女の子を撮影したら、惚れされることができる能力をてにいれた件
将来
ポトフを煮込んでいるあいだに、ミオンはシャワーを浴びに行った。しぜんとオレとリコは二人きりになった。
気まずい。
ポトフの世話をするフリをして、オレはキッチンに留まっていた。あとは煮込んで入れば良いだけなので、さして心配の必要はないのだが、リコと同じ席にいることに抵抗があった。
べつに嫌いというわけではない。
幼馴染と久しぶりの再会という気まずさがあり、チャームという能力のヤマシサがあった。
オレがチャームという能力を秘密裡に獲得したことを、リコならば勘付くかもしれないという恐れもあった。
食堂のほうに目をやる。
この大部屋は居間と食堂とキッチンが合体しているので、壁や仕切りといったものがない。リコもオレのほうを見ていた。目が合う。オレはあわててそらした。遅かった。
「ポトフ。どんな感じ?」
と、リコが歩み寄ってきた。
「良い感じだよ。リコが持ってきてくれたワインが、高級なものだったんだろうな。きっとそれで上手くいったんだろうさ」
鍋のフタを閉めていても、白ワインとバターの甘い香りがあふれていた。
「でも、あんたいつの間に料理なんておぼえたわけ? 昔は出来なかったでしょ」
と、リコがオレの隣に立った。
「昔って、いっしょに遊んでたのは小学生とか、それぐらいのころだろ。さすがにそんな前から料理なんかしてないよ。母さんが離婚して消えて、父さんが家に帰って来なくなったから、しぜんと自分で料理するようになった――ってだけ」
「そう……。なんか悪いことを訊いたわね」
「べつに気にすることないよ。オレが気にしてないんだから」
と、オレはシンクに落ちていたタマネギの皮に目をやった。べつに意味はない。視線のやり場に困っただけだ。
「離婚したとは耳にしてたけど、まさかユウゾウさんも帰って来てないなんて……」
「結局、オレの責任だしな。親の期待に応えられなかった。警視総監の息子にしては出来が悪すぎたんだ。母さんが離婚したのも、それが原因」
親権なんてなすり付け合ってた。どっちがオレの世話をするか……。まるで糞のなすりつけあいだ。
「苦労してたのね」
「リコに比べれば、たいしたことないだろ。そっちは殉職だろ」
「私のほうこそ、もう済んだことだから」
「どんな事件だったんだ?」
と、オレは何気なくそう尋ねた。
当時の事件がどんなものだったのか、オレはずっと気になっていたのだ。検索してみてもマッタク引っかからないのだ。そりゃ殉職した警官の情報なんて調べても出て来ないかもしれない。けれど、事件そのものについては、少しは出てきても良いはずである。
「ごめんなさい。それは言えないの」
シンクの隅にこびりついたタマネギの皮を見つめているのも飽きてきた。リコのほうに視線をやった。
リコはまるで後ろめたいことがあるかのように、目をそらした。
リコも聞かされていない――というわけではないようだ。事件のことは知っている。知っているけれど、言えないということだろう。
思い出すのが辛いから言えない、という様子ではない。
警察から口止めされてるんだろうか? そんなに重大な事件だったなら、すこしは検索で引っかかりそうなものだ。そんなにも周囲に伏せなければならない事件だった――ということか。
ますます気になるが、リコからは聞き出せそうになかったし、聞き出そうと試みるのは無遠慮な気もした。
「そっか」
とだけ答えることにした。
「そう言えばさ。部活はやめちゃったの?」
と、話題を転じるようにリコが言った。
「やってても意味ないし」
「意味ないってことないでしょ。だって、あんたの鉛筆画。何度か県展に飾られてたじゃない。表彰状とかももらってたでしょ」
「でもべつに画家になりたいわけじゃないし、鉛筆画なんていまどき流行らないだろうし」
バカみたいな話だが、昔見た「フランダースの犬」の影響を受けて、鉛筆画をはじめたのだ。意外と才能があったのかもしれない。絵を描いていると母からよく「お絵かきしてる場合じゃないでしょう。勉強しなさい」と叱られた。
