力ではなさそうだ。役立つときと言えば、ドッジボールのときぐらいか。交通事故ぐらいは防げるのかもしれない。
それに比べると、チャームという能力は、はるかに優秀だ。
「問題なのはこの韮山イオリが、みずからすすんで特務課に協力してるってこと」
「自首したんですか」
「彼はもともと重度のうつ病でね。何度か自殺未遂もしてる。だけど、憑人のサンプルとしてなら自分を世界のために役立てられると考えた」
「ずいぶんと殊勝な心がけですね」
と、オレはあらためて、画面に映されているイオリの顔を見た。
この世に嫌気をさしたような顔をしている。オレは憑人として生きる覚悟を決めた。一方でこの男は、みずから自首することを決めたというわけだ。
「今回の目的は、この韮山イオリを救出すること。いや。救出って言うよりも、強奪の方が的確かしらね。この男のチカラは、憑人たちにとっては必要なものだから。作戦はだいたい憑人20人で決行する」
と、カチューシャさんはスマホを引っ込めた。
「でも、そんな人を、どうやって連れて行くんですか?」
ムリヤリ連れて行くにしても、本人が厭だと言うのなら、それはムリな話だ。運動エネルギーを反転させてしまうのだ。仮に手をつかもうとしたら、反発する磁石のように弾かれるかもしれない。
「そう。普通なら連れて行くことは出来ない。だから、ボーイのチカラが必要になる」
と、カチューシャさんは、オレの眉間を人差し指で軽く突いてきた。
「チャームの出番ってわけですか」
「チャームで味方に引き込んでしまえば、連れて行くことは簡単だからね。韮山イオリのチカラは必要よ。普段は役に立たないかもしれないけれど、特務課と戦争になったら必ず役に立つ」
「戦争ですか」
「いずれそれは起きるわ」
「それは楽しみです」
と、強がって見せた。
「へぇ。意外ね。もっとビックリするかと思った」
「ビックリはしましたけど……でも、オレはやれるところまで、やってやろうと決めましたから」
警察相手に戦争を起こす。敵将のなかには、オレの父親がいるのだ。泡を吹かせてやれるならば、戦争だってやってやる。
「頼もしいわ。やっぱりリリンの見る目は間違えていなかった――ということね。ボーイには魔王の器がある」
「そこまでの人間かどうかは、わかりませんけど」
「大丈夫よ。ボーイがその気概でいてくれるなら、私がみっちり鍛えてあげるから。護送車を襲うまでは、まだ日にちがある。それまで多少は動けるようにしておかなくちゃならないしね」
地下のトレーニングジムで鍛えてくれると言っているのだろう。
運動は苦手だが、ここで逃げるわけにはいかない。
「お願いします」
「それからもうひとつ、渡しておきたいものがあるの」
マスター、とカチューシャさんが呼んだ。マスターはまるでロボットみたく、コーヒー豆を挽いていた。呼ばれて、豆を挽く手を止めた。カウンターテーブルの下から、アタッシュケースを取り出した。サスペンスドラマとかだったら、現金が詰め込まれていそうなカバンだ。カチューシャさんはそれを受け取ってカギを開けた。
中から現れたのは――。
「仮面……ですか」
純白のものだった。「ハロウィン」の「ブギーマン」を連想させられて、不気味だった。
「護送車を襲うときは、こっちの面が割れないように顔を隠す。相手は警察だから、顔を見られたら終わり。ほら、強盗とかが良く目出し帽をかぶってるでしょ。それと似たような物よ」
「なるほど」
不思議な話だが、仮面を受け取ったときに、ようやくオレは今、大きな犯罪に関わろうとしているのだという実感がわいてきた。目出し帽というわかりやすい例えを出されたから、そう感じたのかもしれない。じわりと冷や汗をにぎることになった。
「でもその仮面は特別なものよ。前は、あの御方が使っていたものだったから」
「あの御方?」
「前のリリンの憑人。二階堂万桜」
「その人の仮面なんですか」
「ボーイならば、憑人たちを従わせることが出来ると信じてるわ。なんならこの瞬間にでも、チャームを使って、私たちを従わせることが出来るのだから」
「それはまぁ、そうですけど」
カチューシャさんに、チャームを使おうという気にはならなかった。オレにたいして好意を寄せてくれているであろう人に、わざわざチャームをかけようとは思わない。
