追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

ようするにゴリラが殴ってくる感じ(:銀)


「クチナシ義姉様がどういう御方か、と?」
「ええ。今更ですが、俺にとっても義姉さんにあたりますし、参考までに」
「そうだな。器の大きな規律を大事にする軍人然とした女性だ。イメージとしてはコーラル王妃をやや行動的にした感じだろうか」
「なるほど。前線に立つ指揮官、みたいな感じですかね」
「まさにその通りだな。実際戦闘面においてはその印象だ」
「戦闘……そういえば俺もクチナシ、という名前は聞いた事があるな。公爵家としてではなく、別の……」
「恐らく似ている戦い方として言われた、という感じではないか?」
「あ、そうですそうです。学園でグリーネリー先生が言ってたんです。肉弾戦を好む女性であった、と。俺と同じで魔法が苦手とかだったんですか?」
「いや、苦手というよりは敢えて使わない、だな」
「ほう?」
「魔法は使えたのだろうが、それでもあえて自らの手で攻めていく女性だ。なにせ魔法有りの決闘においても、自身は決勝のライラック兄様と戦うまで魔法無しでいったほどだ」
「おお、それはなんと言いますか……豪快な御方なのですね。肉体強化の類も無しですか?」
「無しだな。しかも決勝で使った魔法がその肉体強化のみであったからな」
「凄いですね……肉弾戦は俺より強そうだ」
「どうだろうか。クロ殿は目の良さと対応力が高いからな。クチナシ義姉様相手とは相性が良いかもしれん」
「と言うと?」
「クチナシ義姉様は豪快であるからな。戦闘においてはクロ殿やクリームヒルトに分がある、という事だ。案外一発も喰らわず完勝する、という事もあるかもしれんぞ」
「それは贔屓目に言い過ぎでは?」
「私の愛しの旦那様だからな。贔屓もするさ」
「う。……それを言われたら、戦いになったら勝つしか無くなりますね」
「ふふ、期待している。だがクチナシ義姉様は婚姻してからは戦う事も珍しくなったからな。戦う機会はないかもしれんし、戦うにしても決闘に相応しい、誇りと思いやりのある爽やかなモノになるだろうな」







View.シルバ


――殺される!!

 僕は今、目の前の女性――クチナシに殺されかけていた。
 戦闘が始まって一番最初に感じたのは死の気配。それは当たり前か゚のようにやって来たのである。
 ただ僕とアッシュに近付いて拳を放って来た。ただそれだけ。だけなのに、純粋に「当たれば殺される」と感じ、僕もアッシュも全力でその場から飛びのいたのである。

――あんなもの防御した所で意味が無い……!

 アレは腕などでガードをし、真正面から完璧なタイミングで受けたとしても、次の瞬間には防御ごと貫かれるだろうという事を感じる一撃だ。精々力の方向を変えて受け流す事が出来ればどうにか対応出来る、と言うような一撃。ただそれもシャルやクリームヒルトのような戦闘の巧い奴らが半々で成功か失敗か、というようなレベルだ。とてもではないが僕では対応しきれない。

――ただの拳だぞ……!?

 しかもそれが戦闘の最初。女性の拳から放たれた。【魔力探知】をしてみるが【身体強化】などをしている気配はないし、この謎の空間が彼女に力を与えている様子も無い。つまり彼女は純粋な身体能力であの“死”の気配を纏わせた拳を放った事になる。

『どうした、逃げているだけでは私を殺せんぞ?』

 そして似たような方向に避けた僕達に向かってクチナシは近付いて来る。その動作でさえ死が迫って来るような圧力が有り、僕は動けずにいた。

『カーバンクル!』

 僕と違いアッシュは契約しているという精霊を呼び出し、領域を展開させた。この領域は範囲内の味方に祝福を授ける回復と防御結界をもたらす生命の息吹である。この中に居れば先程の攻撃も幾分か安全にはなる。

