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女の子を撮影したら、惚れされることができる能力をてにいれた件

執筆用bot E-021番 

第2章 誘い

『と――いうわけじゃ』


『LINE』の画面には、リリンのセリフが表記されていた。


 通学途中の電車のなかである。


 オレはスマホを使って、リリンと会話していた。リリンとしゃべると、オレは独り言を吐いているように見えてしまう。そのためリリンとのヤリトリは、スマホで行うことにした。


 文字だけでも、コミュニケーションは可能なようだ。電車のなかでは、みんな取りつかれたかのようにスマホをイジっている。こうしてスマホをイジる分には、オレに怪しい点はないはずだ。


『なるほどな』
 と、オレは文字を打ちかえした。


 昨晩、公安警察特務課と呼ばれる連中が、オレの住んでいるマンションに押しかけて来ていた。


 べつにオレを捜査しに来ていたわけではないようで、捕えられたのは別人のようだった。停電だって、すぐに復旧した。


 悪魔に憑かれた人間を取り締まるための機関が存在するのだという説明を、リリンからあらためて教えてもらっていたのだった。


『じゃから、オヌシも警察の連中に目をつけられんように、充分に注意を払うことじゃ』


『わかった』


『取り締まる機関があるからと言って、チャームを使うことを怖れるでないぞ』


『そんなことは、言われなくてもわかってるよ』


 セッカク手に入れたチカラだ。使わなければ損である。これまでオレは盗撮をしてきたが、一度だって誰かに咎められたことなんてないのだ。
ミオンにかけたチャームも解除するつもりはない。


 そのミオンはと言うと、今日も女性専用車両のほうに乗っている。外ではあまり慣れなれしくしないようにと、以前から心がけているのだ。


 チャームが警察にバレるような心配はないはずだ。


 そしてリコはと言うと、風紀委員の仕事があるからと言って、すこし先に学校へと向かっていた。


 そう言えば――と昨夜のことを思い出す。


 リコは夜に用事があるからと言って、オレの部屋を出て行った。どんな用事があったのだろうかと、すこし気になった。べつにオレはそれを聞き出そうとしなかったし、リコのほうも打ち明けることはなかった。


『それでこそ、ワシの見込んだ男じゃ。チャームを積極的に使ってもらわねば、その精気をワシに供給されんからな』
 と、リリンからの返信があった。


『ああ』
 と、短く返した。
 つづけて質問を打つ。
『そう言えば、昨日何か言おうとしてただろ。チャームを自在に使えるようになる方法がある――って』


 停電があったために、その話が途切れていたのだ。


『それはワシと契約を交わせば良い』


『契約の内容は?』


『ワシの能力――すなわちチャームのことじゃが、それをオヌシが自在に使えるようにする。代わりに、対価を支払ってもらうことになる』


『対価?』


『肉体の一部を捧げてもらう』


 肉体の一部――というと、もちろんこのオレのカラダの一部という意味だろう。とたんに言うことが悪魔らしくなってきたように感じられて、背筋に悪寒をおぼえることになった。電車のなかの空調が効きすぎているのかもしれない。


『髪の毛とか爪ぐらいなら良いけども』


『いや。それではチカラは発揮できん。臓器の一部。あるいは目玉か舌。出来るだけカラダの内部の物が良い』


『そんなものを何に使うんだ?』


 話を聞くほど、このスマホにやどっているリリンという女性が、この世の物ではない怖ろしいものなのだという実感がひしひしと伝わってきた。


『LINE』の画面に、返信がある。


『前にも言うたように、ワシの目的はそっちの世界に肉体をもって顕現することじゃ。そのためには人の精気が必要なわけじゃ』


『ああ』


『肉体を寄越してくれれば、それがワシにとっては大きな精気になるゆえな。まぁ、チカラを授けるために必要なエネルギーが必要と思うてくれれば良い。ほれ、古来より悪魔というのは、怖ろしい契約を交わすものじゃろう』


 いまスマホの画面にはリリン自身の姿は映し出されていないが、彼女の笑っている表情が目に浮かぶようだ。


「肉体か……」
 と、思わずオレは独りごちた。


 となりに腰かけていた髪が薄くなりはじめている男が、オレのほうをイチベツしてきたが、べつに怪しまれるようなことはなかった。


 カラダの一部を要求してくるというのは、たしかに悪魔らしい契約のようにも思われた。チャームを自分の物に出来るというメリットは非常に魅力的ではあるが、さすがに臓器を差し出す気にはなれない。


 今のところ、スマホさえあればチャームを発動することは出来るのだ。


『まぁ、考えておくよ』
 と、曖昧に返しておくことにした。
『ビビりおってからに』
 と、返された。


 何か言い返してやりたかったのだが、たしかにビビったのだ。こんな契約内容でビビらない人間がいるのなら、見てみたいものだ。べつに長生きしたいとか、健康体でいたいとか、そういう欲求がオレにあるわけではない。けれど、カラダの一部を奪われるとなったら、さすがに躊躇するというものだろう。


 次は……灰都山西区……と車内アナウンスが流れている。
 この駅で一度止まる。次の駅が灰都山高校前になっている。


 西区で止まってトビラが開いた。女性がひとり入ってきた。


 どうしてその女性に目を奪われたかというと、派手な風体をしているからだった。黒いブラウスはボタンが3つほど開けられており、対照的に白くて大きな乳房がかいま見えていた。しかも下は黒いミニスカートで長い足を惜しげもなくさらけ出している。ずいぶんと扇情的なカッコウだ。