「さあ。作戦までまだ時間がある。私がたっぷり鍛えてあげるから、地下のトレーニングジムに行きましょ」
と、カチューシャんさんは立ち上がった。残っていたコーヒーを、オレはいっきに飲み干すことにした。
ゴクゴクゴク……
チリンチリン……。
トビラを開けると、場違いに可愛らしい鈴の音がひびいた。暗紅色の喫茶店。今日もすこしはお客さんが入っているようだ。
カウンターテーブルには、相変わらず男爵めいたマスターがコーヒーを挽いている。そしてその席には、カチューシャさんが座っていた。カチューシャさんは目が見えないはずだけれど、オレにその顔を向けてきた。
「はぁい。ボーイ。来てくれると思ってた。リリンから話は聞いているわ」
と、その手を招き猫みたいに持ち上げて、閉じたり開いたりして見せた。
「すみません。先日は急に帰ったりして」
「いいのよ。前は、ビックリしちゃったんでしょう。とりあえず座ってちょうだい」
「あ、あの――」
「なに?」
「ここに直接来ても良かったんですか? このあいだはファミレスに寄ったりしましたけど。今日もべつに尾行とかは、されたりしてないとは思いますけど」
「大丈夫よ。このあいだは、はじめてだったから念入りに警戒していただけ。ここは普通の喫茶店だもの」
「そうですか」
コーヒーを、もらうことにした。マスターが挽いてくれた。出てきたコーヒーは、前とはすこし味が違っていた。苦味が薄いかわりに、すこし酸味がきいていた。これはこれで美味しい。インスタントとは根本的に違う。
もう、戻れない。
「そのコーヒーは、私が奢ってあげる」
「いいですよ。お金は持って来てますから」
「奢らせてちょうだい。今日はボーイがもう一度来てくれたお祝いの意味も込めてね」
「それじゃあ御言葉に甘えて」
一杯400円もするから、コーヒーにしては高い。高いけれど、それ相応の味がする。それになんだかひとつ大人になった気分になれる。
「前には渡しそびれたんだけど、これを渡しておくわ」
と、カチューシャさんはスマホを渡してきた。
「これは?」
「ダミーよ。スマホはふたつ持っていたほうが良いわ。周囲に不審に思われるかもしれないでしょ。だから憑人たちは、だいたい2機持ってる。私も2機使いわけるようにしてる」
「いいんですか。でも、こんなもの貰って」
コーヒーとはわけが違う。
普段オレが使っているスマホと機種も同じものだったから、わざわざ同じ物を用意してくれたのだろう。
「いいのよ。下手打って、特務課にボーイが連れて行かれることのほうが損失なんだし」
「じゃあ、いただいときます」
と、ポケットにしまった。
「イザってときには、そのスマホを見せると良いわ。最高のカムフラージュになるから」
「はぁ」
とカチューシャさんの意味深な笑みには、曖昧に返すしかなかった。いったいどういう意味なんだろうか。
「サッソクだけど、『護送車急襲作戦』について話させてもらうわ」
「あ、はい」
これを聞いたら、もうホントウに引き返すことは出来ないのだという覚悟を決めて、オレはうなずいた。
「護送車に移送されるのは、この男。韮山イオリ。歳はあなたよりも二つ上の18歳」
カチューシャさんのスマホの画像を見せてくれた。その画像に写されているのは、病弱そうな男だった。若いのに白い髪はぼさぼさで、目の下にはクマがある。唇は紫色だ。
「ずいぶんと疲れてる感じの男の人ですね。ホントウに18歳なんですか?」
「契約したときの影響らしいわ。臓器をいくつか悪魔に持っていかれて、こうなってって聞いてるわ」
「容赦ないですね」
リリンとは、契約しないようにしよう。決意した。
「イオリの能力は非常に強力なものよ。自分に向かってくる運動エネルギーを、反転させることが出来る。要するに、どんなものでも弾き返してしまう。殴られもしないし、ボールだって弾き返す」
「まぁ、強そうではありますね」
ケンカすれば強いし、たしかに強力な能力かもしれないが、あまり普段の生活で役立ちそうな能力ではなさそうだ。役立つときと言えば、ドッジボールのときぐらいか。交通事故ぐらいは防げるのかもしれない。
それに比べると、チャームという能力は、はるかに優秀だ。
「問題なのはこの韮山イオリが、みずからすすんで特務課に協力してるってこと」
「自首したんですか」
