追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活
人の恋路を邪魔する奴を(:空)
View.スカイ
「ハハハははHAhaはは! ボクの愛を受け取ってくれスカイ・シニストラぁあ!」
などと叫びながらクロガネ様は私達に攻撃を仕掛けて来た。
身体の一部を綻ばせ、多くの蠅を集めて手を巨大化させてこちらを潰すように振り下ろす。
「っぅ!?」
振り下ろされた手は足場である船を簡単に砕く。あのままその場に居たら船のように身体が砕かれるか、耐えてもそのまま海に落ちて海の藻屑となっていただろう。避けると言う選択肢を取った私とシャルの判断は間違ってはいまい。
しかしここで油断してはならないのが飛び乗った先だ。既に壊れかけているので足元が不安定な船や、船から船へと飛び移りにくい船もある。油断できない中、その箇所の間断もしつつ移動しなくてはならない。
「待て、何故逃げるんだ、スカイ・シニストラぁ!」
そして厄介なのがクロガネ様……クロガネ。蠅の集合体だからなのかは分からないが、ヒト型を保っている間でも浮いているため足場の影響を全く受けずに移動してくる。
幸いと言うべきか、大きく移動する際には身体を崩して多数の蠅になった後に、再び集まってヒト型になってから行動する、という方法を取っているためこちらに移動の猶予は持てる。
「ボクの愛を受けてくれぇ!」
「キャッ……!?」
…………。
あと、厄介なのがこちらの身体の分解だ。クロガネの身体を構成している蠅だが、自由に操れるのかこちらも一匹一匹が攻撃してくる。集団と比べると威力は格段に落ちるのだが無視は出来ないし、なにより……生理的嫌悪感が沸き上がる。虫は実家の方で慣れてはいるのだが、これはどうしても鳥肌が立ってしまう。
それに集合体という特性を持っているせいか、剣で切ってもすぐに集まって再生をする。数匹は切れるので全く効かないという訳では無いのだが、効いている感触があまり得られない。魔法で焼き払った方が良いのだろうが、生憎と私もシャルも大規模な攻撃を放てるほど魔法は得意ではない。
「どうして逃げるんだ、ボクにキミを愛させてくれよぉ!」
「この攻撃の何処に愛があると言うのです! それと身体に侵入しようとして来ないでください!」
あと、数体が集まるとこの蠅は身体に触れようとして来る。私は他の皆さんと違って手甲や足全体を覆っている物を履いているため直接肌には触れないのだが、とにかく服を破いて肌に触れようとして来る。
「身体と身体を重ね合う事こそがまさに愛! ボクがキミを包み込んで見せるのさぁ!」
ええいもう身体も言動も気色悪い。
女としての武器は使うとしても、乙女の恥じらいとかそういう物はある程度捨てた私ではあるが、流石にこれは遠慮願いたい。このクロガネの愛とやらを受け取ったら私は折角私を好いてくれた男性に顔向けできない身体になりそうである。なんというか、精神的に。
「このっ、生憎とただ包まれるのは趣味じゃ無いんですよ!」
「ハハHAはhaはは、そんなキミも可愛いね!」
「それはどうも――【刺突】!」
「おお、キミの愛も素晴らしいね! お返しにボクの愛も乗せるよぉ!」
「え――きゃぁあ!?」
「はは、照れるキミも可愛いよ!」
私が剣をクロガネに突き刺すが、数匹蠅を潰した程度でやはり傷は負わせられなかった。そしてすぐ様距離を取り別の船に飛び移ったのだが、突き刺した剣に蠅が数十匹まとわりついていたので私はつい剣を放り船橋に突き刺す形で放り投げた。
投げた後に獲物を失った事に後悔したが、あのままだと腕まで這ってきそうだったので行動は間違いではなかったと出来れば言いたい。
「先程と今と言い、随分と可愛らしい悲鳴だったな、スカイ。お前にそんな面が残っていたとは」
「生憎と剣道バカみたいな幼馴染に、乙女を見せる可愛らしさは五歳で捨てたものでね!」
「そうか。しかし、スマルト様とクロガネ様もどきと言い、二人の男に熱烈に好かれるとはモテる女だな、スカイ」
「殺されそうな勢いで好かれるこの状況が羨ましい!?」
「いや、全然羨ましくは無い。同情する」
「でしょうね!」
シャルの奴と戦闘中に偶然近付き、軽口を叩かれるので言い返した後にお互い動く。シャルの軽口は若干腹立つが、シャルと普通に話せるという事がこの状況でマトモな思考から振り切れないための日常になっている事も腹立つ。さらにはそれを見越しての会話である事もシャルが意識して行っているのもさらに腹立つ。ついでかと言うように蠅を払った剣を私の手に持ってきたのも腹立つ!
