追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

やって後悔もしないために(:銀)


View.シルバ


「どうかしましたか、シルバ」
「……なんでもないよ。研究者って中にはああいう変なのも居るな、って思っただけ」
「ならば良いのですが……」

 僕がメアリーさんに関してある感情を芽生えさせていると、アッシュに話しかけられる。その言葉で自分の感情にハッと気づかされると、これ以上考えてはいけないと思いつつ適当な答えを返した。
 アッシュは僕の回答に不審には思わなかったようだが、いつもと違う様子だという事には気付いているのか不安そうに見て来る。この状況における精神の不調は大事故に繋がるからだろう。

――この場に居る中でまとめ役をしようと思っているんだろうな。

 それが貴族の義務ノブレス・オブリージュによるものなのか、僕が頼りない存在だからなのかは分からないが、出来れば前者であって欲しい。

――……ただでさえ生徒会の中でも頼りない感じなんだし。

 僕は生徒会男子の中で二番目に背が低い。一番低いのは四歳下のグレイなので、実質一番低いと言っても良いだろう。そのせいなのかは分からないが、僕はあのメンバーの中で唯一メアリーさんに弟扱いをされている。
 一度告白もどきのような事はしたので多少は緩和されているが、僕が生徒会のマスコット的な感じに扱われているのは変わりない。下手をすればグレイよりもマスコット扱いだ。どうやら僕の外見だけでなく性格も起因しているようである。

――やって後悔するよりも、やらない後悔の方が良い、か。

 言葉の意味としては分かる。下手に動いて失敗して後悔すれば、動かずに後悔するよりも自分の決意がより否定されるように思える。なにせ行動するという事はしないよりは思考もエネルギーも消費するものだからだ。消費してまでやった行いを否定されようものなら、自分が出した答えがより無価値に感じてしまう。ならば行動せずに否定をされた方が、まだダメージが少なくて済む。

――けど、行動しない結果がメアリーさんが奪われるのなら。

 ……そうだ。
 僕はシャトルーズの奴とは違う。キチンと聞いた訳では無いが、あんなフラれてもなお平然と友達のように振舞って、好きな相手を応援するような風にはならない。
 僕はメアリーさんと一緒になりたい付き合いたい隣で笑って欲しいし一緒に笑い合いたいその将来を得るためには行動しなければ得る事は出来ない行動して勝ち取ってこそ得る事が出来る未来だならば僕は絶対に勝ち取ってみせる後悔なんてしない失敗なんてさせないそれは敗者の言い訳でありどうしても欲しいのならどんな手段を使ってでも手に入れるべきなんだ僕と一緒になってくれないのならいっその事無理にでも――

「おめでたい奴らだ」

 と、僕が将来の夢について考えていると女性の声が聞こえて来た。
 それは先行していた白衣女の声ではなく、今まで居なかった第三者の声。何処となく昔懐かしいと感じさせるその声の持ち主は。

「クチナシさん……?」

 そこに居たのは、僕らが滞在する予定のショクの屋敷の持ち主というクチナシさん。
 クリームヒルトと同じ金色に近い髪に、青い瞳の何処か軍人然とした背の高い女性。そんな女性が、僕達の進む道の真ん中に悠然と立っていた。

「あ、もしかして貴女もこの謎の空間に閉じ込められたの? なら一緒に――アッシュ?」

 彼女も僕達と同じ状況だと思い、近付こうとするとアッシュに無言で腕を前に出されて制止をされた。それ以上進んではならない、と言うように。

「……不躾な質問とは承知しておりますが、何故貴女様が此処に居るかを問うてもよろしいでしょうか」

 アッシュは警戒心を隠す事無くクチナシさんに問いかけた。
 確かにこの状況であれば突然現れた第三者には警戒をしなければならないのは分かる。しかし、ここまで警戒をするアッシュも珍しい。同時に白衣女もアッシュが問いかけている間に僕達の後ろに行こうとしているし、まるでクチナシさんを敵としてしか見ていないような警戒心だ。

「アッシュ。貴女様って言っているけど、知り合い?」

 そしてもう一つ。アッシュは彼女を敬称で呼んだ。
 平民の僕は気軽に接しては居るが、アッシュは侯爵家の嫡男である。王国でも上位五%には入っている身分の高いアッシュが敬称で呼ぶなど、彼女は一体……?

「……彼女のフルネームはクチナシ・バレンタイン卿」
「バレンタイン? って事は……」
「ええ、ライラック卿の妻である、公爵家の一員です」

 ライラック卿。それはこの一連の襲撃に深く関わると僕達が睨んでいる存在だ。
 そしてその妻という事は当然なにかを知っている可能性も高く、この状況でこの場所に現れたという事はつまり……そういう事なんだろう。

「ふむ、この状況において異性へのアピールの事で悩んでいるようでは見込み違いとは思ったが、どうやら敵を見定める事が出来る、という程度には期待できそうだ」

 そして彼女は僕達の予想を確定させるかのように一歩、前へと進んだ。

――あ。

 進むと同時に僕はある感覚を
 今もそうだが、彼女と相対した時に僕は何故か彼女に懐かしさを感じた。それはグレイも同じであり、互いになにが懐かしいのかはその時思い出せなかった。

「まだこちらに来ないでください。それ以上近付けば私達は――」
「攻撃せざるを得ないというのだろう。構わんさ、精霊の力も使うと良い」
「っ……!」

 けれど、今近付いて来てなにを懐かしく思ったかを理解出来た。同時にアッシュ達が相対した時に敵対の意志を示した理由も理解出来た。
 僕はこの感覚を知っている。昔はとても身近に存在していて、いつ“それ”が襲ってくるか分からずに恐怖していた存在。グレイも恐らく貧民街スラムに居た頃か、前領主の傍に居た頃に味わっていたであろう感覚。

「――構えろよ。いざ、生死を賭けた勝負をするとしよう」

 彼女は【死】という存在そのものだ。





おまけ アプリコットの勘違い


「あ、思い出しました」
「なにをだ、グレイ?」
「クチナシ様に懐かしさを覚えた理由です」
「!? ……そ、そうか」
「はい。その理由は――」
「いや、言わなくて良いぞグレイ。無理をしなくて良いのだ」
「無理?」
「思い出した感覚はその……昔のぬくもりや温かさではないか?」
「はい?」
「ヴァイオレットさんに感じているような、母のぬくもりのような、根源的繋がりのような……産んでくれてありがとう的な……」
「???」

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