俺は新(異)世界の神となる! ~そのタイトル、死亡フラグにしか見えないんで止めてもらえませんか~

獅東 諒

第二章 間話1 第56億7824回 従属神会議

※ この話は、神々の制約により、まだ大和と面識のない神の名は匿名でお贈りしております。

「これより『第56億7824回従属神かみさま会議』を開催させていただきます」

 深い緑に覆われた天上の神殿に、楚々そそとした声が響いた。

「本日の進行は私、シュアルがおこないます」

 巨木とその枝で構成された天然の神殿。
 森獣神シュアルが管理する神殿域で、今回の会議は行なわれていた。
 森林の放つ涼々とした心地よい大気が辺りに満ちている。
 巨木と共生関係にある草花やキノコがこの会議の場ではテーブルや椅子のように使われていた。
 神々は、思い思いに気に入った場所に陣取り、会議の開催を告げたシュアルに目を向けている。
 神々の視線がシュアルに向くのは決してこの会議の進行をしているからだけではなかった。彼女の服装が神々が見慣れていた出で立ちと違っていたからだ。

 以前のようなふわりとした貫頭衣ではなく、十二単に似た服装をしていた。正面から見ると外国人が上手く着崩したように見える、後ろから見ると膝上辺りで着物の生地は途切れていて、シュアルの黄金色こがねいろの一二本の尻尾が着物のすそや引腰のように見えた。
 これはヤマトが部屋の本棚から探し出した本の中で、シュアルに似合うのではないかと提示した着物を基に彼女が創造したものだった。
 色合いは襟元から胸の辺りまでは紫色でそこから紅葉もみじの葉を意匠した絵柄の描かれた赤色になり、腰の辺りでは彼女の尻尾の色に合わせたのか公孫樹いちょうの葉を描いた黄金色になっている。
 着物姿のシュアルは、その艶やかな黒髪もあいまってこれまで以上の神々しさを放っていた。

「まずもって報告しなければなりませんのは、主神代理さまあのかたは”少年神“でありました。それも”輝ける少年神“です」
「「「!!」」」

 この場に集う上位の神々の間に驚きが広がる。

「……正直なところ私も驚きました。主神代理さまあのかたの言動を見るに築神どののような壮年神を予想しておりましたので」
「……オメエも大概だなシュアル」
「……?」
「「「?」」」

 上位の神であるシュアルと築神の遣り取り、シュアルは築神の言葉の意味が純粋で分からない様子だ。
 しかし座に広く集う多くの下位の神々は、上位神たちの驚きが分からずに戸惑っていた。

「………………」

 闘神の神殿域での出来事を覗いていたであろう識神はキノコの椅子の上で杖の上に両手をのせたまま、軽く片眉を上げた。

「まあ類は友を呼ぶということか……、いや、主神の野郎は分かってたのか? ……まさかな」
 築神が見ようによっては法被はっぴのように見える服を腕まくりし、太い腕を組み考え込んでいる。

「しかしおかしくはありませんか? 異世界の者とはいえ主神代理あの者は、元はただの人族です。地上の者が神上かむあがったばあい、幼年神や少年神となることはあっても輝ける少年神になるなどこれまで聞いたこともありません。……危うくはありませんか、それでなくとも主神代理あの者神上かむあがったわけでもなく、主神さまの気紛れによって選ばれた者なのですから」

 戦女神が真面目な表情で口を開いた。

「確かに、少年神ともなれば不安定な存在だ。しかも儂が知る輝ける少年神は主神と魔神になる前の二柱ふたはしらの神しか存在しておらなかったはずじゃ」

 戦女神の意見に、識神が知識の補足をする。

「主神と魔神の二柱がその属性を確定するまえということは……」
「そうじゃ主神代理あの者も魔に堕ちる可能性が大いにあるということじゃ。その純粋さ故にな……」

 控えめな陽行神の言葉に識神が応えた。とたん、事の重大さを理解した下位の神々がいまさらながらにザワザワと狼狽を振りまいた。
 もしも主神の不在に、その代理である#神__ヤマト__#が魔に堕ちたとしたら、世界に与えるその影響力は神々にとって悪夢でしかない。

「サテラが考えていた今ひとつの方法。主神代理かの者を主神さまの神殿域に隔離するべきではないですか」

 戦女神は見慣れた黄金の甲冑姿、その腰に下げたこれも黄金の剣の柄を撫でる。

「お待ちください戦女神どの。私はこの数ヶ月、主神代理さまあのかたと近しく交わりましたが、素性のよろしいお方と見受けました。お調子者の面があるのは確かですが。芯は真っ直ぐなお方です。サテラもそう感じたからこそ、あの方を育てる決意をしたのでしょう。それに、この度の従属神会議を私に任せ、あの方の元にいるのは、戦女神どのが危惧するような結果にはならないとの確信があったからでしょう」

