追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

恋力_3(:純白)


View.ヴァイス


「こんにちはカーキーさん。お話では旅の一座の方々の所に行かれたと聞きましたが……」
「ふ、当然旅の一座の乙女達に誘いをし、既に愛を紡ぎ合う事に了承を得たんだぜ。しかしそれまで時間があったから己を愛を紡ぐのに相応しくあるよう清めようとしている時に愛に迷う少年を見つけたって訳さハッハー! という訳で彼女らと今夜愛を紡ぐ前に俺と愛を紡ぎ合わないか!」
「お断りいたします」
「そうか、残念だぜ!」

 突如出会ったカーキーさんは相変わらず男女見境なく夜の誘いをしながらテンション高く軽快に笑っていた。
 普段は挨拶のように夜の誘いをし、シキの皆さんには断られてばかりのカーキーさんではあるが、商売の方なのか個別な約束プライベートかは分からないが今回は旅の一座の方々と約束は取り付けられたようである。普段を思うと忘れがちではあるが彼自身はとてもモテる男性であるので、案外後者かもしれない。

「ところで、なにか悩みがあるのなら聞くんだぜ?」
「いえ、大丈夫ですよ。それに夜の約束の準備をされているカーキーさんを引き留める訳にはいきませんしね」
「確かに愛を紡ぐのは俺の存在意義アイデンティティだが、それを証明するには万全の俺でなければ意味が無い。そして目の前の迷える少年を放置するのは俺を万全な状態ではなくす。だから俺のためにも悩みを話してくれると助かるんだぜ!」
「は、はぁ。そういうものですか」
「そういうものなんだぜハッハー!」

 カーキーさんは歯をキラーン! と輝かせつつウインクをして僕にそのように言ってくる。
 ……これは僕が変に抱えるよりも話してしまった方が楽になると見抜いての発言かもしれない。“俺のためにも”という辺りが僕が変に気を使わないようにするための発言だろうし、やっぱり旅の一座の方々は個人的に約束を取り付けて来たのかもしれない。

「ええと、悩みと言っても、私自身もよく分かってはいない事なんで、なにから離せば良いかも分からないんですけど……」
「そりゃ悩みなんだからよく分からないものだろうぜ。分かっていたら“悩み”ではなく“迷い”であるものだし、話そうとする、という事でなにか分かるかもしれないものなんだぜ!」

 む。……確かにそうかもしれない。
 状況にもよるかもしれないけど、その言葉は話そうか迷っていた感情を“話す”という方向へ持っていくのには充分な言葉であった。

「ええと、では話しますが……その、カーキーさん。キスってどんな感じなんですか?」

 曖昧かつ自分の悩みの事を明確化しない言葉ではあるが、僕がまず聞きたいのはそんな事。恋とか恋力とかそんなものはまずは後回しである。

「キスなんだぜ?」
「はい、キスです」

 ……とはいえ、この質問に僕の望み通りの答えが返って来るかは期待半分、不安半分である。
 なにせ彼は男女種族モンスター関わらず抱いて来た自称愛の伝道師であり、キスなんて百戦錬磨の男性だ。挨拶代わりにキスをしそうな彼に僕の望む答えが返って来るとは思えないとも思うが、もしかしたら初めてのキスや初心であった頃の時の感想を言ってくれるかもしれないし……いや、とにかくカーキーさんの見方を聞くとしよう。

「俺としては幸福の象徴であると言えるんだぜ。愛し合う者同士でのキスは何度やっても幸福が減衰しないと断言できるほどに幸福なものなんだぜ!」
「おお、なるほど! やはり愛や恋の幸せの象徴なんですね……!」
「そうなんだぜハッハー!」
「あ、あと初めてのキスとかはどんなんでした? やっぱり甘酸っぱい味がするとか、幸福の感情が湧くとかなんでしょうか?」
「初めて……初めてか」
「? どうされました?」
「いや、なんでもないんだぜ。確かに初めてや二度目はとても衝撃的で、心に刻み込まれる程の思い出が出来たんだぜ。だから少年よ、初めては大切にするんだ。決して無理矢理や自暴自棄でやってはいけないんだぜハッハー!」
「は、はい。もちろんです!」

