俺は新(異)世界の神となる! ~そのタイトル、死亡フラグにしか見えないんで止めてもらえませんか~

獅東 諒

第三章 第15話 ダンジョン攻略、心の迷子に光明を。

 俺が降臨(主神曰く)したらしいこの世界で、ダンジョンというのはその最下層に産み落とされる魔族と共生関係にある生き物らしい。
 ペルカや女将さんの説明によれば、その最下層の魔族をたおしさえすれば、ダンジョンはただの洞窟になるという。
 とはいっても、詳しく話を聞いたかぎりでは、新たなモンスターを生み出さなくなるというだけで、その存在が確立するだけ瘴気を溜め込んでいたモンスターは生き残るし、繁殖が可能なモンスターは増えるそうだ。
 さらに迷宮と呼ばれる要素でもある、ダンジョン内に生まれた罠などはそのまま残る。
 俺の感覚だと、死んで普通のダンジョンになるという、なんだかよくわからない状況になるようだ。

 さて、クリフのささやかな暴走から起こったあの戦闘の後、パーティーの雰囲気は少々ぎこちない。
 それまでのクリフは、俺に対して当たりがキツい以外は、所々で一六歳の若者らしい好奇心を示しながらダンジョンを探索していた。
 戦闘でも少し戸惑う所があったものの、援護がほしいタイミングでうまく弓で攻撃してくれていた。
 ダンジョン探索なんて始めての経験だろうから、俺は密かに感心していたのだ。
 ちなみに、俺も初めての経験なのに頑張ってますよ!
 まあ、それをいうならペルカも女将さんもなんだけどね。
 女将さんは、遺跡探索のプロフェッショナルだったらしいから、遺跡の通路や地下坑道に生息していた野生生物やドラゴンなどの幻獣と戦った事もあるという事なので除外しても文句は言われまい。

 ケイブ・ワスプ戦後のあのやり取りの後からクリフの動きに生彩がなくなった。
 あれからすでに一に日ほどの時間が経っている。
 ダンジョンも第二層から降り、第三層を探索中だ。上のふたつの層はどちらかというと広い坑道のような雰囲気だったが、第三層は鍾乳洞のような雰囲気で随所に鍾乳石がぶら下がっている。壁面も雨水でしみ出した石灰質が被っているような場所が散見される。

「クリフさん下がるので、牽制をお願いするのです!」
「ほらクリフ、いまだよ! 援護!」
「あっ、はい…… うぅッ……」

 クリフは矢をつがえ構えたが、狙いを定められずに固まっている。
 それを横目で見た俺は、自分の前にいるジャイアント・ドゥアーンという巨大蜘蛛の顔に向かって、盾を身体ごとかち上げるようにぶつけて怯ませると、ペルカの前にいるジャアント・ドゥアーンへと向かった。

「ペルカ!」

 呼びかけた俺の声に、ペルカは一瞬で意図を察し素早く後ろに下がると、俺の入り込むスペースをつくった。

「嬢ちゃんまかせたよ」

 女将さんは下がってきたペルカに松明を手渡すと、腰から剣を引き抜いて俺が怯ませたジャイアント・ドゥアーンに対峙する。
 本当なら、クリフがペルカと戦っていたジャイアント・ドゥアーンに牽制攻撃をして、ペルカと女将さんが交代するという流れになるはずだったのだ。
 女将さんのクスリが効きすぎたのか、クリフは攻撃に躊躇しすぎるようになってしまっている。

 俺は上から来たジャイアント・ドゥアーンの前足による攻撃を盾でいなし、その身体を支える足をメイスで力任せに打ち砕いた。
 ギーー!
 という短い奇声を上げてジャイアント・ドゥアーンの体勢が崩れた。ヤツの顔が下がってきたところに止めの一撃を食らわせる。
 グチャリ! という嫌な感触がして黒っぽい体液が地面に散った。
 ジャイアント・ドゥアーンの身体は断末魔の痙攣をしたあと、ピクリとも動かなくなった。
 フーッ、と一息ついて女将さんの方を見ると、女将さんと対峙していたジャイアント・ドゥアーンは、その八本の足を切り落とされ、ダルマのように地面に転がっている。
 ギチギチと牙を開いて威嚇するが、すでに決着は付いたようなものだ。
 女将さんはジャイアント・ドゥアーンの横に回り込むと、力任せにその首を断ち切った。
 女将さんの剣技は、その体格に見合った力任せのものだ。
 しかし三年もの間あの訓練狂バルバロイに振り回された俺から見ると、どこかそれだけではないのでは、と感じさせるところもある。
 女将さんのほうの決着が付く合間に、俺が斃したジャイアント・ドゥアーンは黒い泡を散らすように霧散していく。
 ドキドキ、ワクワク。
 ……ごめん。初見のモンスターだから何がドロップするのか楽しみなんですよ!
 ……うっ、スカでした。
 そうするうちに女将さんが斃したジャイアント・ドゥアーンも霧散してゆき、そちらにはスパイダー・シルクという絹糸のようなものがドロップした。ドゥアーンなのにスパイダーとはこれ如何に?
 たしかに蜘蛛みたいだから蜘蛛から落ちたということで――考えたら負けなのだろうか?
 探査サーチを発動して見てみると。

〈スパイダー・シルク〉
 蜘蛛種のモンスターが排出する糸を特殊な加工をすることによって粘着成分を除去したもの。この糸から作られた布は上品な光沢を放ち、また非常に強靱な糸で高価なアンダーアーマーの素材として用いられることが多い。
 ケイブボアファングや酒樽でも思ったが、解説まで出てくるところが興味深いなあ。などと考えていると。

