女の子を撮影したら、惚れされることができる能力をてにいれた件
スマホの魔女
ミオンが立ち去ったあと、部屋には静けさが訪れた。部屋は静かでも、オレの心は昂ぶっていた。ボン・ジョヴィの「it’s my Life」か、エド・シーランの「Shape Of You」のどっちを聞こうかと迷っていたぐらいだ。
しかしその熱もじょじょに冷めてきた。
こんな都合の良い話があるだろうか?
これがフィクションなら、ご都合主義も良いところである。
ミオンはいったい何が目的で、オレに近づいて来たのだろうか? はじめからこの部屋が目的だった? そんなはずがない。だってオレがこんな広い部屋に住んでるってことを知ってるのは、ごくわずかな人間だけだ。じゃあ、部屋が目的ってことはないだろう。ただただカラカわれてるだけ? それとも罰ゲームか何か? いやいや。どっちも考えにくい。たかがオレをカラカうためだけに部屋にまで来ないだろうし、あのアイドルのNONOに罰ゲームを仕掛けるヤツがいるはずがない。
冷静に考えてオカシイのだ。クラスの女子から声をかけられることも珍しいのに、急にアイドルが泊まりに来るなんて、そんなこと起きるはずがない。起きるはずがないのに、起きてしまった。
これは――もはや怪異だ。
「すこしは落ちついたように見えるな。コゾウ」
「誰だ?」
急に声がしたものだから、オレは軽く跳ねるほどビックリした。
この部屋にはオレ以外がいるはずがない。泥棒か何かか?
こんなセキュリティ万全の高層ビルに泥棒が入って来るわけがないという自信が、その可能性を打ち消した。
じゃあなんだ?
部屋のなかを見渡す。使い込んだ真っ赤なソファ。背の高いシェードランプ。食堂にあるのは、大きな黒檀のテーブル。たいして食器の入っていないキッチン。べつに人が隠れるようなスペースはない。ソファの下か? いない。カーテンの後ろか? カーテンを開けると、灰都山市を一望することができる。景色は良かったけれど、人は隠れていなかった。
「ワシを探しておるな? そんなところには、おりゃせんぞ。こっちじゃ、こっち」
声。
ソファからしている。ソファの上には、さっきまでオレが握っていたスマホが置かれている。もしかして電話か?
ソファに歩み寄った。
電話かと思ったけれど、オレに電話なんてかけてくるヤツはいない。離婚して別れた母からも連絡はとりあっていない。それでも声はスマホから聞こえてくるようなので、その黒い本体のスマホをつかみあげた。
画面――。
「な……っ」
なんだ、これ?
言葉をうしなった。
待ち受け画面。時計だけが記された素っ気ない画面のはずだった。可愛らしい二次元のキャラクターがそこに映しだされていた。紅の髪を乱して、何か悪巧みをしていそうな目をしていた。魔女。そういった印象を受けた。このキャラクターはいったい誰だろう? オレの見覚えのない人物だった。
どうして勝手に画面に映し出されたのか。オレはスマホの待ち受けを装飾したりはしないようにしている。べつにコダワリがあるわけじゃないんだけど、自分の趣味嗜好を他人に覗かれるのは恥ずかしい。
ましてや二次元の女の子の画像なんかを待ち受けにする度胸はない。こんな画像を保存した覚えもないし、何か変なアプリでも作動しているのかもしれない。入っているアプリを確認しようと、画面に親指が触れた瞬間だった。
「スケベじゃのぉ。急にワシのカラダに触ろうとするなんて」
「しゃ、しゃべった?」
と、ひとりだというのに、思わず声が漏れた。
「はじめましてじゃな。ワシの名はリリン」
急にしゃべりだすからビックリした。すぐに音を切ろうとしたのだが、音量は0に設定されたままだった。
「?」
「まだ理解がおよんでいないようじゃな。ワシは色欲の悪魔じゃ。オヌシはカゲロウとか呼ばれておったな」
カゲロウという名を呼ばれて、はじめてこれが変なアプリの仕業ではない、かもしれないという可能性に思いがおよんだ。
アプリの仕業でないとするならば、いったいなんだと言うのか。幽霊? まさか。なんだか良くわからないし、いっそのこと電源を切ってしまおうとした。
「待て待てっ。電源を切るでないわ。ワシの話を聞かんかい。どうしてあのミオンとかいう女が、オヌシの家に押しかけてくる事態になったのか、その真相を知りたいのではないのか?」
「な、なんだよ、いったい」
