追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

姉弟喧嘩?_7


「あー……久々に全力出した気がする」
「ほう、身体強化魔法も使っていなかったのに、先程のが全力だったのか義理の弟よ?」
「使わないからこその全力だよ。魔法が関与しない喧嘩をしたのが久々と言うか、前世まえの不良時代を思い出すと言うか……なんか、自分の力だけで戦った、という気がする」
「そう言えば前世いぜん世界ばしょでは魔法が無いんだったか」
「あったかもしれないけど、少なくとも一般に使われていなかったよ。……あ、使われていませんでした」
「今更敬語を使うな。互いに全力を出し合い戦った仲だろう? 強敵と書いて対等なライバル関係であり、今こうして戦いが終わり互いに大地に背を着けながら語り合う仲ではないか」
「まぁそうですけど、個人的に敬語の方が楽なので。いずれは外れるかもしれませんが、今は態度を変えるのも面倒なんで、こうさせてください」
「そんなに疲れたのか?」
「戦いの後始末をなんか“良い戦いだった!”と盛り上がっていたギャラリーに任せて、互いに大地に背を着けながら語り合って体力回復に勤しむほどには疲れましたよ」
「はは、成程な」
「……まぁ同時にこの後来るだろう説教が怖い訳ですけど」
「ほう、ヴァイオレットのか?」
「ええ」
「何故だ。私達は互いの了承を得て戦いをしていただけではないか」
「護身符が切れた後も戦いを続けたのが悪かったんだと思いますよ」
「仕様があるまい。勝ったのは私だが、ほぼ同時に護身符の耐久が切れたのだからな」
「勝ったのは俺ですが、同時扱いの引き分け判定が納得いかなくて教会組やトウメイさんに止められるまで続けたのが駄目だったんですよ」
「いいや勝ったのは私だ」
「いいえ勝ったのは俺です」
「…………」
「…………」
「ところで私のイメージでは、ヴァイオレットは感情任せに声を荒げ説教するイメージだが、そこは変わらないのか?」
「いえ、笑顔です」
「む?」
「ヴァイオレットさんが説教をする時は、無表情か笑顔で、淡々とこちらの急所に言葉を叩きこんできます。……笑顔は本来攻撃的な物であると、教えてくれるなぁ」
「なんというか、お前も苦労しているんだな」
「でもまぁそれも俺を心配してくれての事ですし、そんなヴァイオレットさんもとてもあいらしくいとおしいんですがね」
「なるほど、これが惚気か゚」
「はい、惚気です」
「…………。あー……その姿が見たいからと、わざと怒らせて嫌われないようにな」
「そのような事はしませんよ。……まぁ護身符無しの殴り合いは本当に心配かけたので、誠心誠意謝ります」
「しかし、お前は凄いな、クロ」
「どうしました急に」
「私はこの通り、身体能力に関しては化物と評されるレベルの女でな。護身符有りでも殴り合おうとする者など、それこそ数えるほどしか居なかった」
「まぁ殴り合うのって護身符有りでも普通に怖いですからね。達人相手となればなおさらでしょう」
「そういうものではなくてな。私は手加減を知らん。やるなら全て全力でぶっ飛ばすのが信条だ」
「でしょうね」
「そんな私にとっての当たり前が、他者にとっては異常なようでな。……私と戦いを望む者などほとんどおらず、むしろ避ける対象であった」
「…………」
「別にそれは構わないがな。生存本能は生物にとっての当たり前の本能だ。死という概念から逃げようとする彼らは賢明と言えるだろう」
「その理屈だと、先程凄いと褒められた俺は実は馬鹿だと言いたいのですか」
「そうだな」
「認めるんかい」
「凄くて、馬鹿だ。護身符が切れた後も負けを認めず戦いを続ける奴を馬鹿と言わずなんという」
「あー……そうですね。馬鹿ですね、俺。あと負けてないです」
「私も負けてない。しかも楽しそうにしていればなおさらだ」
「楽しそうでした、俺?」
「とてもな。あの状況を楽しむなど、前世いぜんから戦いを楽しむような男だったのか?」
「人を狂戦士のように言わないでください。あ。でも……」
「どうした?」
前世まえの母親の反抗のために俺は不良やっては人を殴っていたので、実は喧嘩がストレス発散になっていたのかな」
「ヤンチャしていたんだな、お前」
「善良な市民とかは殴って無いですよ。あくまでもマナーが悪かったり、カツアゲとか犯罪行為をしている奴らや、喧嘩を吹っかけられたりしたら喧嘩するだけです」
「本当か?」
