追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

悪魔の言葉(:朱)


View.ヴァーミリオン


 欲望かんじょうなんて、何事も紙一重。

 自分とよく似た事を言われた事に対し、複雑な気分になりつつもこの女をどうするべきかと悩む。この女の力などまだまだ聞きたい事はあるのだが、状況からして他の班にその“男女”がなにかして来ないとも限らない。他の班に連絡を走らせ状況を確認したいが、その走った者達にもなにが起こるかは分からない以上は小さな戦力で済ませるのは難しい。
 その辺りも考えていかなければならない所ではあるが……

「ねぇ、貴方達。取引しない?」

 俺がどうするべきかと考えていると、女……自称クレナイ様の奥方である夢魔族サキュバスの女が、俺の思考が「これからどうするか」というものに移行した事を見透かしたように言ってくる。

「取引ですか? 生憎とヴァーミリオン君にイイコトするから見逃せ、という類は聞きませんよ?」
「うーん、それも良いけど生憎とそんなんじゃなくて、そっちに有益な話」
「……どうします?」

 夢魔族の女の言葉に対し、メアリーが俺とスカイを見てどうするべきかと尋ねて来た。
 悪魔が言葉でヒトを惑わす事がある様に、この類の話は「そもそも聞くべきではない」という対応が必要な時もある。しかし情報が欲しいのも事実であるので、悩ましいと言った所か。

「聞くだけ聞こう。判断するのはそれからで良いだろう」
「私も同意見です」
「……分かりました。では、お話しください」

 俺達の賛同に対し、メアリーは夢魔族の女の方を向き話を聞こうとする。見つつも目を直接見ようとしない辺りは、フォーン会長の件もあるからかもしれない。

「オッケー。じゃあワタシがまず望むのは再び封印をされない事と身の安全」
「まず望む事を言うとは……ですがその言い方だと」
「うん、別にこの周囲の欲望を惑わした力を封印されても良いし、しばらくは施設内での生活とかでも良いの。けど再び封印ーとか、実験動物で生活権利が無いような扱いー、みたいなのはやめて欲しいって事ね。そっちの男の子の立場なら出来るんでしょ?」

 元々実験動物扱い、のような事を許すつもりは無いのだが、それでも夢魔族の女は自分の立場上はその可能性もあると分かって言っているのだろう。

「あ、でも施設内で性の欲望のはけ口なら良いけど! 進化したこの時代の性事情とか堪能したい!」
「そういう事言うと交渉破棄しますよ?」
「はーい」

 ……ともかく。この夢魔族の女は俺達に処刑や殺されると言った“生命の安全”ではなく、“身の安全”を求めた。夢魔族の女にとっては、自身の生死よりも自身が身動きを摂れなくなる状況を恐怖している、という事だ。……そうなると、下手な扱いは気をつけないと駄目な可能性があるな。そういった事も含めて俺達に警告しているのかもしれない。

「それで、なにを私達に提供してくれるのです?」
「提供するのは、ワタシ達を解放した男女が一緒に解放した輩が、同時進行でなにをしているかの情報、かな」
「……! 同時進行で、という事はつまり……」
「そ。他のアゼリア学園の子達を同時進行で攻めているだろう、敵の情報。ワタシはそれを知っているし、攻略方法も知っている。――どう、欲しいんじゃない?」

 夢魔族の女はこの状況すらも楽しむ様に、まさに悪魔的にこちらを言葉で惑わしてくる。恐らく先に望む事を言ったのも、こちらの交渉に応じるべきかという悩み、答えを出すまでの表情を楽しむために言ったのであろう。

「さぁ、どうする――」
「む、こうして会うのは久しぶりであるな、淫蕩の夢魔族。なんだ、そっちも捕まったようだな、ハハ、いい気味だ!」
「あーくそぅ。こんなヒトに溢れた所に戻りたく無かったなぁ……もっと色々我が子に任せて怠惰に過ごしたい――げ、エロ婆とデブ爺。……ハハハ、卑怯な力を有したお前らもその姿だと滑稽だな!」
「…………」

 ただ、その楽しみはあっさりと終わりを告げたとだけ言っておく。
 白衣を身に纏った二十代くらいの女と、五十代程度の男が、それぞれ身体を拘束された状態で俺達の前に現れ、夢魔族の女を笑い飛ばしたからである。

「あ、ヴァーミリオン様にメアリー様にスカイ様ー! ここに居られたのですねー! あ、アプリコット様も!」
「む、グレイ達も戻っていたのか。その様子だと無事であったようだな」
「はい! こちらでは思春期のカガクシャなる女性と戦ったのですが、アプリコット様も?」
「うむ、こちらも思春期のオジサンを相手した訳であるな。……しかし、久しぶりであるなぁ、グレイ。ワシャワシャ」
「わ、わ、なんですアプリコット様?」
「なんでもない。グレイと出会ってから最も会わずにいた中での再会、というやつだ」
「?」
「というか少年。私を思春期扱いはやめろ」
「少女もそうだ。私は思春期ではない」
「はい、そうですね。……貴女様は思春期ではありませんでしたね」
「うむ、そうであるな。……お前は思春期ではなかったのであるな」
『その対応やめろ!』

 ……よし、大体理解した。
 心強くも俺の後輩達は、立派に成長して立派に対応した、ということである。

「夢魔族の女、安心しろ。他に有益な情報があれば、お前の望みは叶えてやる」
「気遣いありがとうワタシの子孫。ところであの男の子可愛いけど、母性が突然目覚めたから抱きしめたいの。抱きしめさせて」
「させん。それ絶対母性では無いだろう」
「当たり前でしょ、性欲よ!」
「威張るな!」

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