思わずスマホを落としてしまった。スマホはソファの上に転がり落ちた。軽く跳ねる。画面がオレのほうに向いた。画面には魔女らしき二次元の少女が映し出されている。ありえない。スマホが、オレの私情に介入してくるなんて、普通じゃない。スマホはいつもオレに従順な電子機器のはずだ。
「まぁ、驚くのもムリはない。オヌシはいままでそっち側の人間だったようじゃからな。しかしワシに選ばれたんじゃ。もう今日からは、こっち側じゃ」
「な、なに言ってるんだ?」
理解のできない事象を前に、オレの心臓が暴れまわっていた。冷たいスライムみたいなのが、全身を這いまわるような、そんな悪寒におそわれた。
「肝の小さい男じゃな。チカラを与えてやったのに、そんな小心者ではこの先やっていけるか不安じゃな」
と、画面の向こうで、魔女――いや、リリンとか言ったか――が肩をすくめていた。
「生きてる、のか?」
と、ソファの上に転がっているスマホを、おそるおそる拾い上げた。
「うむ」
「もしかしてなんか遠隔操作とか、ウイルスとかか?」
違うわい、とリリンはかぶりを振った。
「ッたく最近の人間どもは、すぐに現実的な解答をみちびき出そうとする。そんなことでは想像力が失われてゆくぞ」
「想像力って……」
そりゃふつうは、ウイルスとかを疑うだろう。オレは、水木しげる先生じゃないんだし。じゃあいったい、この画面のなかに投影されている少女を、どう受け止めれば良いのか。スマホ妖怪か何かか?
「いろいろと言いたいことはあるが、今はあれこれ言うても信じてもらえそうにないから、端的に言おう」
コホン、とリリンはわざとらしい咳をかましてつづけた。
「オヌシにあるチカラを授けた。それは魅了のチカラ。すなわちチャームと呼ばれるチカラじゃ」
「チャーム?」
「なんとなく理解はできよう」
「うん。まぁ……言ってる意味はわかるけどさ」
ゲームとかで良く出てくる。敵が自分にたいして好意を向けるように強制する魔法――とでも言うべきか。
理解はできる。納得はできない。
「発動条件はこのスマホに、対象の画像を撮影すること。そうすれば、撮影された対象はオヌシに愛情を向けるようになる。実証はすでに済んでいるから、必要なかろう?」
実証っていうのはつまり、ミオンのことか? オレがミオンを盗撮したから、ミオンはオレに好意を向けている。
そう言いたいのだろうか?
「バカバカしい」
「ほお。信用できんと?」
「オレは――その……ほかの人だって撮影したことはある。そのまぁ……ハッキリ撮影してるわけじゃないけど」
盗撮したとはハッキリと言いにくいので誤魔化して言ったのだが、
「盗撮じゃろう」
と、言い当てられた。
「うっ」
と、言葉につまる。
「ワシに隠し事をしてもムダじゃ。ワシはこのスマホのなかにおるんじゃからな。オヌシの性癖から画像データまで、すべて見させてもらった」
「えっ」
赤面を通り越して、カラダが冷たくなった。
動画の視聴履歴とか、検索履歴も見られたんだろうか? 画像のなかにおさめてあるデータも?
「そう心配することはない。ワシはべつに誰にも告げ口せんからな。緊縛ものの過激な動画を見ていたり、しょうしょうMっ気があることなぞ、べつに誰にも言うたりはせんから、安心せい」
「ううっ」
と、思わずうめき声が漏れた。
頭は熱いのに、カラダは冷たいという不思議な感覚におちいった。
あまりの羞恥に視界がグルグルと回っていたし、頭のなかではブンブンと蜂が跳びまわるかのようだった。
見知らぬ人にカラダの隅済みまで点検されたような気持ちだ。いや、もっと酷い。心のなかまですべて見透かされたかのようだった。
オレのその混乱など歯牙にもかけぬ様子でリリンは言葉をつづける。
「話は戻るが、ほかに撮影したときには、ワシのチカラがまだ付与されていなかった――というだけじゃ。ワシがオヌシに目をつけたのは、ついさきほどじゃからな。ミオンというあの女は被害者第一号じゃ」
シシシ……と、歯の隙間から息を吐きだすようにしてリリンは笑った。
「うるさい!」
今はただ、目を背けたかった。スマホの電源を落として、そのスマホをエンドテーブルの引き出しのなかにしまいこんだ。
夢だ。
これはきっと悪い夢だ。
なんの前触れもなく現れた非現実の魔手を前にして、オレはそれを受け入れることが出来なかった。幽霊を見てしまったかのような悪寒が、全身に染みわたる。
今はただ理解のできない事態を前に恐怖を抱くことしかできなかった。
しかしその熱もじょじょに冷めてきた。
こんな都合の良い話があるだろうか?