「クリフ! あんた、射らなきゃならないときに戸惑っててどうするんだい!」

 女将さんは斃したジャイアント・ドゥアーンのドロップアイテムには目もくれず、クリフに詰め寄った。
 第二層でのあの出来事からおよそ一日。その間は様子を見ていたようだがついに堪忍袋の緒が切れたようだ。

「カーサさん! やめてくださいなのです!」

 その胸ぐらを掴もうとするカーサの前にペルカが割って入る。
 クリフは女将さんの剣幕に気圧されたように、下をむいて座り込んでしまった。

「クリフさんは、まだ若いのです。それに、猟師さんなのですよ。ワタシは巫女ですが爪牙闘士でもあるのです。戦う訓練をしていた人とは違うのですよ!」
「……嬢ちゃん。それは言訳にはならないんだよ。ここにくるって覚悟を決めて付いてきた以上はね」
「でも……閉じ込められて帰れなくなったのはクリフさんのせいではないのですよ。ダイさん! ダイさんもなにか言ってくださいなのです」

 女将さんとの言い合いから、ドロップアイテムを回収していた俺にお鉢が回ってきた。
 俺が間に入るとまたこじれそうだから一歩引いていたんだが。それにしても驚いたのは、いつもは温和でホワホワなペルカが、俺の知るかぎりはじめて怒りにも似た感情を発露したことだ。
 ペルカは、クリフのほうに振り返ると膝をついて、うなだれているクリフの頭を抱きしめた。

「クリフさん、いいのですよ。急にこんな状況に追い込まれれば普通の人は誰だってこうなるのですよ。カーサさんもダイさんも――ワタシもなのですが、戦う人なのです。クリフさんはワタシの使命を手伝ってくれるために本来のお仕事とは違う事をしてるのですから、だからゆっくりでいいのです。気持ちを落ち着けてやっていくのですよ」

 その姿は、幼い子供を護る母親のようだ。

「ペルカさん……、うぅ、お、オレ、うううぅぅッ」

 クリフの野郎! ペルカの胸で泣き出しやがった!
 ペルカも、クリフの背中を「いいのですよ。いいのですよ」と優しくポンポンとあやすように叩いている。
 なんてうらやま――じゃなくて。クソ! 俺だってペルカの胸で泣いたことないのに。……いや、でもそれは情けないな。ペルカが奉じる神として。

「嬢ちゃんは、子供をただただ甘やかす母親になりそうだね。それは平和でいいことだけどさ、ここは生き死にを左右する場所だって分かってるのかい? 早く独り立ちしなけりゃ、死ぬのはその子になるんだよ」

 女将さんの厳しさは、この中の誰も死なせないためのものだと俺には感じられる。少々厳しすぎるきらいはあるんだけどね。

「女将さんもペルカも感情的になりすぎてる。少し気持ちを落ち着けましょう。俺には女将さんの言うことも、ペルカの言うこともどっちも正しいと思う。女将さん、食料の備蓄はどのくらいあるんですか?」

 俺はクリフの行状を気にしつつも、もっとも有効ではないかと思う意見を考えた。
 そう! ペルカのためにね!(ここ大事)

「なんだい急に、そうだね……もしもを考えて準備してきたからあと五日はだいじょうぶかね」
「なら、モンスターから食料のドロップがあればさらに数日はもちそうですね」
「どうするつもりだい?」

 女将さんは俺の考えを図りかねたような雰囲気だ。

「訓練しませんか」
「訓練?」
「そうです。パーティーの隊列と戦い方をできる限り叩き込むんです。なんでもそうだと思うんですけど基本って大事じゃないですか、基本の形をしっかり覚えれば、そこから応用することもできる。はじめのうちのクリフは、ただ猟師としての経験でやってた。それであれだけできたんです。いまは戦いの怖さが分かって少し手が出なくなってるけど、それぞれがやらなきゃならない役割は決まってるわけですし、行動の基本を叩きこめばある程度はパターンで対応できるでしょ」
「なるほど……、それにしても――あんたもモノを考えてるんだね」

 なんですか、その俺が何も考えずに生きているような言いぐさは。
 まあ、あの訓練狂バルバロイとの経験がなければ思いつかなかったんだけどね。

「どこか、安全に野営できそうな広い場所を探しませんか。そこで、一日戦闘訓練しましょう」

 女将さんは少しのあいだ考え込むと、心を決めたように口を開いた。

「……そうだね、最終的にそのほうが早くダンジョンを攻略することが出来そうか……。それでいいかい、クリフ、ペルカ嬢ちゃん」
「……お願いします。オレ、うまく戦えるように頑張りますから、訓練をつけてください」
「ワタシも、それでいいのです。あの、カーサさん、その、ごめんなさいなのです。ワタシ……」
「ああ、謝らなくていいよ。ダイにも言われたけどあたしも気が高ぶってたよ、悪かったね」

 ペルカも女将さんもお互いに少し気まずそうだ。

「それじゃあ行きましょう。俺もう腹が減って腹が減って……どこかで飯にしたいですよ」
「なんだいあんた。本当はそれが目的かい」

 俺の軽口に女将さんが、少々わざとらしい呆れ顔で調子を合わせてくれた。
 俺たちが野営地を探すため進み出すと、チョンチョンと後ろから袖口を引っ張られた。

「あっ、あの……ダイさん、有難うなのです。ダイさんは優しいのですね」

 俺が振り向くと、ひまわりが咲いたようなペルカの笑顔が眼前にあった。
 ……なんだ、あれ、顔が熱い。うわーマズッ、なんか心臓もドキドキするぞ。

「あっ、いや、……気まずい雰囲気のままだとこの先大変そうだからね」

 俺はそれだけ答えると、ペルカに見られないように正面を向いて、歩みを早めた。

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