追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

ゲロイン(:白)


View.メアリー


「そもそもお前は根本的に弱い存在だ」

 一歩、一歩。着実にヴァーミリオン君はライラックさんに近付いていきます。
 その一歩がどんなに遠い物なのか。どんなに難しい物なのか、なによりも私が理解しています。ですが彼は確実に近付いて行っているのです。

「確かにお前は世界を征服できる力を持っているだろう。だが、それだけだ」

 王族魔法を使う事も、夢魔法の特性を事前把握していた私がやったように空間の力を借りる事も無く。ただの生身の人間のまま、魔王に近付いていきます。
 私からは背中しか見えないその姿は、普段見ている彼の姿よりもはるかに大きく、そして力強い物でした。

「なにせこんな夢魔法なんかに頼らないと事を為せない時点で、お前は現実を見ちゃいない」

 そしてもう一歩。私では届かなかった、近くも遥か彼方に存在した彼の間合いに入り、右の拳に彼の全力を入れ、握りながら振りかぶると。

「ヒトに愛と勇気を求めるくらいなら――まずは自分だけの意志で現実で為してみろ!!」

 そのまま、全力の一撃がライラックさんにぶつけたのです。







「ひとまず俺は腹を切ろうか」
「落ち着いてください」

 ヴァーミリオン君の一撃は間違いなくライラックさんに命中し、そしてどの魔法よりも深く身体に刻まれるダメージを与えました。生身の一撃にも関わらず、です。
 その一撃に対しライラックさんは吹っ飛び、彼が作った【創造魔法クリエーション】の残骸の山から転がり落ちた後、相変わらず笑顔で楽しそうにしながら「見事!」と言いつつ大の字で地面に倒れていました。
 私とヴァーミリオン君はひとまず彼を適当に錬金魔法で作った布(魔法封じ仕様)でふん縛ってエクルさんの所へと連れて行きました。
 その後エクルさんの状態を確認した所容態は落ち着いており(治療は必要)、この夢魔法空間の核であるライラックさんを封じたので数分後には解けるという話を聞いたので、それまでどのように行動すべきかと思っていた所、ヴァーミリオン君は正座をして神妙にそのように言ったのです。

「いいや、俺は落ち着いている。俺は冷静な心情を以って愛する女性の腹部を殴りつけるという愚行を行った。この責任を取るためには俺は腹を切るしかない!」
「落ち着いてください、別の結論を持てるはずですから!」
「別の……そうか、腹を切るには介錯が必要と聞く。その役をメアリーにやらせる訳にはいかないから……よし、先祖。お前がやれ」
「え、良いの?」
「良くないですから!」

 というかなにも結論が変わっていないじゃないですか。
 そもそもあの時私のお腹を殴りつけたのは、私が王族魔法を無理矢理使おうとしたのを止めようとしたからです。魔力の起点となる腹部に衝撃を与えて乱す事で、強制的に詠唱や魔力の充填を止めたのです。
 あのまま私が王族魔法を使った場合にはなにが起きるか分からなかった以上、彼の行動は間違っているとは思えない。むしろ私が無事であった事に感謝しないと駄目なレベルだです。なにせ今の私、エクルさんの次に内部を含め色んな所がボロボロになっているので早期治療が必要ですし。腹部なんて全然痛くないですしね!

「ほら、ヴァーミリオン君の殴打によって私はこうして元に戻れたんですから、感謝をグフロロロロロロロロロロロ」
「メアリー!?」
「キャー、この子血を吐いたぁ!?」

 おっといけない。好きな男性を相手を前にして血を吐くという見せたくない光景を見せてしまいました。前世では慣れた事ではあるけれど、今世では割と久々です。早めに王族魔法の反動で傷付いた内臓の修復をしないと駄目ですね!

「ふぅ、ごめんなさい。みっともない所を見せましたね」
「いや、それよりも大丈夫なのかメアリー!?」
「大丈夫ですよ。前世いぜんはこれよりも大量に吐いてましたし、膿とか肉片が出ないだけ健康的です」
「ごめんなさい私の子孫。この子なにを言っているの?」
「メアリーにとってはそれが普通という事なんだろうが……メアリー、無理をするな。王族魔法の反動で身体が傷付いているんだろう?」
「それを言ったらあの戦いで生身で戦ったヴァーミリオン君もですよ」

 なにせあの戦いではライラックさんの攻撃だけでなく、私の魔法の影響もヴァーミリオン君は受けています。最終的な一撃も全力を以って殴るという物でした。
 全力で相手を殴るというのは、相手もそうですが自分にも大きなダメージを受ける事があるのです。なにせ私が初めての時自分の腕を折ったりしましたし。
 エクルさんのここで出来る治療は済ませましたから、次はそんな彼の治療もしないと駄目ですね。

――あの戦いで傷を……

 ……そう、あの戦い。彼が生身で戦い、ライラックさんと叫びながら行った戦いです。
 あの時彼はライラックさんに対して説教をするだけでなく、別の言葉も――言葉、も……

「メアリー? 様子がおかしいが、やはり調子が――」
「なんでもありませんよ。ええ、ありません。ですからそれ以上近付くと私が切腹しますよ」
「何故だ!?」

 何故と言われてもあの時の言葉を思い出しながら近付かれると急に動悸息切れ不整脈が起こるだけなので離れるだけですよそうですよ。ええ、それ以外になにもありませんとも。

「おお、これは行けるわよ私の子孫! 今強気で行けば貴方の代で血が途切れるという事は無くなるわ! レッツ繁栄!」

 やかましいですよこの夢魔族のお姉さん。ライラックさんと一緒にふん縛りますよ。

「メアリー様が繁栄を……それは絶対見届けなくては……それが見届ける事が出来れば私の人生に悔いは無し……!」

 なんでエクルさんが目覚めているんですか。安静にしていてくださいよ。

「おいヴァーミリオン・ランドルフ。手を出すなら最後まで責任を持てよ。決して俺のようにはなるな!」

 ライラックさんもなに普通に干渉しているんですか。やられた魔王は大人しくしていてくださいよ。

「メアリーが……繁栄を……?」
「メアリーさんが……繁栄を……!?」
「アッシュ坊、シルバ坊。……目を逸らしてはならないぞ」
「おいスカイ。俺はここは去った方が良いのだろうか」
「今更遅いんじゃない? ここは拍手をしておめでとうと言ってやりなさい」

 なんでアッシュ君やシルバ君、シャル君とスカイも見ているんですか! しかもクチナシさんもいますし! 一体いつからそこに……というか、今のを見られて――よし。

「やっぱり腹を切りましょう」
「落ち着いてくれ」

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