女の子を撮影したら、惚れされることができる能力をてにいれた件
魔王
「ファミレスなんかで飲むコーヒーより、ここのはずっと美味しいわよ」
オレをここまで誘った女性がそう言った。
「いただきます」
と、オレは男爵めいたマスターの挽いたコーヒーをいただくことにした。
酸味はなく、苦味の強いコーヒーだったけれど、苦味のなかには甘味があった。砂糖ではない。豆の甘味だとわかる。苦味は残ることはなく、すーっと口のなかで溶けていった。オレがいまで飲んでいたコーヒーと同一のものとは思えない味がした。
「美味しいでしょ」
「ええ。とても……。それでえっと……」
何からどう尋ねて良いものなのか、わからない。わからないことが多すぎる。
「あ、ごめんなさい。私はカチューシャ」
変わった名前だ。偽名かもしれないし、愛称かもしれないし、ホントウに外国人なのかもしれない。
「オレは陽山です。カゲロウって呼ばれることのほうが多いですけど」
「安心してちょうだい。私は憑人だし、このマスターもそう。ここで働いてる人たちは、みんなそう。やって来る客もね」
「そう――なんですか」
あらためて店内を見渡す。
すこし赤味をおびた色の濃い木目の壁に同系色の床。置かれている家具も、木造のようだが、ワックスで丁寧に仕立て上げられているのか、ピカピカに輝いている。
気だるそうに掃除をしている人がいれば、ひとりでコーヒーを飲んでいる人もいる。新聞を広げている客がいれば、姿勢正しく食事に向かっている者もいる。みんな憑人なのかと思うと、なんだか妙な世界に紛れこんでしまった心地になる。
店内で鳴りひびいているのは、ジャズ調の音楽だった。マスターはさっきから、コーヒー豆をガリガリと挽きつづけている。大人のお店という雰囲気はあるけれど、悪魔という毒々しい生物たちがひそむ巣窟にはとても見えなかった。
「ずっと、あなたのことを探していたのよ。カゲロウボーイ」
と、カチューシャと名乗った女性はそう言って、身を寄せてきた。相変わらず胸元をさらけ出しているため、目のやり場に困る。
「オレを?」
「私が悪魔から授かった能力は、憑人を見つけ出す能力。憑人かどこにいるのか、スマホに表示させることが出来たのよ。今では、スマホを使わなくても能力を使えるけれどね。そのおかげで、ボーイを探し出すことが出来た」
「契約――したんですか?」
「ええ」
「契約したら、カラダの一部を捧げなくちゃならないって聞きましたけど」
「そうよ」
と、カチューシャさんはサングラスを外して見せた。両目とも閉ざされていた。
「目を?」
「そう。だけど不便はないわよ。おかげで私は心眼が開いたの。気配だけで周りの様子がわかるんだから」
冗談なんだろうか? 笑うべきか迷ったがやめた。たしかにここまでの道のりで、目が不自由だと感じさせられる場面はなかった。
「どうやって見つけ出したのかは、わかりましたけど、オレに何か用事があるんですか?」
「ボーイに憑いた悪魔は、リリンと呼ばれる悪魔でしょ」
「ええ」
「その悪魔に憑かれた者は、いつだって憑人たちの王として君臨する。魔王といったところかしら」
言っている意味を理解するのに、しばしの時間を要した。
「魔王?」
その単語は、あまりに非現実的だ。
「リーダーとでも言うべきかしらね。だってそうでしょう。チャームというチカラには、他人を強制的に自分の味方にする能力がある。それは憑人だって同じことよ。もしボーイが私の能力を使ったとすれば、私はあなたの所有物になる」
ココロもカラダもね、とカチューシャさんは言った。
その言い方にはすこし色気が含まれており、思わず開いた胸元に目をやってしまった。オレは冷静さをとり戻すために、コーヒーを一口すすった。
リリンという悪魔は、前は別の人に憑いていたのよ――と、カチューシャさんはつづけた。
「二階堂万桜という男。憑人たちの親玉だった。だけど、死んじゃってね。リリンだけは、どうにか逃げることが出来たのだけれどね。そして二階堂万桜の後に、リリンはボーイに憑いた」
「そんなこと、ぜんぜん知りませんでした」
リリンは教えてくれなかった。
