追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

姉弟達の夕食会_3


「しかし改めてになるが、ヴァイオレットは変わったな」
「ええ、自覚はあります。クチナシ義姉様と以前お会いした時と比べると余裕が出来ている……といった感じでしょうか。以前の私は余裕が有りませんでしたから」
「その通りだな。毅然としていた以前も嫌いではなかった。それにバレンタイン公爵家としては好ましくないかもしれんが……今の方が明るくて私は好きだな」
「ありがとうございます」
「ただ夫の事になると余裕がなくなって明後日の方向へ暴走すると聞くぞ」
「……誰から聞かれたのです?」
「シキの領民全員だ」
「全員!?」
「正確にはシキの領民にお前達の事聞いたら、そういう感じだと聞いている」
「アイツら……いえ、確かに否定はしませんが」
「しないのか」
「私がクロ殿から受ける愛は常に溢れてしまうので、余裕なんて生まれないのです」
「……成程な」

 ……っと、イケない。折角の姉弟水入らずの夕食会だというのに、前世の色んな鬱屈とした事を思い出して話に参加出来ずにいた。変な事は思い出さずに、今の会話を楽しまないとな。

「っと、クロが戻ったか」
「失礼しました。折角の歓談中だというのに……」
「いや、構わない。まぁ要するにクロはボランティアを嫌っているというよりは……」
「善意の強制と習慣化による被援助者の厚かましさの増長が好きでは無いのです。金を介さない仕事は無責任になるとラーメ――以前聞いた事があったので。それに倣っているのですよ」
「らーめ……?」

 ラーメンほにゃららさんに関してはともかくお金の動きはきちんと把握しないといけないし、技術が安売りされるのは好ましくない。目に見えないからと無い物、当たり前の物として扱うと感謝を忘れてしまう。キチンとお金を払わせる事で価値があるものだと理解させないと駄目だからな。

「しかしクロは技術者の価値をキチンと見出しているのだな。やはりぜん――以前からの経験というやつか?」
「ああ、バーントさんとアンバーさんも前世の事は話しているので大丈夫ですよ。……まぁ、確かに前世で痛い目をみそうになったというのもあるので、前世の経験は生きているとはいえますが」
「ほう?」

 ……まぁ俺も昔は搾取される側に回りそうだったから考えられるようになっただけなんだけどな。
 無駄に体力はあったから、時間をかければ良いモノが仕上がっていく服飾の仕上げで、なんか疲れとか色々無視して仕上げたら良いモノが出来て先生とかに大いに褒められた。それが嬉しく、そして外部の人にその作品が目が止まり「こちらの企画を無償(学生相手なので褒賞は出せないと言われた)で云々」という感じに使われそうになった。
 けど当時の俺は目に留まった嬉しさと「これで就職の足がかりになって就職できればビャクを安心させられる!」という思いがあって受けた後――

「結果的に前世の一番の友人と共に、窓を突き破って三階から飛び降りました」
『なにがあった(のです)!?』

 おっと、バーントさんとアンバーさんにも同時に突っ込まれたな。
 まぁ家で作るとビャクに心配をかけるという事で服飾学校のミシンで依頼の品を作っていた所を前世の友人が来て、「それはおかしい」と言われ、「これが出来れば目に留まる」と言い返し放っておいてくれと言ったら口論になり……結果的に殴り合い。そのまま揉み合いになってその勢いのまま窓を突き破って三階から転落したのである

「それで、どうなったんだクロ殿……?」
「互いにアバラの骨が一、二本折れましたが痛いだけで平気だったので、その後雨の中も殴り合いを続けました」
「続けたのか」
「はい。そのあと友人の同じく心配をして見に来ていたビャクが喧嘩を目撃し、瞬時に割って入られ、互いにアイアンクローを決められるまで喧嘩を続けました」
「そうか――ん? 確か二人は前世での年齢差が……」
「はい。七歳差で当時の俺は十六なので、九歳の女の子に止められました」
「クリームヒルトは前世からそのような感じだったのだな……」

 まぁ白《ビャク》は早熟だったから九歳でも百六十近くはあったんだけどな。……だとしても高校生の年齢の男子二人の喧嘩が小学校中学年の女の子に止められたという事実は変わりないが。ちなみに折れたアバラ骨はしっかりと痛かったし、医者には「その痛みだけで済んだ事を反省しなさい」と言われたのも良い思い出である。

「とにかくそんな事が有り、その後に妹と友人に説教を食らいました。反省をした自分は今のように、技術の投げ売りなどを嫌うようになったのです」
「なるほどな。やはり一度人生を経験した者は経験値が違うという事か。大人の価値観というやつだ」
「……ソウデスネ」
「何故目が泳いでいるんだ、義弟よ」
「義姉様。私の夫は、彼の母に“子供っぽいからもう少し落ち着いて欲しい”と言われているのです」
「……ああ、成程。そうだろうな」

 その「そうだろうな」はどういう意味なのかを問いかけたいが、問うとダメージを受けるのは俺のような気がしたので問いかけるのはやめにして食事を進める事にした。……うん、お肉美味しい。四十年以上生きて肉を胃もたれせずに食べれるって良いよね。いや、肉で胃もたれした経験はないけどさ。

「ところでヴァイオレットは先程の話を初めて聞いたようだが……あまりクロの前世の話を聞いたりはしないのか?」
「今のように流れで聞く事はありますが、あまりないですね」
「ほう、興味はないのか? この世界とは違う価値観の世界だし、なにより愛する夫の昔話だぞ?」
「興味はありますが、無理に聞くのは良くないと思いますし、なにより私が愛しているのは今のクロ殿です。過去を聞くより今のクロ殿との愛を語り合いたいのです」
「成程な。バカップルならぬバカ夫婦というやつか」
「その通りですね」
「……認めるんだな」

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