追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

思い通りにならないのならいっそ(:銀)


View.シルバ


「へいへーい。もっと頑張らないと脱出は出来ないぞイケメン若人達ー。ほうら、頑張れ、がんばれー」
『…………』

 僕とアッシュ、そして白衣の女が謎の空間に閉じ込められて大体一時間程度。僕は猛烈に、生まれて初めて本気で女性を殴りたい衝動に駆られていた。
 ただでさえこの女……僕達が居た遺跡で比喩ではなく世界を征服しようとしたらしいこの女をショクの代表者宅に連れて来たら、世界が反転したような空間に飛ばされて混乱しているというのに、この女は協力どころか脱出する手段を僕達に任せきりなのである。しかもこっちを煽って来るし、今すぐ殴るか放り出してしまいたい。

「……貴女のような重罪人にこのような事を言うのもなんですが、少しは脱出する協力しようと思わないのですか」
「思わん。勝手にやってろと思うのが本音だ、長身男」
「アッシュです。というか見捨てますよ?」
「ははは、なにを言う。私は言うなれば重要参考人かつ捕らわれの身。私になにかあったら困るのはそっちだぞ! さぁ、早く脱出を目指せ! ……ああ、今のでスイッチ切れたかも。あー炬燵でぬくぬくしたいー。今は夏だけどー」

 この女、本当に殴ろうか。というか炬燵ってなんだ。まぁ多分この女が遺跡の奥で研究してた時に使っていたなにかだろう。

「……というか、アンタってずっと遺跡の奥に居た訳だよな」
「そうだが急にどうし――ああ、もしかして私が不潔だと言いたいのか小柄な少年?」
「うん、まぁそんな所。面倒くさがり屋っぽいし、誰とも会わないのなら数ヵ月に一度しかお風呂に入らなさそう」
「馬鹿を言うな、清潔は大事だぞ。けどお風呂は面倒だから頑張ってこの白衣に自動浄化機能をつけておいただけだ。風呂とか入る暇あったら我が子を作るかだらだらと過ごしたいからな!」

 つまりこの白衣の女は怠惰に過ごすために懸命に頑張った訳か。
 ……なんというか、努力の方向を間違えている気がするな。

「どうする、アッシュ」

 正直言うのならこの怠惰を極めているような女は見捨てたいのだが、こんな女でも見捨てて死なれでもしたら後味が悪くなると思うので出来れば見捨てたくはない。が、アッシュの意見も聞いておいた方が良いだろう。

「……まぁ、煽りはしますけど邪魔はしませんし、放っておきましょう」

 確かに今は拘束を解いている訳だが、こっちが動けば一応は付いて来る。その煽り自体が邪魔とも言えなくもないが……まぁ、それもこの空間で精神的に追い詰められないための気楽な煽りとでも思っておくとしよう。

「了解。ところでこの空間についてはなにか分かった?」
「なにも。ずっと両側に柱がある道ですし、ヒトの気配も無し。カーバンクルに問いかけても魔力が上手く周囲に伝わらないようでよく分からない様子です。そちらは?」
「こっちも分からないね。僕の魔力もなんか塗りつぶされている感じだし」

 僕もアッシュも魔法は特殊ではあるのだが、この空間はさらに特殊であるようだ。それに今の僕達ではどうしようもないほどに強大な力であるので、ここは色気を出さずに地道に脱出の方法を探した方が手っ取り早そうである。

――今の僕達では、か。

 …………。いや、この思考は駄目だ。
 今この思考はただでさえ脱出困難な状況をさらに混迷させてしまう。今考えるべきはここの脱出方法の模索と、他に巻き込まれた誰かが居ないかを確認する事だ。考えるな、僕。

「(今の私では……いいえ、これはよくありませんアッシュ・オースティン。今は巻き込まれたヒト達が居ないかと身の安全を……)」

 ……アッシュだって、考えないように必死に振舞っているんだ。僕だけが明後日の方向を向いていて良いはずがない。僕は僕だけが出来る強みを活かしてする事をすれば良いんだ。
 呪いの力と避けられて来たけれど、メアリーさんのお陰で強さとして生かす事が出来たこの力を使い、僕は僕らしく、僕の好きな女性の――

「なんか変な事悩んでいそうだな、お前ら」

 そして僕達が脱出方法を探しつつ歩いていると、怠惰白衣女がつまらなそうに言ってきた。

「変な事ってなんだよ」
「変な事は変な事だよ。本当、お前らって面倒くさい事で思い悩んで物事を複雑化しようとするよなー。思春期なのか?」

 ……何故かは知らないが、この白衣女に思春期と言われると腹が立つ。それはアッシュも同じなのか、重要な事を変な事扱いされたのが気に障ったのか、立ち止まって白衣女を一瞥する。

「……私達がなにを悩んでいようと、私達の勝手でしょう?」
「そうだな。私はそういう“ヒトの勝手”が面倒で引きこもった女だ。私にはとやかく言う資格は無いだろうよ。勝手に思い悩んでろ、思春期ボーイズ」
「そうさせて頂きますよ」
「だからお前達が勝手なように、私は勝手に独り事を言おう」
「はい?」

 白衣女はアッシュの疑問を余所に、興味無さそうな表情で白衣を翻しつつ言葉を続けた。

「やる後悔かやらない後悔かで悩むのなら、やらない後悔を選んだ方が良いぞ。どこぞの女は正しいと思ってした行動を全て否定された挙句、女を後押しした者達には“勝手にやった”と見捨てられて、女は悪として断罪された。なんとか女は命からがら逃げたんだが、傷を癒すために遺跡の奥で数千年凍結されながら眠る事となったんだ。目覚めた女は世界に復讐をしようと、復讐を頑張ったんだが……子供に負かされた哀れな女が居た。……一時の悪を見過ごさず行動しなければ、復讐をしようとしなければ、その女はマトモな幸せを掴んだかもしれんのにな」

 白衣女はそこまで言ってから僕達のそれぞれの表情を見る。
 僕達はなにも言えずにただ見られていると、白衣女はフッと嘲笑するかのように口元を歪ませた。

「まぁお前達はその哀れな女のようにはならんだろうな。やらずに後悔をし、思う存分まともな幸せを掴んでくれ」

 白衣女は白衣を再び翻しつつ僕達に背を向けて道の先をスタスタと進んでいった。
 今までは僕達の後ろを歩んでいたのだが、まるで今は僕達の事などどうでも良いかのようであった。

――なにも知らないくせに。

 何故会って一日も経っていない、名前も知らない世界を征服しようとした女にそのような事を言われなければならないのか。
 無責任に煽られた所でふざけているとしか言いようがないし、重さもなにも感じない。こんな女の言葉を気にする方が馬鹿げているだろう。ああ、本当に腹が立つ。本当に――

――自分に腹が立つ。

 ……自分はなにかしない理由を必死に見つけて言い訳し、行動出来ずにいるのに。なにかを言われたら向こうが悪いのだと、自分は悪くなく正しいから向こうは否定されるべきだと攻撃的になっている自分が腹が立つ。
 ……ああ、くそ。こんな僕だからヴァーミリオンだけでなくシャトルーズのやつにも先を越されるんだ。こんな僕ではメアリーさんには相応しくない。相応しくないから僕ではない別の男と一緒になった方がメアリーさんは幸せになれるだろう。それを祝福した方が、メアリーさんのためになるはずで――

――いっそ、僕のものにならないのなら。

 ……ああ、嫌だ。本当に、嫌だ。
 メアリーさんが誰かと結ばれるなんて、そんな事を想像したら僕は……僕、は……

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