俺は新(異)世界の神となる! ~そのタイトル、死亡フラグにしか見えないんで止めてもらえませんか~

獅東 諒

幕間2 ペルカがんばる!(後)

「中に、中に入れてください!! お願いなのです!!」

 コロッセオ内での出来事で恐慌に陥ったらしい人々は、我先にと外に駆け、さらに一刻も早くこの場から立ち去ろうと転び、他人に踏まれようとも這い退るようにと逃げてゆく。
 濁流のような人の流れに押されペルカは思うように前に進むことができない。

「……ごめんなさいなのです!!」

 ペルカは叫ぶと、その場で高く飛び跳ねた。
 彼女は、入場門から駆けだしてくる人々の肩や背を蹴り、人々の身体を使ってコロッセオ内に駆け込んでゆく。
 コロッセオ内に入りこんだペルカは、建築物の突起に足を手を掛け、通路の壁を交互に飛ぶように前に進んでいく。

(ヤマトさんは――こっちなのです!!)

 ペルカは嵐のように通路の奥から吹き出してくる不可視の圧力の中に、慣れ親しんだヤマトの力を感じ、それを目指してただただ進む。
 だがコロッセオ内は入り組んでいて、試合場には真っ直ぐ進むことができずに立ち止まってしまった。
 ペルカはそのとき初めて、自分が今いる場所に意識が向いた。
 これまで見たこともない巨大な石造りの建物から受ける人工的な――そして人が居なくなり、いつの間にか静まりかえった、この場の無機質な圧迫感。さらにさきほどまでの凶悪な邪気も、嘘のように霧散していた。
 しかも、この都市に入ったときから感じていた違和感が、突然消えるように無くなった。
 緊張感が突然切れたペルカは、虚脱して弛緩したようにペタリとその場に座り込んでしまった。

「ワタシ……、ヤマトさん……は?」
『……!? ペルカ! 何があったのですか!? いまこの都市を覆っていた結界が無くなりました。ペルカ? ペルカ! しっかりしなさい!! 私もすぐにそちらに向かいます!! アナタは階段を上に向かいなさい! とにかく試合場が見える場所へ行くのです!!』
「……ワタシ、……行かないと」

 サテラの叱咤によって、ペルカは座り込んでしまった身体に力を入れ直し立ち上がろうとした。
 その時、それはやって来た。

「………………!?」

 凪いでいた空気が突然吹き飛ぶような、巨大な波動が空間を押し広げやって来た。
 コロッセオ全体がビリビリと揺れ、大きな石が組み合わされて造られた、この建物の各所にヒビが入る。
 立て付けが弱い装飾品などは弾け飛んで、通路に転がった。

「ヤマトさん!!」

 次にやってきたのは、胸を締め付けるような――深い悲しみを秘めた怒りの波動だ。
 ペルカには解ってしまった。

「ヤマトさんが泣いてるのです!!」

 ペルカは、先ほどまでの弛緩した身体がウソのように、階段へと駆けだした。
 怒りの感情が身体の奥底から浮かび上がってくる。
 だが、それが自分のものではないことがペルカには解る。
 これは……ヤマトの怒りが自分の中に漏れ出しているのだ。
 ヤマトと自分は繋がっている。このような状況の中でもそれを嬉しく思ってしまう。でも……、
「ヤマトさん――怒るのはダメなのですよ!! ヤマトさんは優しい人なのです!! ワタシには泣いてるのがわかるのです!!」

 ヤマトに何が起こったのかは解らない。でも、ヤマトが深い悲しみに襲われ怒り狂っているのはハッキリと解る。止めなければいけない。このまま怒りに呑み込まれたら、本当のヤマトの心がもっと深く傷ついてしまう。
 ペルカは、階段や通路の角に身体がぶつかるのもかまわずに、自分に出せる最高の速度で駆け抜けて、試合場を一望できる、観覧席の出口から飛び出した。
 その背後から、サテラが自分を遙かに超える速度でやってきているのも感じられる。

「ヤマトさんは!?」

 試合場を見下ろすと、彼に深い悲しみと怒りをもたらしたらしき存在。それを蹂躙しているヤマトが見えた。
 彼は、あのアースドラゴンのように、いやそれ以上に黒い真黒の闇を、まるでマントのように身体に纏わり付かせている。
 次の瞬間、厳つい体付きをした男の闘士が黄金色の光を発し、ヤマトに駆ける。
 革甲を着込んだ女性の剣士も、闘士と同じように光を纏った状態で、ヤマトに向けて何らかの力を使った。
 それは彼を止めるための力だろう、急にヤマトの動きが鈍る。それにあわせ闘士が攻撃を仕掛ける。だがヤマトがコロッセオどころか、このエルトーラ全体を振動させるような巨大な咆哮を上げた。
 ヤマトに纏わり付く闇が、闘士の攻撃をはじき返した。
 さらに女剣士が、一足でヤマトの脇に移動すると、剣でヤマトの頭を狙う。

「ダメなのです! アレではダメなのです!!」
「おいっ、オマエ!! ここは危ない! 避難するんだ!!」

 叫んだペルカの視界の脇から、男が彼女を止めようと手を伸ばしてきた。ヤマトの状態を確認するためにわずかに移動速度が鈍った瞬間だ。

(ああッ――掴まれるのですぅ!)
「ペルカ! 行きますよ!!」

 男の手がペルカの腕を掴もうとするそのとき。
 追いついたサテラが反対の腕を掴み彼女を加速させた。
 ペルカとサテラ、ふたりはそのままの速度を落とさず、観客席から試合場に飛んだ。

「サテラさま! ヤマトさん泣いてるのです。心の奥で泣いてるのです!!」

 ペルカは、ヤマトの心の奥に沈んだ悲しみに共感したのか、我知らずこぼれた涙でその顔を濡らしている。

「わかっています――私も繋がっているのですから!!」

 空中で、ふたりは互いに視線を交わすとヤマトに視線を戻す。
 視線の先では、ヤマトが纏わり付く闇を使って女戦士を拘束している。

「――バルバロイ! 諦めましょう、しかたありません!」

 試合場に着地しペルカの耳に、女戦士が発した言葉が飛び込んできた。
 ペルカは涙でゆがむ視界に映るヤマト。
 闇を纏ったヤマト。
 たぶん今ペルカとサテラにしか見えていないヤマトの闇の奥に沈んだ本当の心の光を捉えて、なんの恐れもなくペルカは彼に飛びつくようにして抱きついた。

「ヤマトさんダメなのです! この地の獣たちがみな怯えてるのですよ!!」

 ペルカは考えて叫んだわけではない。
 ただ、ヤマトにならばこれで通じるはずだという不思議な確信があった。

「何をしているのですかアナタは! 目を覚ましなさい!!」

 ペルカと同時にヤマトに抱きついたサテラは、ペルカの言葉のあと身体を離し、ヤマトとしっかり視線を合わせると、言葉と同時にヤマトの頬を張った。
 その瞬間、ヤマトの纏った闇が脆い薄氷のように砕けて散った。
 ………………
 …………
 ……

「……サテラ、ペルカ? ……なんで、ここに……」

 ヤマトがふたりにもたれかかるように倒れてきた。
 気絶したヤマトの顔には安堵の表情が浮んでいる。
 心安く、ふたりにその身をあずけてくれるヤマトのその重さが、いまのペルカには嬉しいものだった。

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