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女の子を撮影したら、惚れされることができる能力をてにいれた件

執筆用bot E-021番 

盗撮

 カシャ……カシャ……カシャ……。


 無音アプリを入れているので音は出ない。撮影ボタンを親指でタップすると同時に、オレの脳内ではその音がひびく。


 悪魔がクシャミをするかのように、何度も何度も、カシャ、カシャ、カシャ。


 下校の電車内。オレは隅の席でこぢんまりと身を丸めている。帰宅部だから、みんなと時間がズレている。おかげですこしだけ電車は空いている。


 無防備にも女性専用車両に乗っていないOLたち。大声ではしゃぎ立てている女子高生。スマホをイジりつづけてる女子大生。そんな連中の生足、尻、胸のふくらみにフォーカスを向ける。


 ……カシャ、カシャ。


 どうせバレやしない。だってみんなスマホをイジってるんだもの。ニュースとかで捕まってるヤツは、よほど下手をコいたに違いない。特にオレなんて、どうせ誰も見てやいないんだ。この世から抹消された人の形をした何か。くくくっ。


「こっちの車両のほうが空いてんじゃん」


「ほら、こっち行こうぜ」


 男子生徒が5人と、女子生徒がひとり車両を移ってきた。


 オレのすぐ近くの貫通トビラが、勢いよく開いたものだから、ビックリしてスマホを落としそうになった。危ない、危ない。ビックリさせるなよと思って、入ってきた連中に目をやった。


 あ、と思う。
 オレと同じ、灰都山高校2年C組の連中だった。


 その男子たちに囲まれているのが、ミオンさんだ。今日、転校してきた。転校はずっと前に決まっていたんだろうし、下見にも来てたりしたんだと思うけど、紹介されたのは今朝だった。


 NONOという名前で芸能活動をやってる今話題の売れっ子アイドル。オレはべつに3次元のアイドルとか興味なかったけど、それでも動画とかでときおり見たことがあるぐらいだ。


 実物を見ると、ヤッパリ可愛い。


 黒くて艶やかな髪。同じ人種とは思えないほど白い肌。マツゲと涙袋に飾られた瞳。エキゾチックな高い鼻に、なんと言っても魅力的なのはその笑顔だ。


 笑うと、唇がピースサインのようにつりあがる。テレビでは「ピースマイル」とか言って紹介されていた。たしかに特徴的な笑顔だ。


 どれも全部、オレとは関係のない世界の話。


 陽キャたちが、城壁みたいに彼女のことを取り囲んでいる。今もそうだし、教室にいたときもそうだった。彼ら陽キャは学校を支配する貴族たち。オレみたいな陰の者は、城壁からはじき出された貧民。ははぁ、貴族さま、お機嫌うるわしゅう――ってか。笑える。


 男子生徒。目があった。視線をそらしたけど遅かった。


「あのさ。お前。お前だよ。カゲロウくん」


「なに?」


「女の子を立たせておくわけにはいかないだろ。チョット席代わってくんね?」


 そう言ってきたのは、志摩光だった。通称、シマコウ。顔立ちが良くて、運動ができて、絵に描いたような優等生。クラスの人気者。オマケに性格が良い。これで物語に出てくる噛ませ犬みたいな厭なヤツだったら、チョットは愛嬌もあったのに、非の打ちどころがないとは、このことだ。


 実際、オレに頼んできたときも、申し訳なさそうだった。ほかの男子生徒たちは、珍しい生き物でも見るような目でオレのことを見ていた。


「あ、うん」
 オレはそう言って、席を退いた。


「ごめんなさいね」
 と、ミオンさんは一言残して、オレが空けた席に腰かけていた。


 その一言をかけられただけで、オレは頭がぽーっとしてしまった。ミオンさんのやわらかい感情に、触れたような心地がした。


 しかもさっきまでオレが座っていた席に、ミオンさんは腰かけているのだ。そこにはオレの温もりが、まだ残されている。キモイとか、思われてないだろうか。


 なんだかオレとミオンさんのあいだに細い糸みたいなつながりが出来た気がした。それも一瞬のこと。ミオンさんはたちまち陽キャたちに囲まれてしまった。


 チッ。
 オレはヤッパリ関係のない人間だった。ミジメな気持ちに襲われる前に、その場から離脱することにした。


 電車のなか、雑踏にまざる。


 オレがうごくと、周りにいたオッサンたちが疎ましげな目を向けてくる。女とブツかったら嬉しそうにするくせに、男とブツかったら露骨に厭な顔をしやがる。エロジジィども。まぁ、オレも他人のことは言えないんだけど。


 そしてふと――。
 悪巧みがよぎる。


 盗ってやろう。
 男たちの憧れ、アイドルのNONOを、このスマホのなかに収めてやろう。『ツイッター』とか『インスタ』に上げるつもりは毛頭ない。っていうか、あげたら盗撮がバレる。あくまで自分用。


 いいじゃないか、別に。現実では言葉を交わすこともないんだから、データでオレを慰めてくれたって。


 手慣れているとはいえ、相手が売れっ子アイドルにもなると、さすがに緊張をおぼえた。いや。それだけじゃない。今日に限って、妙に心臓が動悸していた。はじめて盗撮をやったときみたいな緊張感があった。まるでオレを自制するみたいに、心臓が「やめとけ、やめとけ」と訴えかけているかのようだ。


 何気なくスマホをイジっているフリをして、カメラを起動する。画面に車内の景色が映し出される。画面にミオンさんをとらえようとする。上手くいかない。取り囲んでいる男子生徒が邪魔だ。


 ガタン。
 電車が揺れた。


 乗客たちがさざなみのように揺れた。ミオンさんの周りにいた男子たちも揺らいだ。間隙。ミオンさんの表情をうかがうことが出来た。その一瞬を取り逃がさなかった。カシャ。いつも通りに盗み撮ることが出来た。


 暗い欲望がみたされてゆく。


 べつに盗撮することに性的快感をおぼえているわけじゃない。そういう人もいるんだろうけど、オレはそうじゃない。普段はゼッタイに思い通りにならないものが、無防備にもデータのなかにおさめられる。オレの手中におさまるという征服感が、よどんだ暗い欲望を満たしてくれる。


 しかし――。
 欲望にひたっている余裕はなかった。


 盗撮した画像のミオンさんが、ジッとこちらを見つめていたのだ。


 もしかして盗撮に気づかれたのか?


 スマホから視線を外して、現実のミオンさんへと向ける。男子たちに囲まれているその隙間から、ミオンさんはオレのほうを見ていた。あのピースマイルを、オレのほうに向けていた。ヤバい。気づかれてる――かもしれない。


 不自然に見えないよう、スマホをしまった。物的証拠になるかもしれないという思考は働いたけれど、画像を削除しようとは思わなかった。


 杞憂かもしれないじゃないか。アプリを入れてシャッター音は消してるんだ。なんとでも言い訳は出来る。盗撮されたとわかって、あんなの余裕そうに笑ってるわけないし。


 雑踏に、身をひそめた。

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