「彼はもともと重度のうつ病でね。何度か自殺未遂もしてる。だけど、憑人のサンプルとしてなら自分を世界のために役立てられると考えた」
「ずいぶんと殊勝な心がけですね」
と、オレはあらためて、画面に映されているイオリの顔を見た。
この世に嫌気をさしたような顔をしている。オレは憑人として生きる覚悟を決めた。一方でこの男は、みずから自首することを決めたというわけだ。
「今回の目的は、この韮山イオリを救出すること。いや。救出って言うよりも、強奪の方が的確かしらね。この男のチカラは、憑人たちにとっては必要なものだから。作戦はだいたい憑人20人で決行する」
と、カチューシャさんはスマホを引っ込めた。
「でも、そんな人を、どうやって連れて行くんですか?」
ムリヤリ連れて行くにしても、本人が厭だと言うのなら、それはムリな話だ。運動エネルギーを反転させてしまうのだ。仮に手をつかもうとしたら、反発する磁石のように弾かれるかもしれない。
「そう。普通なら連れて行くことは出来ない。だから、ボーイのチカラが必要になる」
と、カチューシャさんは、オレの眉間を人差し指で軽く突いてきた。
「チャームの出番ってわけですか」
「チャームで味方に引き込んでしまえば、連れて行くことは簡単だからね。韮山イオリのチカラは必要よ。普段は役に立たないかもしれないけれど、特務課と戦争になったら必ず役に立つ」
「戦争ですか」
「いずれそれは起きるわ」
「それは楽しみです」
と、強がって見せた。
「へぇ。意外ね。もっとビックリするかと思った」
「ビックリはしましたけど……でも、オレはやれるところまで、やってやろうと決めましたから」
警察相手に戦争を起こす。敵将のなかには、オレの父親がいるのだ。泡を吹かせてやれるならば、戦争だってやってやる。
「頼もしいわ。やっぱりリリンの見る目は間違えていなかった――ということね。ボーイには魔王の器がある」
「そこまでの人間かどうかは、わかりませんけど」
「大丈夫よ。ボーイがその気概でいてくれるなら、私がみっちり鍛えてあげるから。護送車を襲うまでは、まだ日にちがある。それまで多少は動けるようにしておかなくちゃならないしね」
地下のトレーニングジムで鍛えてくれると言っているのだろう。
運動は苦手だが、ここで逃げるわけにはいかない。
「お願いします」
「それからもうひとつ、渡しておきたいものがあるの」
マスター、とカチューシャさんが呼んだ。マスターはまるでロボットみたく、コーヒー豆を挽いていた。呼ばれて、豆を挽く手を止めた。カウンターテーブルの下から、アタッシュケースを取り出した。サスペンスドラマとかだったら、現金が詰め込まれていそうなカバンだ。カチューシャさんはそれを受け取ってカギを開けた。
中から現れたのは――。
「仮面……ですか」
純白のものだった。「ハロウィン」の「ブギーマン」を連想させられて、不気味だった。
「護送車を襲うときは、こっちの面が割れないように顔を隠す。相手は警察だから、顔を見られたら終わり。ほら、強盗とかが良く目出し帽をかぶってるでしょ。それと似たような物よ」
「なるほど」
不思議な話だが、仮面を受け取ったときに、ようやくオレは今、大きな犯罪に関わろうとしているのだという実感がわいてきた。目出し帽というわかりやすい例えを出されたから、そう感じたのかもしれない。じわりと冷や汗をにぎることになった。
「でもその仮面は特別なものよ。前は、あの御方が使っていたものだったから」
「あの御方?」
「前のリリンの憑人。二階堂万桜」
「その人の仮面なんですか」
「ボーイならば、憑人たちを従わせることが出来ると信じてるわ。なんならこの瞬間にでも、チャームを使って、私たちを従わせることが出来るのだから」
「それはまぁ、そうですけど」
カチューシャさんに、チャームを使おうという気にはならなかった。オレにたいして好意を寄せてくれているであろう人に、わざわざチャームをかけようとは思わない。
「さあ。作戦までまだ時間がある。私がたっぷり鍛えてあげるから、地下のトレーニングジムに行きましょ」
と、カチューシャんさんは立ち上がった。残っていたコーヒーを、オレはいっきに飲み干すことにした。
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