「べつに画家を目指せなんて言ってないわよ。何かに打ち込むってことが大切なのよ。部活動は大切よ」
「まるでアツシゲみたいなことを言うな」
担任だ。
渥美重雄。略してアツシゲ。国語の担当で熱血系だ。
一部の女子からは人気があるというウワサだが、あんなヤツのどこが良いのかオレにはマッタクわからない。世の中には物好きな女子もいるもんだ。
「べつにアツシゲ先生のこと意識してるわけじゃないけど、言ってることは正しいと思うわ。セッカク才能あるんだから、美術部に入れば良いのに」
「厭だよ。メンドウくさい」
「メンドウって……」
「だいたいそんなこと言う、リコだって部活動はやってないだろ」
まさか逆襲されるとは思っていなかったのか、リコはすこし狼狽した様子を見せていた。気まずそうに目をキョロキョロと動かしていた。
返答が決まったのか、意を決したように、オレのほうを見つめ返してきた。
「私は、いろいろと忙しいのよ」
「そっちこそ剣道をつづければ良かっただろ」
たしかリコは中学のときにすでに、剣道の段位に達している。
「私は忙しいのよ。風紀委員の仕事だってあるし」
「じゃあオレも忙しいんだ」
美術部なんかよりも、面白いものを見つけたのだ。
今は絵なんて描いてる場合じゃない。
「あんたは暇でしょうが。部活動やってるのと、やってないのとでは、推薦入試がぜんぜん違ったものになるんだからね。あんただったら今からでも、大きな大会で賞を取れるわよ」
「やめろよ。入試の話なんて。来年の話だろ」
まだオレたちは2年だ。
1年の猶予がある。
大学だとか将来のことなんて考えたくもない。受験なんてもうコリゴリだ。
高校に入るさいにも受験があった。地元の高校だ。さして苦労はなかった。大学となると、気が重い。
「1年なんてアッという間よ。今のうちに準備しておかなくちゃ。芸術系の大学とかどう? あんたに向いてるんじゃない?」
「だから、そういう話はやめろって。リコこそどこに行くつもりなんだよ」
べつにリコの進路に興味があるわけではなかった。これ以上とやかく言われたくなかったので、そうやり返した。
「私は高卒で警察学校に入る」
「はぁ?」
「アツシゲにも、すでにそう言ってる。止められたけど」
冗談で言っているのかとも思った。
父親を殉職で亡くしていることをかんがみれば、冗談なんかではないのだろう。
「大学行ってからでも、警察にはなれるだろ」
「私は今すぐにでも警察官になりたいの」
と、怒ったようにそう言って、一歩詰め寄ってきた。
近い。
オレのほうが後ずさった。
父親が殉職していることが影響しているのだろうか?
わからない。警察官になりたいというリコの熱意には異様なものを感じた。
「何をやりたいわけ? 高卒の警察官なんてどうせ苦労する。巡査とかにしかなれないんじゃないか?」
「それは……知り合いの刑事さんと相談してるから」
なるほど。すこしはコネがあるというわけだ。
「でも、リコにはムリだろ。諦めて別の道を探すことだ」
「なんでそんなこと言うのよ!」
と、リコは目のまわりを赤くしていた。
思ったよりも響いたようだ。まさかそんなに効くとは思っていなかった。オレは動揺をおぼえた。それでもひとつだけ断言できることがある。
「身長制限に引っかかるからだろ。どう考えてもリコの身長じゃムリだ」
「チビって言いたいわけッ?」
「そりゃそうだろ。どう考えても小さいだろ。べつに悪口言ってんじゃないぞ。これは厳然とした事実として認識するべきだ」
高校生でそんな身長のヤツがいるのかとビックリするほどに、リコは背が小さいのだ。正確な身長は知らない。140センチと少しぐらいしかないんじゃないか、と思う。
アツシゲが、熱意があれば何とかなるとは無謀な思想の持ち主でなければ、身長についての忠告はすでにしているはずだ。
「このバカ!」
と、怒鳴ってきた。
他愛もない一場面だったけれど、急に昔に戻った気がした。
小学生のころ、まだ名実ともに幼馴染だったころに。小さいときも、こうやって他愛もないことで、じゃれるようなケンカしていたのだ。
