俺は新(異)世界の神となる! ~そのタイトル、死亡フラグにしか見えないんで止めてもらえませんか~

獅東 諒

第三章 第12話 闇の底で蠢くモノ(弐)

 それはヤマトたちがダンジョンへと入り込んだころ。
 ダンジョン最下層、その心臓部コアでもある魔族オリエンスの拠点。

 巨大なドーム状の空間には、壁面に無数のかがり火が灯されている。
 さらにその頂点には八角形のクリスタルのような鉱石が嵌め込まれていて、そこから固い色調の輝が空間を照らしていた。
 そのドームの一角でドゴーン、っという音が響いた。ビリビリと空気が揺れる。
 ドームの上空からは、パラパラと細かく崩れた岩肌が落ちてきた。
 その音の元凶。
 壁面に叩きつけられ崩れ落ちたオリエンスが、地面から赤い鱗顔を上げた。

「まっ、待ってくれヘリオドール――少しは加減を……」
「ハッ、なに言ってんだい。それじゃあ訓練にならないだろ。オレらより強くなりたいんだろ。ええっ、オリエンス。オレは軽く撫でただけじゃないか」

 ヘリオドールは黄金色の瞳を爛々と輝かせ、どこか淫靡にも思える表情をその相貌に貼り付けていた。
 弱者をいたぶる加虐的な興奮を抑えきれないという感じで、彼女はオリエンスの首に左手を伸ばした。

「グェッ」

 首の根元を無造作に掴み、ヘリオドールはオリエンスを軽々と持ち上げる。
 そして、次の一撃を加えるため、右の拳を握りこむ。
 オリエンスはヘリオドールの拘束から逃れようともがくように暴れるが、彼女の身体は全く揺らがない。

「ヤッ、止め……」

 ヘリオドールの拳が眼前に迫り、その拳を受ける覚悟を決めたオリエンスは首筋を固め鱗に覆われた冑のように見える額部分を拳のまえに突き出しわずかばかりの抵抗をこころみた。
 オリエンスが覚悟した衝撃は……やってこなかった。
 ヘリオドールがオリエンスの眼前に拳を突きつけたまま固まったように止まったからだ。

「どうしたんだい?」

 突然、ヘリオドールの口から問いが吐き出された。しかし虚空に視線を向けた彼女の問いは、オリエンスに掛けられたものではなかった。

(これは――まさか、……あのかたの神気です)

「あのかたって――ほんとうかい!?」

(わずかな気配ですけど、間違いようがありませんわ
 ねえねえ、あのかたってダレダレ?
 ワタシたちを満足させてくれるあのかたですわよ。
 ……もしかして、かみかみのおにいさん?
 そうですわ。あのとき、私たちの意識が途切れる寸前、闘神バルバロイにヤマトと呼ばれていたあのお若い神。あの憎らしい主神の神気に近い独特の神気。……でも、あまりにも弱々しいですわね。それに、ほかにも数人の気配がします。……もしかして、あのかたに仕える神職でしょうか?)

「さすがに神々奴らも目敏いね。ダンジョンの口が開いたばかりだっていうのに、もう先兵を送り込んでくるなんてさ。でもついてるじゃないか、あの神の手がかりが掴めるってもんだ」

(そうですわね……。もちろん神自身である可能性もありますけど、いくら若くとも簡単にダンジョンに踏み入ってくるほど愚かでもないでしょうし)

「おいオリエンス、おまえダンジョンを操れるんだろ? ……? おい……ヤベえ、こいつ気絶してやがる。起きろコラ!」

 首を持ったまま掲げられていたオリエンスはいつのまにか静かになっており、プラーンと吊されていた。
 ヘリオドールは、オリエンスの眼前で止まっていた拳を気付けに振り抜いた。

「ゴアッ!」

 壁面に打ち付けられたオリエンスがその衝撃で覚醒する。

「いつまでも寝てるんじゃないよ」

 ヘリオドールは自分の行状がなかったように、オリエンスの胸ぐらを掴む。

「オリエンス、おまえダンジョンを操作できるんだよな」
「あっ、ああ……、深層は無理だが浅い層ならすこしは思い通りにできる」
「なら、いまダンジョンの中に入ってきてる奴らをダンジョンから外に出すな」

(ヘリオ、どうするつもりなんですの? あとあなた、さっきからワタシたちとの会話も口から出てますよ。
 うるせえよルチア。苦手なんだからしょうがねえだろ。せっかく向こうから手がかりがやって来てくれたんだ。逃がす手はねえだろ。ルチア、お前だってどんな奴がやってきたか見てみたいだろ?
 直接確認に行くつもりですか? ……確かに、それもいいかもしれませんね。あのかたについては強い力をもった若い神という以外は何も分かっていないようなものですし。
 ハイッ、ハイ、ハーイ! ボク、ボクボクが行く! ボクみたいなキュートな女の子なら警戒されないよ。
 バカかカナリー、お前みたいな小娘が何でダンジョンにいるんだよ。そこはやっぱりオレだろ。オレならダンジョン探索にきた戦士で誤魔化せる。
 どうでしょう、ヘリオは粗雑すぎますもの、今みたいに私たちの会話を口に出されても困りますわ。私はさらしてしまいましたから、本当にあのかたの関係者だった場合困ったことになりそうですしね。これから新しい擬態のモデルを探すわけにもいきませんし。
 だから、だから、ボク、ボクボク。ほら~、ボク、シーフだしキュートだからモンスターに攫われてこんなところまで連れてこられちゃったんだ~。ねっ。
 それで演技のつもりか!
 でも、そんな感じで接触したほうがよさそうですかね。
 オイッ、言い出しっぺはオレだぞ。
 ……
 ……)

「無視かよ!」

(ほら……)

「ヒィッ、俺は無視なんか……」
「ああッ、おまえじゃねえよ。ああ~、もう面倒くせえ、いいか、俺は用事ができた。いま言ったとおり、第一層に入ってる奴ら、くれぐれも逃がすんじゃねえぞ!」

 言うなりヘリオドールは踵を返してドームを駆けだしていった。

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