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女の子を撮影したら、惚れされることができる能力をてにいれた件

執筆用bot E-021番 

登校

 翌朝――。
 ふたつの意味で、昨日はあまり眠れなかった。

 ひとつはアイドルのNONOことミオンが、オレの家にいるということ。オレはいつも通り、居間のソファで眠った。ミオンには寝室を使ってもらっている。


 いちおう部屋は別れているのだが、トビラ一枚はさんだ向こうにアイドルという生きものがいることに変わりはない。そんな状況下で熟睡できるほど、オレの神経はたくましくないのだ。


 物音ひとつ聞こえるだけで、落ちつかなくなる。切なげな咳払いひとつ聞こえてきたときなんか、ひとりで赤面をおぼえていたほどだ。


 もうひとつ。オレの安眠を妨げた悩みの種――。そっちのほうが深刻かもしれない。部屋の隅のエンドテーブル。オレのスマホに住みついている魔女。
 昨日のことは夢に違いないと、自分に言い聞かせるには、あまりに鮮明におぼえていた。


「はぁ」


 眠気打ち消して、ムリヤリ上体を起こした。気だるい。休みたい気分。
 ミオンがいるのにだらしない姿は見せられない。キッチンに立って、出汁巻き卵を焼くことにした。


「おはよー」
 と、ミオンが起きてきた。


 紫色のパジャマを着ていた。昨日、ミオンが買ってきたパジャマだ。ボタンが上から3つ開いていた。中に着込んでいたタンクトップと、白い肌がかいま見えた。カラダからは、むせ返るような甘い香りがした。一晩のうちに熟成された果物みたいだ。なんだか卑らしい感じがして、あわてて目をそむけた。


「うわぁ。料理してるんですか?」
 と、フライパンの卵を流しこんでいたオレのとなりに、ミオンが立った。


「うん。たいしたもんじゃないけど。白飯と出汁巻き卵と味噌汁。それで足りる?」


「大丈夫。私は何か手伝ったほうがいいですか?」


「いや。大丈夫。すぐできるから」


「だったら、そのあいだにシャワー浴びてきても良いですか?」


「どうぞ」


 シャワールームのほうへと行くミオンの背中に視線をおくった。


 ヤッパリ何度考えても変だ。出会ったばかりの女子が、いくら積極的だったとしても、部屋に転がり込んでくるなんてことあるはずがない。なにより、こんな幸せが、オレのもとに訪れるなんて起きるはずがない。超自然現象ってヤツだ。その疑惑から連想させられるは、昨日のスマホの怪異だ。


 エンドテーブルに目をやる。チャームの魔法。撮影された対象は、オレに好意を向けるようになる。そう言っていた。ホントウだろうか? ホントウだとすれば、この状況にも納得がいく。


 じゅぅ。手元から出汁巻き卵の焦げた臭いがした。危ない。あわてて巻いていくことにした。表面がすこし焦げてしまった。食べれないことはない。焦げたのをミオンに渡すわけにはいかないし、それは自分の皿に盛りつけた。


 朝食を作り終えても、ミオンはまだシャワーから出て来なかった。女の子だから時間がかかるのかもしれない。普段オレが使っているシャワー室で今、アイドルが裸になっているのだと想像すると、下腹部に熱がたまるのを感じた。


 ぶーん、とドライヤーの音が聞こえる。
 ミオンが出てくるまでは、まだすこし時間がありそうだ。


 エンドテーブルの引き出しを開ける。奥にしまいこんでいたスマホに手を伸ばした。昨晩はスマホにいっさい触れないようにして。
 動画も見れないし、小説も読めないし、ないと不便だ。
 おそるおそる電源をつけてみた。


 あの紅色の髪の魔女がまだ住み着いているのかと警戒していた。画面に投影されているのは、いつも通りの素朴なデジタル時計だった。肩すかしを食わされたようなヒョウシヌケを覚えた。同時に「ほっ」と、胸をナでおろした。昨日のことはきっと、オレの妄想か何かだったんだ。


