追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

反転(:銀)


View.シルバ


 思い出す。
 幼少期の頃は、死などいつ訪れてもおかしくない身近な存在であった事を。

「シルバ!!」

 餓死、毒死、危険生物モンスターによる攻撃、凍死、脱水死。
 暴行死、窒息死、焼死、溺死。
 どれも……どちらも、身近な死であった。常に追いかけられ続けた。

「クチナシ様、貴女は――!」
「この状況でも私を“様”呼ばわりか。大層な高潔ぶりだなアッシュ」

 僕は母の顔なんて知らないし、父はあまり話さないヒトであった。
 ただ、父からは自分の家系の子は、決まって呪われた魔力を有する事を聞かされていた。
 そのせいで昔はまず一ヶ月以上同じ所に住んでいた事は無かった。これは冒険者の家庭に生まれたためなどではなく、僕の家系の魔力が周囲にバレないようにするためであった。

「――さん! 貴女はシルバの傍に居てください、カーバンクルを預けます!」
「ほう、回復を優先させるか。――だが、精霊無しで私に勝てると思うのは驕りだな」

 昔の僕は父が異様に魔力についてバレるのが怖がっているかを理解出来なかった。余所者である僕達を親切に泊めてくれるヒトも居たし、差別など良くないと教えてくれる神父様も居たからだ。だから受け入れて貰えるだろうと、父の言いつけを破って魔法でモンスターを倒した事がある。

「生憎とこれは適正な評価による判断です! 精霊無しで貴女は充分と言うね!」
「――ふっ、ははははは! いいぞ、そこでその返しが出来るとはな!」

 助けたはずの優しき家主は怯えて家に逃げ、僕達を入れてくれる事は無かった。
 差別はよくないと言った神父様は、僕を邪悪な存在として討伐しようとした。

「大体貴女はこのような状況でなにがしたいのです!」
「戦いの最中に会話か。余裕のようだな。だが、このようなとは?」
「こんな――閉じ込めて私達を殺そうとしてなにがしたいというのです!」
「未来ある若人と死力を尽くし合いたいからだ」
「っ……!?」

 言いつけを破った僕に対し、父は怒りはしなかった。
 ただもうしないようにと言い、追っ手から逃げながらただ「ごめんな」とくり返し謝っていた。その姿を見て僕達のこの力は世界に相容れない、呪われたものだと理解した。

「そんな事のために、貴女達は……!」
「ほう、その言い方だと私と夫が関わっているのは検討付いているようだ。ああ、言っておくがライラックも似たような事をしているが、似たような理由で戦いをしているぞ」
「っ……バレンタイン公爵家はどうでも良いと言うのですか!?」
「こんな事をして今更その程度の事を気にするとでも?」
「くっ……!」

 世界が敵だった。
 僕達の死は悲しまれるよりも喜ばれるのだと、父が死んだ時に知った。
 復讐をしたかった。僕の力を呪われた力にした世界と、殺そうとして来る人々に。
 けれど父の最期の「恨まないでくれ」という言葉が僕を留めた。

「――くんはどうなんです」
「……なんだって?」
「貴女の息子はどうなるのです、親がそのような事をしてあの子の将来はどうなると……!」

 “なに”を恨まないでくれ、かは分からないけれど。世界に対して復讐しようとする事が無かった父に倣い、世界を恨まない事にした。
 だから僕は力の使い方を学び、将来のためになる学園へと入学した。
 父が望んだ、平穏な生活を手に入れるために。

「……七歳までは神のうち、とはよく言ったものだな」
「え……」
「――これ以上の戦いの最中の会話は死ぬぞ? ただでさえ紙一重なんだからな」
「っぅ……!」

 ああ、けれど。
 お父さん、僕はね。好きな女の子が出来たんだ。

「そもそも悪人に理由を求めるな。如何なる理由があろうと、殺人が許される事は無い」

 僕みたいにならないで欲しかった僕の代で絶やそうとした血。
 口数少ないお父さんがいつか語ってくれた、同じ思いを抱えていたけど叶う事が無かったという同じ感情を持ったんだ。

「お前達は私を悪と見做し戦えばいい。殺せば良い。正当防衛だ。分かりやすいだろう?」

 けれどいま、それをうばおうとするそんざいが、いる。

「――ああ、実に素晴らしい」

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