 星神として生まれ、のちに戦女神を統べる存在となった女神の言葉に、シュアルは中立であるべき議会進行の役目を忘れヤマトを擁護ようごする意見を口にしてしまう。

「魔神となられたあのお方も、真っ直ぐな、心根のやさしい方でしたよ、シュアル。魔に墜ちる切っ掛けはそれぞれに違うかも知れません。が、主神のおらぬ今、その危うさこそが問題だと言っているのです」

 戦女神の眉間には眉を寄せるわずかな皺が浮かぶ、それは怒りとも悔いとも取れる表情だ。
 この世界の主神の居城でもあるこの星界。
 多くの神々が集い生命をはぐくむ権利を得た地球テラフ。この場に集う神々の中で、魔神になる前のとある一柱ひとはしらのことを知る戦女神の言葉は重い。

「そう言うな戦女神よ。アレはまた違う事情じゃ。確かに主神代理あの者が、未だに己の立ち位置を知らぬ未熟者だとは儂も思わなんだ。だがの、あのバルバロイがその事実を知ってさえ主神代理あの者を鍛えておるのがどうにも気になる。彼奴あやつは神々の中でも特筆されるほどに正邪せいじゃを嗅ぎ分ける感覚を持っておる。それが、そのまま主神代理あの者鍛える道を選んだのじゃ、儂もシュアルと同じく見守る事に同意するわい」

 この会議で最も影響力を持つ戦女神と識神、この二柱の意見が分れ、会議の座に集う他の神々の戸惑いも深まっていた。

「おう、そう言えば静かだと思ったらバルバロイの野郎、まだ主神代理を鍛えてたのか。『促成なんちゃら』で3ヶ月でOKじゃなかったのか? ヤロウに泣き付かれてエルトーラって国の建築を手伝った時に散々自慢してやがったが」
「バルバロイどのが言うには、主神代理さまあのかたは戦いの才能が破滅的に無いのだとか、自分が納得できるレベルにまで引き上げるには数年の時が必要だとのことです」
「ハッ! あの野郎も焼が回ったんじゃねぇか? 主神代理とはいえ一人にそれほどの時間を掛けるなんてな。俺達の時間はある意味無限だが、これから始まるであろう魔神の勢力との戦いを考えれば戦力を集める方が大事だろうに」
「………………」
「………………」

 築神はシュアルの言葉に呆れた様子の言葉を上げたが、識神と戦女神の二柱は複雑な表情だ。

「……そうですね。私は眷属であるサテラに主神代理の目付役を任せたのでした。危険だと思えばあのむすめが手を下すでしょう。私も今のところは静観いたしましょう」
「……しかしそのように不安定な状態のお方の力を高めてしまうことは問題ではないですか?」

 それまでヤマトの危険性を訴えていた戦女神がその意見を一転させると、控えめな様子で陽行神の声が上がった。だが陽行神の言葉の調子は、自身も識神や戦女神と同様の上位神とは思えぬ弱腰だ。

「……オメエもよ、主神から太陽進運の役割を譲り受けてから十数億年経ってんだ。そろそろシャッキリしろい!」
「いっ、いえっ、わたしは主神さまが太陽進運の役割に飽きたと言われたときに、たまたまその場に居たということで地位を得ただけですので、とても恐れ多く……」
「ったく、主神の次に広く地上のものたちに崇められる陽行神が、こんなヤツだと分かったら地上のヤツらはどう思うかね」
「確かにわたしは広く地上のものたちに信仰されてはおりますが、広く浅くでもありますし、また太陽進運の役割にそのほとんどの神力を使っておりますので、地上への関与は皆様へお願いするよりありませんから……」

 築神の苦言に対しても相も変わらず腰の引けた陽行神の言いようだ。

「だがよぅ、そうはいってもあのバルバロイバカのやることだ、確かに注意しておいたほうがいいんじゃねぇか、識神じいさんよぅ?」
「まったく、お主も口が悪いのぅ。主審代理あの者が魔に堕ちるようなことにでもなれば、バルバロイが押さえるだろうて。見守ると言った以上、そのときは儂もこの力を持って事に当たるわい」
「私も、同じく我が戦女神の全軍を持って……」
「……今日この場に集った神々ものたちの中で上位の神である識神さま、戦女神さま、シュアルさまは主神代理どのを見守ることに決め、築神さまも見守ることに反対とは思っていないご様子、となればわたしも見守る事に意義を唱えるつもりはございません」