「ええ、だって悪い奴殴った方がスッキリするじゃないですか。そういった奴らを殴って倒して、感謝されると気持ち良いですし」
「……半分本音と言った所か」
「え」
「その理由も事実だが、別の理由もあったのではないか?」
「何故そう思うのです?」
「女の勘というやつだ」
「うわー、それを言われたらこれ以上の理由を聞けませんな」
「で、どうなんだ?」
「……まぁそうですね。他に理由もありますよ」
「ほう、それは?」
「一般市民を殴れば、より殴れなくなるので」
「つまり一般の者を殴れば一般市民も敵になる。だが悪を倒し弱き者を助ければ、暴力を美談として語られるから一般の者は庇ってくれる事が有り、まだ動きやすくなる、という事か」
「今の言葉でよくそこまで分かりましたね。まぁそういう事です」
「ハッ、戦闘狂だな」
「もう否定はしませんよ。そんな俺を一般の道に引き戻してくれたのも、前世まえの妹が俺と同程度の実力を示してくれたからですし」
「?」
「全力を出し合って、母の事とか溜まっていた諸々の事情がスッキリしたんですよ。拮抗する戦いをするというのは、楽しいのだと気付かされたので俺は道を踏み外さずに済んだんです」
「なるほどな。……やはり、心の全てを曝け出す事が重要か」
「……その曝け出したい理由と相手は聞きませんが、親しい間柄だからこそ自分の全てを曝け出したくない、というのもありますから相手によりけりですよ」
「そういうモノか」
「そういうモノです。何事も共通の解決方法で解決できるのなら、人の姿形は全て同じで平等になってしまいますからね」
「……そうだな。相手を見て判断し、相手の事を不平等に考えねばな。そういう意味ではクロ、お前に感謝している」
「急にどうしました?」
「私のような女に対しても、お前は真正面からぶつかってくれた。喧嘩を売っても、護身符の耐久が切れても、楽しそうに私と戦ってくれた。……生身の肉弾戦でそのように戦ったのは、お前が初めてだよ。得難い経験だった」
「そうですか」
「そうですか。って、それだけか」
「それだけです。俺はただ目の前の状況と相手に必死に自分なりの最善を尽くしただけです。ようは余裕が無いですし、今も身体が疲れて自分の行動が良かったかどうかは振り返れません」
「自己評価が出来ない以上は、それ以上の反応は出来ない、と」
「ですです」
「では私が評価しよう。……実はな、義弟よ」
「はい」
「心の何処かで大切なヒトが変わる原因となった“とある世界との接続”を、お前達前世持ちが居たせいだと八つ当たりして思っていた」
「ああ、だから喧嘩を売られたんですね、俺。それで今も思ってますか?」
「いや、こうしてタイマンで全力で殴り合い、拮抗する力の中勝つ事が出来てスッキリした。誰も私と戦いを出来ずに鬱屈としていた中、真正面から挑んで来たこの世で最も愛する男と出会った時を思い出したよ」
「思い出してどうですか?」
「とても晴れやかだ。……罪を背負った私はこのような気持ちになる事は二度とないと思ったが……ありがとう、クロ。お前にとっては当たり前に必死なだけだったかもしれないが、私は確かに救われたよ」
「そうですか。……それは良かった」
「ああ、ありがとう」
「どういたしまして。……ところで」
「どうした?」
「勝ったのは俺です」
「私だ」
「…………」
「…………」
「よし、護身符を使ってもう一度やりましょうか」
「良いだろう。そして勝った方が先程の勝敗を決めるという事で問題無いな?」
「ええ、構いません。勝つのは俺ですし」
「いいや、勝つのは私だ」
「では早速――」

「……クロ殿、クチナシ義姉様?」

『――――』
「どうやらお二人は反省の意が見受けられない様子だな」
「あ、えっと、ヴァイオレットさん。今のはですね」
「そ、そうだ。今のはだなヴァイオレット」
「うむ、理由を聞かせてくれクロ殿、クチナシ義姉様。素晴らしき戦いを繰り広げたお二人のやろうとした事だ。私がつい納得してしまう理由があるのだろう」
「え、えっと……」
「(おい、クロ。なんだこれ。私の知っているヴァイオレットの圧力ではないぞ!)」
「(そんな事言っている暇が有ったら、この場を切り抜ける方法を考えてくださいよ!)」
「(基本的に大雑把な私が相手の機微に関する解決策など分かってたまるか!)」
「(偉そうに言うなや!)」
「クロ殿、クチナシ義姉様。なにか?」
『…………』
「なに、か?」
『……ごめんなさい』

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