 いちおうウイルス除去のアプリを入れて、キャッシュを掃除しておくことにした。


「ごめんなさい。お待たせしましたね」


「うわっ」


 スマホに集中していたため、ミオンが出てきたことに気づかなかった。意表をつかれて、思わず声が漏れた。ミオンの姿を見て、あらためて驚かされることになった。


 裸にバスタオルを巻いただけの姿だった。おおきな乳房が、バスタオルに巻きつけられて、やわらかそうに潰されていた。


「こんな姿ですみません。お着替えを部屋に忘れてしまいました」


「あ、うん。朝ごはんはもう出来てるから」


「すぐに着替えてきますね」
 と、ミオンは寝室のほうに引っ込んだ。


「マジか……」
 と、声が漏れた。


 ミオンのあまりの無防備さに、度胆を抜かれたのだった。


 ミオンの透き通るような白い肌と、やわらかそうに潰されたおっぱい。さきほどの景色は、強烈にオレの脳裏に焼きつくことになった。たぶん今後一生、忘れることはない。乳房を彩っていた青い血管の模様まで鮮明に刻まれていた。


「お待たせしました」
 と、制服に着替えたミオンが戻ってきた。


 制服を着ていても、先ほどの姿が透けて見える気がして、まともに見返すことが出来なかった。心臓がバクバクと音をたてていた。


「あ、うん。おかえり。それじゃあ味噌汁をよそうから、座って待ってて」


「はい。御言葉に甘えさせていただきます」


 ふたりの味噌汁をよそって、オレは席につくことにした。正面にはアイドル。いっしょに朝ごはん。信じられない。


「それではいただきますね」


「あ、うん。口に合うかはわからないけど」


 礼儀正しく両手をかさねあわせて、軽く会釈をしていた。可愛いし、礼儀も正しい。オレも普段は言わない「いただきます」を口にした。


 オレのつくった出汁巻き卵。ミオンは箸でつまみあげる。ウソみたいに桜色の唇が開けられると、白い小粒の歯がかいま見えた。出汁巻き卵が運び込まれていった。
 一挙手一投足に魅入られていた。


「そんなに見つめて、どうしたんですか?」


「卵、どうかなって」


「すっごく美味しいですよ。こんなに美味しい出汁巻き卵を食べたのはじめてです」


「それは言いすぎだって」


「ホントウです。私、お弁当に入ってる出汁巻き卵ばっかり食べてるんです。いつも同じ味。吐き気がするほど甘ったるいんです。でもこの出汁巻き卵は、いつもと違う」


「たしかに市販の卵ってチョット甘いかも。それが美味しいって言う人が多いからかな」


「そうなんでしょうか?」


「まあでも、美味しいんなら、良かった」


 注意深く見ていたけれど、ミオンはホントウに喜んでくれているようだった。でも、わからない。ミオンはアイドルだ。ドラマにも出演してる。演技は上手なはず。オレなんかが見ても、わからない底意があるかもしれない。
 疑ってはみるものの、それでもヤッパリ美味しいと言ってもらえてうれしかった。


「いつもご飯は自分で作ってるんですか?」


「朝ごはんぐらいはね。いつもは買ってきた弁当とかカップ麺で済ませてるけど、レシピを見なくてもだいたい作れるぐらいには、料理はできるよ」


 昨晩も2人で、コンビニの弁当で済ませた。


「そんなに出来るのなら、料理すれば良いではありませんか。こんなに美味しい出汁巻き卵を作れるんなら、きっとほかも美味しいのでしょう」
 と、また一かけ、ミオンは卵を口に運びこんだ。


「さあ、どうだろう」
 と、オレは首をかしげた。


 自分のために料理をつくっても別に美味しいとは思わない。入っている調味料とかがわかってしまうからなのか、薬品か何かの味に思えてしまう。


 自慢じゃないがべつにお金には困っていないし、節約しようという気概もない。自然と料理からは疎遠になっていた。


「得意料理とかないんですか?」


 うーん、と首をかしげる。


「べつにこれが得意とかってのはないけどなぁ」


 そもそも得意料理というのは、誰か他人の評価があってこそ、はじめて成り立つものなんじゃないのかな、と思う。


「では、今日の夕食は、私がリクエストしてもよろしいでしょうか?」


「え? 夕食?」


「だって、今日もお弁当なんて味気ないでしょう。それともお料理は大変でしょうか?」


「いや。そうじゃなくて、今晩もうちに泊まるつもりなのか?」


「いけませんか? 数日分の御着換えとかも用意したのですが」


「そっちが大丈夫なら、オレは大丈夫だけど……」


 そもそもミオンがどうして、オレの部屋に泊まりたいなどと言い出したのか、その動機もよくわかっていない。セキュリティが万全だからとは聞いたが、べつに急を要するほどストーカーに悩まされている様子でもない。だとするとヤッパリ――チャームの魔法? いやいや、あれはオレの見た幻覚だったはずだ。
 なんとなくポケットに入れてあるスマホが重く感じた。