これがフィクションなら、ご都合主義も良いところである。
ミオンはいったい何が目的で、オレに近づいて来たのだろうか? はじめからこの部屋が目的だった? そんなはずがない。だってオレがこんな広い部屋に住んでるってことを知ってるのは、ごくわずかな人間だけだ。じゃあ、部屋が目的ってことはないだろう。ただただカラカわれてるだけ? それとも罰ゲームか何か? いやいや。どっちも考えにくい。たかがオレをカラカうためだけに部屋にまで来ないだろうし、あのアイドルのNONOに罰ゲームを仕掛けるヤツがいるはずがない。
冷静に考えてオカシイのだ。クラスの女子から声をかけられることも珍しいのに、急にアイドルが泊まりに来るなんて、そんなこと起きるはずがない。起きるはずがないのに、起きてしまった。
これは――もはや怪異だ。
「すこしは落ちついたように見えるな。コゾウ」
「誰だ?」
急に声がしたものだから、オレは軽く跳ねるほどビックリした。
この部屋にはオレ以外がいるはずがない。泥棒か何かか?
こんなセキュリティ万全の高層ビルに泥棒が入って来るわけがないという自信が、その可能性を打ち消した。
じゃあなんだ?
部屋のなかを見渡す。使い込んだ真っ赤なソファ。背の高いシェードランプ。食堂にあるのは、大きな黒檀のテーブル。たいして食器の入っていないキッチン。べつに人が隠れるようなスペースはない。ソファの下か? いない。カーテンの後ろか? カーテンを開けると、灰都山市を一望することができる。景色は良かったけれど、人は隠れていなかった。
「ワシを探しておるな? そんなところには、おりゃせんぞ。こっちじゃ、こっち」
声。
ソファからしている。ソファの上には、さっきまでオレが握っていたスマホが置かれている。もしかして電話か?
ソファに歩み寄った。
電話かと思ったけれど、オレに電話なんてかけてくるヤツはいない。離婚して別れた母からも連絡はとりあっていない。それでも声はスマホから聞こえてくるようなので、その黒い本体のスマホをつかみあげた。
画面――。
「な……っ」
なんだ、これ?
言葉をうしなった。
待ち受け画面。時計だけが記された素っ気ない画面のはずだった。可愛らしい二次元のキャラクターがそこに映しだされていた。紅の髪を乱して、何か悪巧みをしていそうな目をしていた。魔女。そういった印象を受けた。このキャラクターはいったい誰だろう? オレの見覚えのない人物だった。
どうして勝手に画面に映し出されたのか。オレはスマホの待ち受けを装飾したりはしないようにしている。べつにコダワリがあるわけじゃないんだけど、自分の趣味嗜好を他人に覗かれるのは恥ずかしい。
ましてや二次元の女の子の画像なんかを待ち受けにする度胸はない。こんな画像を保存した覚えもないし、何か変なアプリでも作動しているのかもしれない。入っているアプリを確認しようと、画面に親指が触れた瞬間だった。
「スケベじゃのぉ。急にワシのカラダに触ろうとするなんて」
「しゃ、しゃべった?」
と、ひとりだというのに、思わず声が漏れた。
「はじめましてじゃな。ワシの名はリリン」
急にしゃべりだすからビックリした。すぐに音を切ろうとしたのだが、音量は0に設定されたままだった。
「?」
「まだ理解がおよんでいないようじゃな。ワシは色欲の悪魔じゃ。オヌシはカゲロウとか呼ばれておったな」
カゲロウという名を呼ばれて、はじめてこれが変なアプリの仕業ではない、かもしれないという可能性に思いがおよんだ。
アプリの仕業でないとするならば、いったいなんだと言うのか。幽霊? まさか。なんだか良くわからないし、いっそのこと電源を切ってしまおうとした。
「待て待てっ。電源を切るでないわ。ワシの話を聞かんかい。どうしてあのミオンとかいう女が、オヌシの家に押しかけてくる事態になったのか、その真相を知りたいのではないのか?」
「な、なんだよ、いったい」
思わずスマホを落としてしまった。スマホはソファの上に転がり落ちた。軽く跳ねる。画面がオレのほうに向いた。画面には魔女らしき二次元の少女が映し出されている。ありえない。スマホが、オレの私情に介入してくるなんて、普通じゃない。スマホはいつもオレに従順な電子機器のはずだ。