――ええい、この腹立ちはクロガネにぶつける!
この自分でも分かるほどの理不尽な怒りはクロガネに向けるとしよう。
そもそもなんでこの男……いや、この存在を男と称するのはなんか嫌だ。この悪魔は何故私を好き、クロガネ様と同じ姿形をして勘違いした愛を紡いでくるのか。
「ボク以外の男と話すなスカァイ・シニストォラ! ボクだけを見ろぉ!」
少なくともこんな攻撃的ではなく穏やかな性格で。
活動的ではなく身体が弱く。
お茶会で喧嘩をしそうになった私とシャルの間を取り持って宥めてくれた優しい男性。
「お前に自分だけを見させる魅力がないんだろう」
「なんだとお前ぇ! 強くて格好良くて男らしいボクの何処が駄目だって言うんだぁ!」
「否定したかったら私を殺して見せれば良いだろう。お前にそんな男らしさとやらがあればの話だが」
「やってやるぅぁ!」
……少なくともこのように、売り言葉に買い言葉で短慮な性格では無かった。
一体なにが彼の身にあったのか。あるいはなんの目的をもってクロガネ様の姿を保っているのか。
それを理解しなければ、私達はあの悪魔を攻略する事が出来ないだろう。
「【紫電一閃】」
出来ないと、思うのだが。
「がぁ、あっ、あああ!? 無駄だ、強くなったボクは、そんな武器じゃ殺せないぃ!」
「そうか。だがダメージはあるようだ。では殺しきるまで殺すとしよう。――次」
「がぁ、な、なん、なんで。む、無駄ぁ!!」
「無駄かどうかはこちらが決めよう。――何処まで耐えられるか見物だな、男らしいというのなら殺しきるまで死ぬなよ?」
数ある船を足場にして移動しつつ攻撃を喰らわせていくシャル。
力がこもっていないような一撃は、力が足りないというよりは余分な力を捨てているというような一撃であり、私が喰らわせた一撃と比べると悪魔が喰らっているダメージは比べ物にならない。
――強い。
私とシャルとの戦闘は五分五分か四対六程度だ。最近は一歩遅れる事もあったが、離されると言うほど離されていないと思っていた。
けれど今のシャルは私より遥か先を行っている。
流れるように、舞うように、溶けるように、潜るように。
闇のような蠅の悪魔と戦っているせいなのか、シャルの攻撃は光に見えた。
「おま、お前、聞いているぞ、好きな女にフラれた、情けない男だとぉ!」
「そうだな。私は生涯愛す事が出来ると思った女性にフラれた男だ。それがどうした」
「自分が上手くいかないからって、ヒトの愛を邪魔するなぁ!」
「そうか。生憎と私は愛を得る前に失ったので、まだ愛を知らぬ身ではあるのだが」
攻防と言う名の一方的なシャル優勢の戦いの中、シャルは蠅を斬る際に付いた液体を刀から拭いつつ、悪魔に向かって言う。
「幼馴染の新たな愛を邪魔する馬から守る程度はせんと、友に顔向けできんのでな」
――どうやら私の知っている幼馴染は、いつの間にか成長してしまったようである。
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