追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活
素顔を見せたくない(:白)
View.メアリー
「――、――――!」
エクルさんの名が空間に響きます。
それが自分の声なのか、別の誰かの声なのかは分かりません。ただ彼を案じての声であり、声の持ち主はさらに来るかもしれない攻撃への心配を余所に必死に回復をしようとしているのは分かりました。
――回復……そう、回復です。
なにがどうなったかは明確に分かりません。
ただ分かるのは創られた戦艦大和に搭載された四十六cm砲はただの張りぼてではなく、弾丸を放てる機構は有していたという事。
威力までもが当時の四十六cm砲を再現しているかは分かりませんが、魔法に優れたエクルさんの防御結界魔法を容易く打ち破れる威力であった事。
エクルさんの身体は火傷や怪我が多く存在している事。
呼びかけてもまともな返事が返って来ないという事。
――朝雲淡黄《シキ》さん
私より十歳上の、短大卒業後にすぐ専属で私のお世話をしてくれた、前世での私が死ぬまでの八年間の唯一の話し相手にして大切な家族です。
迷惑をかけるばかりで恩返しが出来ないままの私に対して、最期まで私と一緒に居てくれた心優しき女性です。
そして今世では私より一つ上の先輩として、私のために行動し、見守り、かなり暴走し、迷惑をかけられましたがそれでも今は皆のために尽力してくださる頼れる男性です。
再会できた喜びを噛み締め、私はエクルさんと前世のように仲良く過ごしていきたいと思いつつ学園生活を楽しんできました。
――そんな彼/彼女が、今私の目の前で倒れ伏しています。
何故でしょうか。/私を砲弾から庇ったからです。
何故でしょうか。/私を守ったからです。
彼は治せるはずです。/ここでは物も人も足りません。
間に合わない。/間に合わせます。
どうすれば良いでしょうか。/脱出して適切な処置を出来る場所に運びます。
そのためには。/そのためには。
「今度こそは助け合おうとしたのに、これじゃ出来ない」
肉が腐ろうと、体液が腐汁になろうとも面倒を見続けてくれた彼/彼女が、最近なにか不安がっているように見えたから私は助けようとした。
この温泉地でなにか出来る事は無いかと、今まで受けた恩を返す事が出来ると思い、色々な計画をした。
今度は私が、彼/彼女を助けてあげる事が――私が誰かを救いたいと願うようになった最初の救いたい相手を救う事が出来るのだと、意気込んだ。
その結果がこれだ。
「ヴァーミリオン君、彼の治療を続けてください。頼みましたよ」
ふと、彼/彼女の眼差しを思い出す。
優しい眼差し、慈愛に満ちた瞳。姉が妹を見守る様に、兄が妹を見守る様に見てくれた、自分を侮蔑せずに見てくれたあたたかな目。
なんでそれを今思い出したかは、多分好きな人が私を見る目を見たせいだと思う。あたたかさとは無縁なその――
「――――!」
好きな人が私の名前を呼んだ気はしたが、目と声を今の私にかけられている事を自覚するのが嫌だったので無視をして私は駆けた。自覚してしまえば私は決心が鈍ってしまうし、なによりも今の私の顔を正面から見られたくない。
――化粧は女の武器、だっただろうか。
この場合の化粧とは道具の意味合いのファンデーション的な意味ではなく、素顔を隠す的な意味だ。
好きな相手こそ化粧を武器にし、素顔を隠して攻めに行く事が女の戦いなのだと、碌に男性相手の経験も無いのに私に蘊蓄を言うかのように彼/彼女は語っていた。その時は「素顔で接する事が出来る相手こそ結ばれるのに相応しいのでは?」とも思ったものだし、今もそう思っている。
けれど今、確かにその言葉は事実な部分もあるのだと理解した。
――見られたくない。
今の私は、好きな人に見られたくない。
心の底から湧き上がる初めての感情以外はなにも考えられない中、それだけは私の中に残った感情であった。
「――――る」
そして今、残った感情を捨てて一つの感情のために走っていく。
障害物となり果てた戦艦大和を壊しつつ、一直線に、最短距離で駆けていく。
力が全身に回るように、血を巡らせる。
魔力が今までにないほど澄んでいて、尖っている。
「―――やる」
彼は治せるはず。だがここでは物も人も足りません。
間に合わない。だが間に合わせる。
どうすれば良いか。それはすぐに脱出して適切な処置を出来る場所に運ぶ事だ。
――そのためには。
「その通り、俺を殺せば世界に魔法は広がらぬし、空間からも脱出出来るであろうよ」
そのためには。
「――殺してやる」
この男を、殺すしかない。
「ああ、俺はその表情を見たくは無かったな」
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