「リリンは、ちゃんと人を選んで憑いているはずよ。ボーイはリリンに選ばれたということ。魔王の後釜にね」
「急に魔王だと言われても、オレにはそんな……」
そんな器ではない、と思う。
オレなんてただの高校生だ。いや。平均よりチョット成績の悪いことをかんがみれば、出来の悪い部類の入る気もする。
オレの心境など知らず、カチューシャさんは言葉を継ぐ。
「憑人は、セッカク特別な能力を手に入れることが出来たのに、その能力を自由に発揮することが出来ない。特務課と呼ばれる連中がいるからね。特務課のことは知っているでしょう? 昨日の夜、ボーイの住んでるマンションに押し入っていたものね」
「はい」
「昨晩、特務課にやられたのは、原田陸男。42歳。自身を撮影することで獣人になる能力を持っていた。でも特務課に殺されてしまった」
「殺されたんですか?」
特務課というのが特別な組織だというのは知っていたが、まさか殺しすら容認にしているとは思わなかったので、それを聞いて驚いた。
「連中は相手が憑人となると、容赦なく殺しにかかってくるわ。捕獲できる場合は捕獲するみたいだけどね。二階堂万桜もそうよ。特務課に殺されてる」
「そんな……」
チャームがもしかすると死刑に相当するような犯罪かもしれない、と考えたことはある。まさかホントウに殺されるとは思わなかった。急に心細くなった。今こうしている間にも、警察はオレのことを調べているかもしれない。不安に駆られる。
「心配することはないわよ。ボーイがここに来るまでのあいだに、尾行されていないか調べていたけれど、誰もボーイを怪しんだりはしていないから」
「それで、こんなに手間のかかった接触の仕方をしたんですね」
「メンドウだったでしょう。ごめんなさいね」
「いえ」
尾行がついていないと聞いただけで、すこし安心することが出来た。
「コーヒーを飲むと良いわ。気持ちが休まるから」
「はい」
コーヒーに口をつける。ほのかに甘い苦味が、口のなかに広がる。
「この喫茶店。地下にトレーニングジムがついてるの。話のつづきはそこでしましょう」
と、カチューシャさんは立ち上がった。
オレをここまで誘った女性がそう言った。
「いただきます」
と、オレは男爵めいたマスターの挽いたコーヒーをいただくことにした。
酸味はなく、苦味の強いコーヒーだったけれど、苦味のなかには甘味があった。砂糖ではない。豆の甘味だとわかる。苦味は残ることはなく、すーっと口のなかで溶けていった。オレがいまで飲んでいたコーヒーと同一のものとは思えない味がした。
「美味しいでしょ」
「ええ。とても……。それでえっと……」
何からどう尋ねて良いものなのか、わからない。わからないことが多すぎる。
「あ、ごめんなさい。私はカチューシャ」
変わった名前だ。偽名かもしれないし、愛称かもしれないし、ホントウに外国人なのかもしれない。
「オレは陽山です。カゲロウって呼ばれることのほうが多いですけど」
「安心してちょうだい。私は憑人だし、このマスターもそう。ここで働いてる人たちは、みんなそう。やって来る客もね」
「そう――なんですか」
あらためて店内を見渡す。
すこし赤味をおびた色の濃い木目の壁に同系色の床。置かれている家具も、木造のようだが、ワックスで丁寧に仕立て上げられているのか、ピカピカに輝いている。
気だるそうに掃除をしている人がいれば、ひとりでコーヒーを飲んでいる人もいる。新聞を広げている客がいれば、姿勢正しく食事に向かっている者もいる。みんな憑人なのかと思うと、なんだか妙な世界に紛れこんでしまった心地になる。
店内で鳴りひびいているのは、ジャズ調の音楽だった。マスターはさっきから、コーヒー豆をガリガリと挽きつづけている。大人のお店という雰囲気はあるけれど、悪魔という毒々しい生物たちがひそむ巣窟にはとても見えなかった。
「ずっと、あなたのことを探していたのよ。カゲロウボーイ」
と、カチューシャと名乗った女性はそう言って、身を寄せてきた。相変わらず胸元をさらけ出しているため、目のやり場に困る。
「オレを?」
「私が悪魔から授かった能力は、憑人を見つけ出す能力。憑人かどこにいるのか、スマホに表示させることが出来たのよ。今では、スマホを使わなくても能力を使えるけれどね。そのおかげで、ボーイを探し出すことが出来た」