ミオンのシャワーの音が終った。
気まずい。
ポトフの世話をするフリをして、オレはキッチンに留まっていた。あとは煮込んで入れば良いだけなので、さして心配の必要はないのだが、リコと同じ席にいることに抵抗があった。
べつに嫌いというわけではない。
幼馴染と久しぶりの再会という気まずさがあり、チャームという能力のヤマシサがあった。
オレがチャームという能力を秘密裡に獲得したことを、リコならば勘付くかもしれないという恐れもあった。
食堂のほうに目をやる。
この大部屋は居間と食堂とキッチンが合体しているので、壁や仕切りといったものがない。リコもオレのほうを見ていた。目が合う。オレはあわててそらした。遅かった。
「ポトフ。どんな感じ?」
と、リコが歩み寄ってきた。
「良い感じだよ。リコが持ってきてくれたワインが、高級なものだったんだろうな。きっとそれで上手くいったんだろうさ」
鍋のフタを閉めていても、白ワインとバターの甘い香りがあふれていた。
「でも、あんたいつの間に料理なんておぼえたわけ? 昔は出来なかったでしょ」
と、リコがオレの隣に立った。
「昔って、いっしょに遊んでたのは小学生とか、それぐらいのころだろ。さすがにそんな前から料理なんかしてないよ。母さんが離婚して消えて、父さんが家に帰って来なくなったから、しぜんと自分で料理するようになった――ってだけ」
「そう……。なんか悪いことを訊いたわね」
「べつに気にすることないよ。オレが気にしてないんだから」
と、オレはシンクに落ちていたタマネギの皮に目をやった。べつに意味はない。視線のやり場に困っただけだ。
「離婚したとは耳にしてたけど、まさかユウゾウさんも帰って来てないなんて……」
「結局、オレの責任だしな。親の期待に応えられなかった。警視総監の息子にしては出来が悪すぎたんだ。母さんが離婚したのも、それが原因」
親権なんてなすり付け合ってた。どっちがオレの世話をするか……。まるで糞のなすりつけあいだ。
「苦労してたのね」
「リコに比べれば、たいしたことないだろ。そっちは殉職だろ」
「私のほうこそ、もう済んだことだから」
「どんな事件だったんだ?」
と、オレは何気なくそう尋ねた。
当時の事件がどんなものだったのか、オレはずっと気になっていたのだ。検索してみてもマッタク引っかからないのだ。そりゃ殉職した警官の情報なんて調べても出て来ないかもしれない。けれど、事件そのものについては、少しは出てきても良いはずである。
「ごめんなさい。それは言えないの」
シンクの隅にこびりついたタマネギの皮を見つめているのも飽きてきた。リコのほうに視線をやった。
リコはまるで後ろめたいことがあるかのように、目をそらした。
リコも聞かされていない――というわけではないようだ。事件のことは知っている。知っているけれど、言えないということだろう。
思い出すのが辛いから言えない、という様子ではない。
警察から口止めされてるんだろうか? そんなに重大な事件だったなら、すこしは検索で引っかかりそうなものだ。そんなにも周囲に伏せなければならない事件だった――ということか。
ますます気になるが、リコからは聞き出せそうになかったし、聞き出そうと試みるのは無遠慮な気もした。
「そっか」
とだけ答えることにした。
「そう言えばさ。部活はやめちゃったの?」
と、話題を転じるようにリコが言った。
「やってても意味ないし」
「意味ないってことないでしょ。だって、あんたの鉛筆画。何度か県展に飾られてたじゃない。表彰状とかももらってたでしょ」
「でもべつに画家になりたいわけじゃないし、鉛筆画なんていまどき流行らないだろうし」
バカみたいな話だが、昔見た「フランダースの犬」の影響を受けて、鉛筆画をはじめたのだ。意外と才能があったのかもしれない。絵を描いていると母からよく「お絵かきしてる場合じゃないでしょう。勉強しなさい」と叱られた。
「べつに画家を目指せなんて言ってないわよ。何かに打ち込むってことが大切なのよ。部活動は大切よ」
「まるでアツシゲみたいなことを言うな」