 陽行神は結局最後まで他の上位神に迎合したかたちだ。
 上位神たちの意見が決まってしまうと、下位の神々は次々と恭順を示した。

「それでは、主神代理さまの事は今しばらく静観するということでよろしいですね。……私も、できる限りあの方の近くで見守る事にいたします。ほかに議題がある方はいらっしゃいますか?」

 シュアルの言葉に、数柱の神たちが意見を述べたが重大な内容ではなく淡々と対応が決まっていった。元々この会議が開催される原因である主神がこの星界に居ないのだからそれもまた当然ではあった。


「ふむ、お主はもっと強硬に反対すると思ったが、何故見守る事にした?」

 従属神会議が終わり会場となった森獣神の神殿域にに残っているのは、数柱の神たちだけだった。

「識神どのと同じです。バルバロイが何やら思惑を持って動いているようですので、それを確認したかったのです。何しろ主神代理は【武の才】と【戦の才】を持っているのですから、戦いの才能が破滅的に無いなどということはありえません。おそらく今現在の主神代理の力は地上に降りるのに充分なものになっているでしょう」
「バルバロイどのの言葉は、偽りだったのですか?」
「シュアル……あなたは相変わらず素直ですね。それは確かに美点ですが……だからこそあのような者に騙されたのではないですか。あなたもいま少し疑うことを憶えたほうが良いですよ」
「あれは……過ぎたことです。私はあのものを引き上げたことを後悔したことはありません。ただ、導くことができなかった。それは私の未熟です」
「原始の母性というのもあなたの本質でしたね。戦に付きものの策略を巡らす私と違って健全ではありますが、……止めておきましょう、神の座としての立ち位置が違うのですから詮無せんないことでした」
「お主とて、おおきく見れば地母神の仲間内であろう、そのお節介な性格を見れば分かろうというものじゃ」

 識神の言葉には、純粋なシュアルに対して口煩くちうるさく世話を焼く、姉のような戦女神を茶化す色がある。

「まあバルバロイが、主神代理を使って何かを成そうとしているのは間違いないのぅ。その証拠に彼奴あやつの守護しておるエルトーラという国が結界で覆われておって少し前から覗くことができぬ。いったいなにをやっておるのやら」
「識神さまでも覗くことができないのですか!?」

 シュアルの驚きを表すように十二の尻尾がおおきく跳ね上がった。

「おう、そうじゃ。彼奴どのような手段を使ったものか。あの国には儂の神殿もあるというのに堅牢に結界が組まれておるわ。識神ともあろうものが、神官と巫女に探らさねばならぬなど屈辱ものよ」
「識神どのでも覗けませんか。私も神官や巫女からの情報しか得ることができません」

 戦女神は、識神に向き直ると片肘を左手で支えて軽く考え込むような仕草をした。

「……私、一度地上に降りてみようかと思うのですが」
「あまり勧める気にはならぬの。あれほどの結界では、お主が神のまま降臨することはもちろんできぬし、エルトーラの中に入るとなると、人としてならば入ることができようが神器を持ち込むことは不可能であろう、また、神気降臨も使えぬと思っておった方がいいのう」
「それほどですか……。しかしバルバロイどののこの不審な動き、むろんあの者のこと天界へ災いを及ぼす類いのものとは思いませんが、やはり直接調べたく思います。私が戻るまでのあいだは次席の戦女神に我が職務は任せますので識神どの、後のことはよろしくお願いします。それからシュアル。バルバロイにはこの事が洩れぬようにお願いしますね」
「分かりました。戦女神どの」
「それは構わぬが、お主が地上に降りるのも久しぶりじゃのう。――前は二千年ほど前じゃったか?」
「私も覚えていますあの当時は私が狼人族を創造うみだしたばかりの頃でした。主神さまと魔神の三度目の戦争の最盛期でもありましたね」
「あの時は魔神の軍勢との戦いの指揮で降臨したので、人の街へ入るのは5千年ぶり位ですね。そう考えると少し楽しみでもあります。ところでシュアルあなたのその姿は?」
「主神代理さまのお国の衣装だそうです。私に似合うと勧められたのですが――似合いませんか?」
「いえ、あなたの雰囲気に馴染んでいてよく似合っていますよ。そのうち――主神代理には、私に似合う服装を選んでいただこうかしら。ずっと甲冑かっちゅう姿というのも女の身としては味気ないですしね。私もそう遠くないうちに主神代理と顔を合わせる予感がしているので」

 かぶとから覗く戦女神の瞳に、滅多に見ることのできない微笑みの光が瞬いていた。

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