「契約――したんですか?」
「ええ」
「契約したら、カラダの一部を捧げなくちゃならないって聞きましたけど」
「そうよ」
と、カチューシャさんはサングラスを外して見せた。両目とも閉ざされていた。
「目を?」
「そう。だけど不便はないわよ。おかげで私は心眼が開いたの。気配だけで周りの様子がわかるんだから」
冗談なんだろうか? 笑うべきか迷ったがやめた。たしかにここまでの道のりで、目が不自由だと感じさせられる場面はなかった。
「どうやって見つけ出したのかは、わかりましたけど、オレに何か用事があるんですか?」
「ボーイに憑いた悪魔は、リリンと呼ばれる悪魔でしょ」
「ええ」
「その悪魔に憑かれた者は、いつだって憑人たちの王として君臨する。魔王といったところかしら」
言っている意味を理解するのに、しばしの時間を要した。
「魔王?」
その単語は、あまりに非現実的だ。
「リーダーとでも言うべきかしらね。だってそうでしょう。チャームというチカラには、他人を強制的に自分の味方にする能力がある。それは憑人だって同じことよ。もしボーイが私の能力を使ったとすれば、私はあなたの所有物になる」
ココロもカラダもね、とカチューシャさんは言った。
その言い方にはすこし色気が含まれており、思わず開いた胸元に目をやってしまった。オレは冷静さをとり戻すために、コーヒーを一口すすった。
リリンという悪魔は、前は別の人に憑いていたのよ――と、カチューシャさんはつづけた。
「二階堂万桜という男。憑人たちの親玉だった。だけど、死んじゃってね。リリンだけは、どうにか逃げることが出来たのだけれどね。そして二階堂万桜の後に、リリンはボーイに憑いた」
「そんなこと、ぜんぜん知りませんでした」
リリンは教えてくれなかった。
「リリンは、ちゃんと人を選んで憑いているはずよ。ボーイはリリンに選ばれたということ。魔王の後釜にね」
「急に魔王だと言われても、オレにはそんな……」
そんな器ではない、と思う。
オレなんてただの高校生だ。いや。平均よりチョット成績の悪いことをかんがみれば、出来の悪い部類の入る気もする。
オレの心境など知らず、カチューシャさんは言葉を継ぐ。
「憑人は、セッカク特別な能力を手に入れることが出来たのに、その能力を自由に発揮することが出来ない。特務課と呼ばれる連中がいるからね。特務課のことは知っているでしょう? 昨日の夜、ボーイの住んでるマンションに押し入っていたものね」
「はい」
「昨晩、特務課にやられたのは、原田陸男。42歳。自身を撮影することで獣人になる能力を持っていた。でも特務課に殺されてしまった」
「殺されたんですか?」
特務課というのが特別な組織だというのは知っていたが、まさか殺しすら容認にしているとは思わなかったので、それを聞いて驚いた。
「連中は相手が憑人となると、容赦なく殺しにかかってくるわ。捕獲できる場合は捕獲するみたいだけどね。二階堂万桜もそうよ。特務課に殺されてる」
「そんな……」
チャームがもしかすると死刑に相当するような犯罪かもしれない、と考えたことはある。まさかホントウに殺されるとは思わなかった。急に心細くなった。今こうしている間にも、警察はオレのことを調べているかもしれない。不安に駆られる。
「心配することはないわよ。ボーイがここに来るまでのあいだに、尾行されていないか調べていたけれど、誰もボーイを怪しんだりはしていないから」
「それで、こんなに手間のかかった接触の仕方をしたんですね」
「メンドウだったでしょう。ごめんなさいね」
「いえ」
尾行がついていないと聞いただけで、すこし安心することが出来た。
「コーヒーを飲むと良いわ。気持ちが休まるから」
「はい」
コーヒーに口をつける。ほのかに甘い苦味が、口のなかに広がる。
「この喫茶店。地下にトレーニングジムがついてるの。話のつづきはそこでしましょう」
と、カチューシャさんは立ち上がった。
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