担任だ。
渥美重雄。略してアツシゲ。国語の担当で熱血系だ。
一部の女子からは人気があるというウワサだが、あんなヤツのどこが良いのかオレにはマッタクわからない。世の中には物好きな女子もいるもんだ。
「べつにアツシゲ先生のこと意識してるわけじゃないけど、言ってることは正しいと思うわ。セッカク才能あるんだから、美術部に入れば良いのに」
「厭だよ。メンドウくさい」
「メンドウって……」
「だいたいそんなこと言う、リコだって部活動はやってないだろ」
まさか逆襲されるとは思っていなかったのか、リコはすこし狼狽した様子を見せていた。気まずそうに目をキョロキョロと動かしていた。
返答が決まったのか、意を決したように、オレのほうを見つめ返してきた。
「私は、いろいろと忙しいのよ」
「そっちこそ剣道をつづければ良かっただろ」
たしかリコは中学のときにすでに、剣道の段位に達している。
「私は忙しいのよ。風紀委員の仕事だってあるし」
「じゃあオレも忙しいんだ」
美術部なんかよりも、面白いものを見つけたのだ。
今は絵なんて描いてる場合じゃない。
「あんたは暇でしょうが。部活動やってるのと、やってないのとでは、推薦入試がぜんぜん違ったものになるんだからね。あんただったら今からでも、大きな大会で賞を取れるわよ」
「やめろよ。入試の話なんて。来年の話だろ」
まだオレたちは2年だ。
1年の猶予がある。
大学だとか将来のことなんて考えたくもない。受験なんてもうコリゴリだ。
高校に入るさいにも受験があった。地元の高校だ。さして苦労はなかった。大学となると、気が重い。
「1年なんてアッという間よ。今のうちに準備しておかなくちゃ。芸術系の大学とかどう? あんたに向いてるんじゃない?」
「だから、そういう話はやめろって。リコこそどこに行くつもりなんだよ」
べつにリコの進路に興味があるわけではなかった。これ以上とやかく言われたくなかったので、そうやり返した。
「私は高卒で警察学校に入る」
「はぁ?」
「アツシゲにも、すでにそう言ってる。止められたけど」
冗談で言っているのかとも思った。
父親を殉職で亡くしていることをかんがみれば、冗談なんかではないのだろう。
「大学行ってからでも、警察にはなれるだろ」
「私は今すぐにでも警察官になりたいの」
と、怒ったようにそう言って、一歩詰め寄ってきた。
近い。
オレのほうが後ずさった。
父親が殉職していることが影響しているのだろうか?
わからない。警察官になりたいというリコの熱意には異様なものを感じた。
「何をやりたいわけ? 高卒の警察官なんてどうせ苦労する。巡査とかにしかなれないんじゃないか?」
「それは……知り合いの刑事さんと相談してるから」
なるほど。すこしはコネがあるというわけだ。
「でも、リコにはムリだろ。諦めて別の道を探すことだ」
「なんでそんなこと言うのよ!」
と、リコは目のまわりを赤くしていた。
思ったよりも響いたようだ。まさかそんなに効くとは思っていなかった。オレは動揺をおぼえた。それでもひとつだけ断言できることがある。
「身長制限に引っかかるからだろ。どう考えてもリコの身長じゃムリだ」
「チビって言いたいわけッ?」
「そりゃそうだろ。どう考えても小さいだろ。べつに悪口言ってんじゃないぞ。これは厳然とした事実として認識するべきだ」
高校生でそんな身長のヤツがいるのかとビックリするほどに、リコは背が小さいのだ。正確な身長は知らない。140センチと少しぐらいしかないんじゃないか、と思う。
アツシゲが、熱意があれば何とかなるとは無謀な思想の持ち主でなければ、身長についての忠告はすでにしているはずだ。
「このバカ!」
と、怒鳴ってきた。
他愛もない一場面だったけれど、急に昔に戻った気がした。
小学生のころ、まだ名実ともに幼馴染だったころに。小さいときも、こうやって他愛もないことで、じゃれるようなケンカしていたのだ。
ミオンのシャワーの音が終った。
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