『ほう、それが噂の精霊か。なるほど、確かに私の性質とは正反対のようだが――何処まで持ちこたえられるかな』
『っ……!』

 だがそれでもなお油断をする事は出来ない。油断はすぐに死へと直結する。
 この祝福のお陰で精神が安定し震えは止まったため戦闘には参加できるので二対一ではあるが、数の利など軽く吹き飛ばす様な“死”がそこには立っている。
 僕とアッシュがこの死に対して何処まで食らいついて行けるのか。そして僕達は死から逃れる事が出来るのか。それは持てる全ての力で成し遂げなくてはならない事である。

――と、挑んだのが数分前だ。

 僕とアッシュに放たれた拳は百を超えるだろう。同時に死を感じ取ったのも同数程度だ。

――なんだよ、このクチナシの戦い方は!

 僕も何度か対人戦闘を行った事はある。魔法無しの戦いもした事はあるし、クリームヒルトの本気とも戦った事はある(多分完全な本気では無かっただろうが)。その時感じたのは戦闘強者ほど戦いの仕方が巧いという事だ。
 フェイントを織り交ぜ、強弱をつけ、誘い込み、自分の有利へと導いていく。気付いた頃にはもう遅く、次の瞬間には負けているような戦闘。巧い奴の戦いは舞っているようだと評される事があるが、メアリーさんやクリームヒルトなどはまさにそれであった。

――どれも最初の一撃と同じじゃないか……!

 だがクチナシの攻撃にはそれが無い。フェイントも、強弱も、誘い込みも、有利への導きも一切ない。
 その時放てる最大火力を放つだけ。ただそれだけだ。駆け引きもなにも無い。

「なるほど、想像以上に動けるようで嬉しいぞ。楽しませてくれるな」
「この……!」

 なのに僕達は勝てない。本来ならいくらでも勝ちようがあるはずなのに、僕の特殊な魔力やアッシュの精霊の力を使っても、ただの生身の女性に勝つ事も出来ない。
 ……なんだよ、この状況は。なんでこんな事になっているんだ。本当なら課外学習をこなしつつ、温泉に浸かり疲れを癒しつつ、温泉上がりに夜空を見上げならメアリーさんと話をしたりして楽しい記憶を作って――いたはずなのに。なんで僕はこんな訳の分からない空間で自分の弱さを味わなければならないんだ。

「この、巫山戯るなぁぁ!!」
「な、シルバ!? 危険です、戻って!」

 僕は叫びつつアッシュの領域から出た。先程から攻撃の一部の一部を受けても僕達が平気だったのはアッシュの領域の効果によるものだ。そこから出るなど馬鹿な選択だろう。

――僕の魔力で……!

 しかしこれで良い。僕の特殊な魔力はあの領域相性が悪い。ならば攻撃を仕掛けるには領域から出て攻撃を仕掛けた方が良いはずだ。
 メアリーさんに制御方法を教わり、呪われた力から特殊な魔力として使う事で僕だけの魔法となったこの魔法でクチナシを――

「私をその力で殺すのか」

 ――殺す?
 僕がこの力を全力で使えば威力の高い魔法となってクチナシを襲うだろう。魔法もなにも使っていないクチナシは直撃すれば死に至る可能性も大いにある。
 だが、この状況において全力を出さなければやられるのは僕達の方だ。相手は僕達を殺そうとしているんだ。当然殺される覚悟だってあるだろう。正当防衛のはずだ。

――メアリーさんに教わった、この魔力を使って?

 暴走して相手を傷付けるのが嫌で。
 いつか殺してしまうのではないかと常に怯えて。
 けれどそんな心配が少なくなるようにと、メアリーさんに教えて貰ったこの魔力を使って。
 好きな女の子と一緒に考えた魔法で――

「望まぬ祝福は呪いと同じ、か。くだらないな」

 ――そして僕の腹部に、クチナシの拳が命中した。

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