 ある意味では僕の唇を狙っているカーキーさんに言われるのも変な話ではあるが、確かに無理矢理や自暴自棄はよくない。……マゼンタちゃん相手に「抱く!」と言った時の僕はちょっと無理が入ってはいたし、先程近付かれた時も暴走に近かったので、そこは気を付けるようにしよう。

「しかしそんな事を聞くとは、もしや誰かキスをしたい相手でも出来たんだぜ?」
「え。えっと、それは……」
「おっと。別にそんな事は無いか」
「え?」
「キスに興味を持つのは不思議ではなく、愛の伝道師たるこの俺でキスへの期待を知るというのは素晴らしいという事なんだぜ。よかったなヴァイス、俺に聞く事でキスへの理解は深められたんだぜハッハー!」

 これは……僕に「話したくなかったら話さなくて良い」と言っている感じか。別にそれを内緒にしたまま質問を進める事も出来るし、カーキーさんの気遣い通り話さずに進めても良いのだけど……うん、ここは正直に言っておこう。

「えっと、キスをしたい相手が出来たのではなく、先程――」

 僕はクロさんとヴァイオレットさんの名前は伏せた状態で先程の事を話し、意識してしまってマゼンタちゃんから慌てて逃げてしまった事を話した。

「――という訳なんです」
「ふむふむ。つまりヴァイスは恋とはどういうものかを知りたい、興味がある。という事なんだぜ?」
「はい。……このままでは知りたい、という気持ちのままマゼンタちゃんの事を受け入れてしまいそうなんです」
「ふむふむ。マゼンタ様に本気で恋をしてキスをするのなら問題ないけれど、“恋を経験したいから手っ取り早い所に流される”というのが嫌という事なんだぜ?」
「そう、ですね。……はい、そこを迷ってなやんでいるんだと思います」

 経験は大事だが、そんな理由で受け入れてキスをするのは……それは恋とは言えないものだろう。それは恋を知ったなどとは言えないし、それでクロさん達のように強くなる事は出来ないだろう。
 ……けれど先程のキスを見たドキドキをどうにかして解消する術を見つけなければ、ドキドキは続いてマゼンタちゃんを深く意識してしまいそうで困るのである。

「ううむ、そこで“マゼンタ様に”恋をしてと言っている時点で……」
「? カーキーさん、なにか?」
「いや、なんでもないんだぜ」

 カーキーさんがなにかある意味僕の悩みの答えを言った気がしたのだけど……

「ようし、分かったんだぜヴァイス。その悩みを解決するための方法が!」
「え、そ、そうなんですか! 言っておきますがカーキーさんに抱かれて愛を知る、というのは無しでお願いします」
「ハッハー、それも一つの答えとしてはあるが、もちろん違うんだぜ!」

 やっぱり一つの答えとしてはある予定だったんですね。その言葉は我慢した。
 ……しかしそれにしても、カーキーさんの誘いをキッパリと断れるようになったなぁ、僕。最初の頃だと怯えてクロさんやシアンお姉ちゃんの陰に隠れていたのに……これも成長だったりするのだろうか。複雑な成長ではあるけど。
 と、自分の過去の成長よりも未来の成長だ。カーキーさんが言う方法とは一体なんなのだろう……?

「ヴァイスが悩みを解決するための方法。それは――」





備考 カーキーが初心であった頃のキス
一度目は少年時代のメイドに襲われて無理矢理だったため、本人としてはあまり思い出したくないキスである。二度目も妹に縛られて兄共々無理矢理であったためそちらも思い出したくないのだが、ヴァイスのために頑張って思い出して夢を壊さない感想を言ってあげている。
(詳細は「705話_男性陣のY談-シキ-_番外」参照)

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