 そうなってくると気になるのは顔なのだが、目元はサングラスで隠されている。隠されているから、よりいっそう惹きつけられるものがあった。髪は白銀色をしている。それも脱色したというよりかは、やけに自然な色合いだった。


 チャームを使おうか……と、咄嗟にそう思ってしまったほどだ。


 その女性の乗車には、同じ車両にいた者たちもハッとしたような表情をしていた。その女性は雑踏にまぎれても、背が高いために、どこにいるのかすぐにわかった。雑踏にモまれるようにして、オレのすぐ近くまで流されてきていた。


 そしてオレのほうを見ると、小さく笑った。


 え? と思った。


 まだチャームは使っていないのに、女性から笑いかけられるなんて、そんなことあるはずがない。


 勘違いかと思って、女性の顔を見つめ直した。女性の口もとにはなんの表情もなかった。やはり見間違いだったのだろう。


 もうそろそろ下車の準備をしなくちゃならない。オレが立ちあがると、女性が目の前に立った。その女性はずいぶんと高身長で、オレの正面に立つと、さらけ出された乳房が目の前に来ることになった。甘い香りがふわりと吹きつけてきた。面食らってしまったが、痴漢だと訴えられないだろうか、という危惧に思い至った。


 トビラ付近へと移動しようとした。瞬間。女性はオレの手を握ってきた。手を握られたことにビックリしたのだが、すぐに「おや?」という違和感へとつながった。女性は握手をしてきたわけじゃない。オレに何か渡してきたのだ。オレの手元。USBがあった。


 いったいなんですか――というオレの質問が口から出るよりも前に、女性は颯爽と別車両へと去って行った。


 灰都山高校前で電車は止まる。


 乗客たちが吐きだされるのに任せて、オレも電車からおりた。下りるさいに、あの女性の姿を探した。どこにも見当たらなかった。


 駅からあふれ出てゆく群衆から外れて、プラットホームの隅のほうにあったイスに腰掛けた。


 近くに置かれている自動販売機が、ジジジ……と妙な電子音を鳴らしていた。手元。あるのは女性から渡されたUSB。いったい何故、こんなものを渡されたのか。毒蛇でも握らされたような心地だった。


 USBは、なんの装飾もない黒々としたものだった。


「そう警戒することはあるまい。あの女は知っておる」
 と、近くに誰もいないことを良いことに、リリンがそう言ってきた。
 いちおう誰かに聞かれていないかあたりに目を配って、安全であることを確認してから、オレは声を返した。


「リリンの知り合いか?」


「まあの。どちらかと言うと、こちら側の人間。つまり憑人じゃ」


「あの女性が?」


 スタイルの良いカラダを思い出してみた。たしかに普通の人間ではない雰囲気をはらんでいた。いやいや。憑人である証拠は外見に出るものではない。だとすれば、あの独特な雰囲気はあの女性の天性のものなのだろう。


「このスケベめ。あの大きなおっぱいを思い出しておるな」


「そ、そんなんじゃないよ。それより、あの人はオレが憑人だとわかったのかな?」


「わかったうえで接触してきたんじゃろう。あの女に憑いている悪魔は、そういう能力を持っておったからな」


「そういう能力って?」


「要するに、憑人を探し出す能力じゃ」


 チャームという能力は、リリン固有のものだと以前に言っていた。すると悪魔によって、人間に付与する能力は違っているのだろう。


「これを渡されたんだけど」


「USBじゃな」


「開けても良いのかな?」


「開けてみよ。悪意あるものではないはずじゃ。むしろ同じ憑人という意味では、あれはオヌシの味方じゃからな」


「わかった」


 スマホにUSBをつないでみた。ファイルがふたつあった。ひとつ目は地図だった。灰都山高校の近くにあるファミレスの場所を指示していた。そしてもうひとつにはメッセージが入っていた。


『午後4時。指定された場所へ。このメッセージを確認しだい削除して、本体を駅トイレの洗面所で水に沈めて破壊すること』
 と、淡々とした調子でそう書かれていた。


 まるでスパイ映画みたいだな、と思った。


「書かれている通りじゃな。同じ憑人として接触したいということであろう」


「それにしても用心深いな」


「用心深いほうがチョウドいい。特務課の連中がいるからな」


「なるほど」


「行くのかえ?」


「まあ。ここまでして接触しようとしてくれたんだし、会わなきゃ失礼だろ」


 気持ちはあまりすすまない。警戒しているとか、会うのが厭だとか――そういう理由ではなくて、わざわざ会いに行くのが億劫なのだ。4時というと、帰路についている頃合いである。
 ただオレと同じ憑人には興味があるし、会っても良いかな、という気持ちにはなっていたし、億劫だからという理由で、この誘いを反故にするのはあんまりだろう。


「それが良い。連中はきっとオヌシを悪いようにはせん。温かく迎え入れてくれるはずじゃからな」
 と、リリンはこれから起きることを、すべて知っているような口ぶりで言った。


 メッセージの指示通り、その受け取ったUSBを駅のトイレの洗面所で水に沈めてから、ゴミ箱へと捨てておいた。

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