「だったら今晩は、学校の帰りにいっしょにスーパーに寄りましょうよ。ポトフを作ってください」


「ポトフでいいのか?」


「ちいさいころにお母さんがよく作ってくれたんです」


「ミオンが思った通りの味になるかはわからないけど、わかった。作ってみるよ」


 まさか他人に料理をふるう日が来るとは思わなかった。久しぶりに料理をするから、腕前が鈍っていないか心配だった。


「楽しみにしていますね」
 と、ミオンは微笑む。


 その笑顔があまりに可愛らしくて、自分だけに向けられたものなんだと思うと、マトモに見返すことが出来なかった。


「あ、そうだ。カゲロウ」


「ん?」


「『LINE』を交換しておきましょう」
 と、ミオンは紫色のカバーをつけたスマホを取り出した。


「マジで?」


「そんなに変なことでしょうか? 友達ですし」


「でも、アイドルと『LINE』交換なんてしても良いのかな?」


「なに言ってるんですか。アイドルだって『LINE』の交換ぐらいしますよ」


 ふふっ、と笑われた。
 なんだか恐れ多い。恐れ多いからと言って拒否する理由にはならない。お互いのQRコードを読みあうことにした。オレの連絡先には両親以外のはじめてのアイコンが追加されることになった。


「ごちそうさまでした。どれもすごく美味しかったですよ」
 と、ミオンは合掌していた。


「それじゃあ、そろそろ学校行こうか」


「はい。そうしましょう」


 ミオンとは駅前までいっしょに行った。電車は別の車両に乗ることにした。灰都山高校の学生も多い。オレなんかとミオンがいっしょにいたら不自然だし、どうやって仲良くなったのか他人に尋ねられた場合、上手く答えられる自信がなかった。


 なぜか胸を張ってミオンと仲が良いと言えないヤマシサが、オレのなかにはあるのだった。


 学校でもおたがい知らないフリをしていようと約束した。男の影がちらつくと、ミオンのアイドル稼業にだって支障が出かねない。


「ふぅ」
 と、ため息とともにイスに腰かける。


 始発駅なだけあって、登校のさいには座る余裕があるのだ。


 電車が走りはじめる。味気ない硬骨とした音が、一定のリズムを刻む。窓辺には灰色のくすんだ景色が流れて行く。色を失ったような世界だったはずが今日にかぎっては、周りの景色が艶やかに見えた。


 開閉トビラにもたれかかって、ペチャクチャとしゃべりたてている男子生徒たち。うたた寝をしている禿げあがったオジサンたち。傍若無人に新聞をひろげているリーマンらしき人たち。『ユーチューブ』の話で盛り上がっている中学生。


 いつもはウザイだけだった民衆も、今日にかぎっては穏やかな気持ちで見ることができた。気分はまるで貧民を見下げる国王。ふははっ。オレのスマホにはアイドルの連絡先が入っているんだぜ。お前らとは違う。オレは選ばれた人間なんだ。墨汁のように黒々とした優越感が、オレの胸裏でグルグルと渦巻いていた。


 万能感につつまれていながらも、引っかかっていることがある。


 昨日スマホに現われた紅色の髪の魔女。リリン。画面を確認してみるものの、リリンが現われる気配はない。
 一蹴するにはリリンの存在はリアルすぎた。


 昨日はあまりに理解を越えた出来事に、ただただビックリすることしか出来なかった。


 しかし――だ。
 よくよく考えてみれば、そう悪い話ではない。


 リリンは言っていた。そのセリフを一字一句おぼえている。『発動条件はこのスマホに、対象の画像を撮影すること。そうすれば、撮影された対象はオヌシに愛情を向けるようになる』。チャームの魔法。どんな異性だって、自分に好意を向けさせることが出来るのだ。


 盗撮なんかとは比べものにならないほどの罪であるとわかっていながらも、無視できない魅力があった。


 リリンの言っていたことがホントウなのか、ひいてはリリンの存在が現実のものであったのか、確かめる方法がある。


 実際に撮影してみて、効果を確認してみれば良いだけの話だ。
 それでハッキリする。

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