追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

殺される(:空)


View.スカイ


――油断すれば殺される!

 私は今、スカイ・シニストラとしての生命の危機に立たされている。ただそれだけを今の私は理解していた。
 先程の私は他の班で情報を交わした後、ティー殿下がクリームヒルトを説教と言うべきか、説教と言う名の心配をしていたので、機を見計らった後に宥めたりしていた。その後二ヶ月近い暗闇の中で生活をして体調が万全でないだろうシャルの奴が、他のメンバーに気を使って中年の男を連行しようとしていたのを見つけた。
 代わりに私が連行し、シャルには治療をして貰おうとした所「この程度私は平気だ」などという取り繕った一人称で腹立つ事を言い出したのでちょっとした言い争いが起こった。結果的にクリームヒルトやティー殿下、フューシャ殿下が割って入り五人で連行する事となった。
 そして皆で連行しつつショクの代表の屋敷の関係者用の入り口に入ろうとした所で、

『あ……ちょっと待って……裾が変な感じに……』

 と、フューシャ殿下が自身の制服の乱れに気付き、先行していた私とシャルが立ち止まろうとした所で、

『……え』

 謎の空間へと、私とシャルは誘われた。
 理解不能ではあるがまずは殿下の身を守らなくてはならないと、楯になろうとしたのだが私とシャル以外に周囲には誰も居なかった。
 とはいえ、この場に居ないだけで他の場所に居るかもしれない。そう結論付けた私達は、殿下達と他の皆を探すためにすぐに何処までも続きそうで見ていると気が惑わされそうな並んだ柱が続く道を駆けて行った。

『船と、海……?』

 そして私達は大きな、海のある部屋へと辿り着いた。
 部屋に海、と言うのは不釣り合いかつ妙であるとしか言いようがないが、そうとしか表現出来なかった。その部屋は荒れ狂う海の上に、多くの船が万全だったり壊れていたりして浮いている部屋としか表現出来なかったのである。
 信じがたい光景に一瞬躊躇う私達であったが、“引いても意味がなくここに誘われている”と感じた私達はこの部屋へと飛び込んだ。
 私とシャルは協力しつつ、ある程度の船の数々を飛び渡った所で“ソレ”は現れた。

『あぁ……ぁあああ?』

 シャルが出会った中年の男は、悪魔のようで蠅のようであったと聞いた。男自体が一つの生命体として悪食・暴食を象徴する蠅のようであった、と。

『あああ……シャトルーズ、カルヴィン……そし、て……?』

 不快な動く音と、絞り出す用で煩わしく聞こえる潰れた声。
 だが“ソレ”は一個体の蠅というよりは、“集団の蠅がヒトの形をしている”と言うような存在であった。
 見た瞬間に害敵であると、この者を殿下達に見せる前に滅するのが私達騎士の使命であると言える様な存在。生理的嫌悪感を刺激する、邪悪な存在。私とシャルは、この者を滅さなくてはいけない。
 しかし、それには一つ問題があった。

『クロガネ公爵子息……!?』

 私とシャルはこの相手を知っている。
 蠅のように群体で成り立たせているヒトの形は、紛れもなくクロガネ・バレンタイン。ヴァイオレットの従兄にあたる、現在は没落したバレンタイン家の傍系(正確には現公爵の兄弟の家ではあるのだが、ほとんど権力を奪った)の息子。私とシャルも昔会った事はあるのだが、「あまり近付かないように」と言われたような相手である。
 ここ数年は会っていなかったのだが、ソレを見た瞬間にクロガネ様だと理解できる程度には彼を感じた。……境遇に対しても私達に笑顔を向けてくれていた、優しいクロガネ様であると感じたのだ。

『はぁハHAはは、はははひあAαあ!!』

 それと同時に、彼が元に戻れない領域に居る事も理解した。
 なにが彼の身に起きたのかは理解できない。ただ、彼は今の私達では元に戻せない所まで堕ちたという事は理解できてしまうのである、それほどまでに、今の彼は悪魔であったのだ。

『シャル!』
『分かってる!』

 私とシャルはそれだけで戦闘態勢に入った。
 彼をにしても、戦い無力化せねばならない。私達に油断は許されず、本気を出さねばこちらも堕ちてしまうと生存本能が警鐘を鳴らし続けているのだから。
 そう判断し、私達は攻撃を仕掛けようとした所で。

『愛しているぞ――スカイ・シニストラぁぁぁあああああ!』

 と、いう叫びを聞いた。
 …………。
 ……聞いてしまった。

『……はい?』

 その言葉に気圧されるよりも疑問符が出てしまった私は、剣を構えたまま硬直してしまう。
 戦闘においては致命傷ともなる硬直。だが、その硬直自体が致命傷になる事は無かった。

『ああ、強き肉体、強き眼差し、素晴しき腕、脹脛、太腿、腹筋、胸襟、二ノ腕! どれも素晴らしい! ああ、ボクに――ボクにキミを愛させてくれ!』
『愛させてくれ、って。ええと、具体的には……?』

 と、私は突然の言葉に動揺しつつ、聞かなくて良いそんな事を聞き返してしまう。事実私は言った瞬間に後悔をし、

『決まっている、この強くなったボクと交じりあって、社会にボクとキミの愛を知らしめよう!』

 答えを聞いてさらに後悔をした。
 ……とりあえず、なにが起きているかは分からないが、一つだけ分かる事がある。

――油断すれば殺される!

 そう、社会と精神的に、スカイ・シニストラは死ぬ。

 ……絶対に負けてたまるものか!

「追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活 」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「恋愛」の人気作品

コメント

コメントを書く