「まぁ、驚くのもムリはない。オヌシはいままでそっち側の人間だったようじゃからな。しかしワシに選ばれたんじゃ。もう今日からは、こっち側じゃ」
「な、なに言ってるんだ?」
理解のできない事象を前に、オレの心臓が暴れまわっていた。冷たいスライムみたいなのが、全身を這いまわるような、そんな悪寒におそわれた。
「肝の小さい男じゃな。チカラを与えてやったのに、そんな小心者ではこの先やっていけるか不安じゃな」
と、画面の向こうで、魔女――いや、リリンとか言ったか――が肩をすくめていた。
「生きてる、のか?」
と、ソファの上に転がっているスマホを、おそるおそる拾い上げた。
「うむ」
「もしかしてなんか遠隔操作とか、ウイルスとかか?」
違うわい、とリリンはかぶりを振った。
「ッたく最近の人間どもは、すぐに現実的な解答をみちびき出そうとする。そんなことでは想像力が失われてゆくぞ」
「想像力って……」
そりゃふつうは、ウイルスとかを疑うだろう。オレは、水木しげる先生じゃないんだし。じゃあいったい、この画面のなかに投影されている少女を、どう受け止めれば良いのか。スマホ妖怪か何かか?
「いろいろと言いたいことはあるが、今はあれこれ言うても信じてもらえそうにないから、端的に言おう」
コホン、とリリンはわざとらしい咳をかましてつづけた。
「オヌシにあるチカラを授けた。それは魅了のチカラ。すなわちチャームと呼ばれるチカラじゃ」
「チャーム?」
「なんとなく理解はできよう」
「うん。まぁ……言ってる意味はわかるけどさ」
ゲームとかで良く出てくる。敵が自分にたいして好意を向けるように強制する魔法――とでも言うべきか。
理解はできる。納得はできない。
「発動条件はこのスマホに、対象の画像を撮影すること。そうすれば、撮影された対象はオヌシに愛情を向けるようになる。実証はすでに済んでいるから、必要なかろう?」
実証っていうのはつまり、ミオンのことか? オレがミオンを盗撮したから、ミオンはオレに好意を向けている。
そう言いたいのだろうか?
「バカバカしい」
「ほお。信用できんと?」
「オレは――その……ほかの人だって撮影したことはある。そのまぁ……ハッキリ撮影してるわけじゃないけど」
盗撮したとはハッキリと言いにくいので誤魔化して言ったのだが、
「盗撮じゃろう」
と、言い当てられた。
「うっ」
と、言葉につまる。
「ワシに隠し事をしてもムダじゃ。ワシはこのスマホのなかにおるんじゃからな。オヌシの性癖から画像データまで、すべて見させてもらった」
「えっ」
赤面を通り越して、カラダが冷たくなった。
動画の視聴履歴とか、検索履歴も見られたんだろうか? 画像のなかにおさめてあるデータも?
「そう心配することはない。ワシはべつに誰にも告げ口せんからな。緊縛ものの過激な動画を見ていたり、しょうしょうMっ気があることなぞ、べつに誰にも言うたりはせんから、安心せい」
「ううっ」
と、思わずうめき声が漏れた。
頭は熱いのに、カラダは冷たいという不思議な感覚におちいった。
あまりの羞恥に視界がグルグルと回っていたし、頭のなかではブンブンと蜂が跳びまわるかのようだった。
見知らぬ人にカラダの隅済みまで点検されたような気持ちだ。いや、もっと酷い。心のなかまですべて見透かされたかのようだった。
オレのその混乱など歯牙にもかけぬ様子でリリンは言葉をつづける。
「話は戻るが、ほかに撮影したときには、ワシのチカラがまだ付与されていなかった――というだけじゃ。ワシがオヌシに目をつけたのは、ついさきほどじゃからな。ミオンというあの女は被害者第一号じゃ」
シシシ……と、歯の隙間から息を吐きだすようにしてリリンは笑った。
「うるさい!」
今はただ、目を背けたかった。スマホの電源を落として、そのスマホをエンドテーブルの引き出しのなかにしまいこんだ。
夢だ。
これはきっと悪い夢だ。
なんの前触れもなく現れた非現実の魔手を前にして、オレはそれを受け入れることが出来なかった。幽霊を見てしまったかのような悪寒が、全身に染みわたる。
今はただ理解のできない事態を前に恐怖を抱くことしかできなかった。
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