俺は新(異)世界の神となる! ~そのタイトル、死亡フラグにしか見えないんで止めてもらえませんか~

獅東 諒

第三章 第6話 闇の底で蠢くモノたち

 大量の湿気を含んだ闇の中を、何者かが歩いていた。
 跳ねるように進むその足下では、その一歩一歩に青白い光が生まれる。
 光は水面みなもに落ちた水滴の輪のように広がり、そして消えてゆく。

 わずかな光に照らされて分かるのは、それがまだうら若い女性――少女と言ったほうがいいほどに、うら若いということだ。
 背は低く、革甲を纏った身体は細い。
 しかし痩せぎすというほどではなく、健康的な溌剌はつらつさを放っている。

 将来の成長が楽しみな整った顔に、それは楽しそうな笑顔を浮かべて少女は進む。
 首筋のあたりで整えられた短い髪が少女の軽やかな歩みにふわふわとなびいている。
 少女の進むこの場所は、夜の空が見上げられるような場所ではない。彼女の頭上にあるのは鍾乳石を吊した岩盤であった。

 足下の青白い光は弾むようなリズムを刻んでいる。それは少女の心をあらわしてでもいるように陽気なものだ。
 フッと、そのリズムが途絶えた。
 少女の足下では光の波が欠けた月のように広がり……消えた。
 立ち止まった少女の目の前には、欠けた地面――、それは巨大な縦穴だ。
 少女はスーッと大きく息を吸う。

「オリオリーーーーーーーーーーーー! 遊びに来たよーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」

 叫びとともに少女は、縦穴へと飛び込んだ。

 
 少女が去った闇の中……、そこには多くの生き物たちがいた。
 それは岩盤に張り付く虫たちであり、苔に被われたジワリとぬめる地をはう爬虫類たちであり、いつもならば音を頼りにこの暗い穴蔵のなかを飛び回る吸血飛鼠コウモリ、そして、この洞窟に巣くう魔物たちである。
 だがこの闇の中、格好の獲物ともおもえる少女に対して彼らは息を殺しただただ気配を消していた。
 少女が空洞へと飛び込んだとたん、彼らは潜めていた気配を解放して蠢きだした。
 飛鼠は岩盤に張り付く虫を狙い飛びつく、その飛鼠に岩影に隠れた蛇が噛み付いた。
 飛鼠に巻き付き締め上げる蛇に岩が投げつけられる。岩を投げたのはイヌのような頭を持ったコボルドという妖魔だ。
 少女が去った途端、洞窟はこの地の過酷な生態をあらわにしていた。

◆◇◆◇◆◇

 縦穴へと飛び込んだ少女は、絶壁に飛び出した数少ない足場をさきほどまでとかわらずトントンと跳ねるように降りていく。
 この場所には、青白い光もない本当の闇が広がっているというのに。
 少女はさらに、トントン、トントンと岩場をくだり、そしてフワリ、と目的の場所に降り立った。

「オリオリーーーー! 遊びに来たよーーーーーーーー!」

 少女は、ふたたび闇の中に声をかけた。
 縦穴の底、少女の上げた声だけがこだました。

「……ねえねえオリオリ。なんで無視するの? ボクがダンジョンここに入った瞬間からわかってるはずだよね……。せっかく遊びに来たのにさ……、遊んでくれないと――ボク暴れるよ……」

 さきほどまで陽気な雰囲気を振りまいていた少女が、その言葉にわずかな苛立ちを紛れさせた。

「待ちやがれ、このイノセントバーサーカー。せっかく育ったダンジョンを破壊するつもりか!」

 少女がくだってきた縦穴の底。
 この場所に繋がる一つの横穴から、濃い瘴気が吹き上がった。
 ボウッ、ボウッ、ボウッ、っと縦穴の壁面に炎が生まれる。
 炎は横穴から現れるものを歓迎でもしているように、大きく小さく踊るように瞬いている。
 横穴から赤い物体がやってきた。
 それは二メートルほどの大きな人型をしたものだ。
 姿形は人間の男のようだが彼の全身は赤い鱗に覆われていて、その背には蝙蝠のような黒い羽根が八枚ひろがっている。

「あっ、オリオリ! ひさしぶり! 二百年ぶりくらい? 前に合ったときはボクとそんなに背が違わなかったのに――おおきくなったね~オリオリ。あれからどうしてたの? あっ凄い、オリオリ羽の数が増えてない? ねえねえ、この頭のところ冑みたいになってるけどこれって張り付いているの? ねえねえオリオリ――」
「あ~~~ッ! ウルセーウルセーウルセー! おいこら、何身体にのぼってやがる!!」

 少女は、オリオリと呼んだモノの言葉など聞く耳を持たず、グルグルとその周りを回りしまいには身体に登り上がっていく。

「でもダメだよオリオリ。こんなに簡単にとりつかれたら。ほらほら、こうしたら死んじゃうよ」

 少女はオリオリと呼ぶ男の背後に回り込むと、いつの間に取りだしたのか黒刃のナイフをその首筋に当てていた。

「……おい。何の冗談だ……」

 少女は男の背中を軽く蹴る。空中でクルリと身体を捻りながら回転して何事もなかったように男の正面に降り立った。

「――うん、冗談だよ。でもさオリオリ油断しすぎなんだもん。キミたち魔神さまの先兵なんだからさ。天天てんてん神神かみかみに復讐するのにもっと強くなってもらわなきゃ」
「なら早く寄こせ。――邪気を溜め込んできたんだろ」
「エヘヘ……」

 男の言葉に、少女は若草色の瞳を逸らすと、薄くソバカスの浮いた顔にとぼけた笑みを浮かべた。

「おい……どうした?」
「実はね、ボクここの場所忘れちゃったんだよね――エヘッ。ひさしぶりに来んだから仕方ないよね。あたりのようすが前に来たときと全然違うんだもん。そしたらね、そしたらね、近くにいたゴブゴブが教えてたんだ。魔神さまの軍勢の子だったからね、ね。お礼たんだボク。お礼はだいじだよね~~」
「おまえまさか……」
「エヘヘッ、――持ってた邪気、その子にあげちゃった。エヘッ」
「なに考えてやがる。キサマ!!」

 男から怒気が吹き上がり、鱗に被われた太い腕が少女の首を狙って伸ばされた。

「ぐぁ、ゴァーーーーーーーーーーーーーーー」

 ガシリ! と掴まれたのは少女の首ではない。
 赤い鱗に包まれた腕。
 掴んだのはその腕と比べると格段に細い女の手だ。

「おい。……調子にのってんじゃねーぞ。……オリエンス」

 黄金色こがねいろの瞳がオリエンスと呼ばれた男を睨んでいた。
 いつの間にか男の前には、先ほどの少女ではなく、女が立っていたのだ。
 オリエンスには及ばないものの背の高い女だ。
 赤茶けたザンバラ髪を細い革で乱暴にまとめていて、その顔には牝獅子のように荒々しい表情を貼り付けている。

 「ヘッ、ヘリオドール!? あんたが出てくることはないだろ。俺はあのチビに――ぐあぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁ!」

 男の鱗腕からミシミシという音が響く。ヘリオドールが掴んでいる場所が絞られるように歪んでいた。

「言い訳するんじゃないよ。アタシが殺気に気が付かないわけないだろ。……お前、いつからあたしたちに反抗できるなんて白昼夢を見れるようになったんだい?」
「ゆっ、赦してくれヘリオドール。俺が悪かった。この二百年で手に入れた力で、アンタたちとどれだけ渡り合えるのか――試してみたかっただけなんだ」
「……ヘェ、そいつは良かった。オレらはさ、カナリーの馬鹿が気紛れで使っちまった邪気の詫びにさ、あんたを鍛えてやろうって思ってたのさ。どうだい嬉しいだろ?」

 ヘリオドールが、黄金色の瞳を輝かせ凶悪に笑うと、オリエンスの赤い鱗顔には青みが差したように見えた。

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