追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

空間の有効活用(:杏)


View.アプリコット


 食材は全員換算だと一ヶ月持つかどうかで、肉の類は無し。
 外への干渉は内側から無理であり、光はなく互いの存在や物しか見る事は出来ない。
 男女一緒で、基本的な生理現象は通常と大体同じ。
 助けが来るのかどうかも分からず、正確な時間を測るのも難しい。
 そんな、いつパニックが起きてもおかしくないと言う状況に置かれているのが僕達な訳である。……訳なのである、が!

「ところで思うんだけどさ、クリームヒルト後輩。これって私達の感覚で過ごした分だけ、周囲より私達が年齢をとる、ということなのかな」
「そうなるのかな。もしかしたらあのダンディおじさんの言う事はまやかしで、本当は同じ時が流れてるかもね」
「つまり助けが来ないのは、単純にこの空間に入るのが困難な場所にあるって事で――はっ、それだとどうしよう!」
「どうしたの先輩?」
「このまま数ヵ月ここで過ごせば期末テスト受けれずに単位が危うい! どうしよう!?」
「あはは、その時はあのおじさんをぶっ飛ばして、期末テストの代わりの生贄にしよう!」
「そうだね。今度会った時、あのおっさんを単位として見よう!」

「ふぅ、一仕事したな。ちょっと一風呂入って来る。しかし、凄いよな錬金魔法。まさかこの空間で足を延ばせる湯船につかれるとは思わなかったよ」
「だよなー。トイレも男女別だし、ベッドでも寝れるもんな」
「俺はクリームヒルトの昔居た国の布団? が気に入ったよ。アレは良いモノだ。脱出したら部屋に置こう」
「良いなそれ。俺もあのゴザとかいう枕欲しいな」

「決まりました、勝者はAチームです! 素晴らしい戦いでしたね実況の会長さん!」
「はい、とても良い試合だったね。勝敗を分けたのはなんだと思う、解説のアプリコット君?」
「シャトルーズ・カルヴィンの動きと作戦が上手く嵌ったのであろうな!」

 うん、僕達は健康的にこの空間での生活を送っていた。
 小さなトラブルはあったが、僕が覚悟したトラブルは無い。いや、あっても困るのだが。
 なにせ一番のトラブルは“カバディというスポーツで、足をくじいた者が居た”というものだ。しかもキチンとした治療を行い今は元気に実況と解説を同時にこなしている。

――錬金魔法は本当に便利であるな。

 それもひとえにクリームヒルトさんの錬金魔法のお陰であろう。
 僕達が使う魔法は、基本的に発動後は永続してその魔法が続く事は無い。唱えるための魔力を使い果たせば、結果は消えないが、立ちどころに起こした魔法が消えて残るは残滓のみである。
 分かりやすい例を挙げると、地魔法で土を作りなにかを破壊すれば、破壊した物は残るが使用した土は消える。といった感じか。
 これとは別に地魔法で土を固めて操り、物を破壊すれば操るために固めた土は元の固さに戻り、破壊された物は残る。というものもある。
 そしてこの場は土もなにも無いため、仮に土を地魔法で作っても消えてしまう。だが、錬金魔法ならば地魔法で作った土を、別の物に錬金し、“結果”として土を残すのである。これならばこの空間でも色んなモノを作り出せるのである。ただ、その属性に優れた者が作りだした【真に近い偽】で無ければ、錬金魔法で作り替えても質の悪いモノになるのだが。
 ともかくそれを利用して今のような状況……簡易建物などを作り、プライバシーに配慮した形で生活が出来ているのである。……クリームヒルトさんがこの場に居て本当に良かった。

――とはいえ、いつ瓦解するか分からない。

 この班に居る皆さん方が良い方々ばかりであるので助かってはいるが、なにが起きるかは分からない。
 生徒会のメンバーは何処となく全体のバランスを調整はしているようだし、僕も僕なりに気を付けていくとしよう。いつあの中年の男が出るかも分からぬし、日々対策を立てていくとしよう。

――グレイに会いたいな。

 ……よし、弱気はやめよう。
 会いたいのは確かだし、我慢をし続けるのも良くないが、この時間を切り抜けてグレイに「我はこういう経験をしたのだ!」と胸をはって言えるように、僕は僕らしく強くあり続け、僕だけでもこの状況を突破できる手がかりを探し続けるとしよう!







「フゥーハハハ! どうだ、この我が開発せしめし、混沌の狭間を縫い留めし煉獄の炎! 中々に良い魔法であるな!」
「おー、今までで一番すごい火の魔法じゃないアプリコットちゃん!」
「うむ!」

 この場所に閉じ込められてから大体一ヶ月半。僕は今日も壁に向かって新たな魔法を撃ち込んでいた。

「しかし、ここは良いな! いくら撃っても壁は壊れぬし、撃ち放題である!」
「あはは、音も壁である程度防げるしね!」

 ここは魔法の実験にとても良い。
 なにせ壁は壊れないのだから、いくら攻撃魔法を撃っても問題無い。しかも隅に壁を作って囲えば他に被害も行かない。
 高威力の魔法を使うには闘技場や、周囲の安全を確保してのモンスター討伐程度でしか威力を試せなかったが、ここなら気にせずに魔法を開発し、撃つ事が出来る! なんと良い場所なのか! ……ただ、会長さんに関しては気をつけないと駄目なので、撃つ前にそこだけは確認するが。

「しかし、皆生き生きしておるな」
「勉強とか建前とか気にせず自由に出来て楽しんでいるからね。むしろ自分らしく強くなれて良いと思ってるみたいだし、シャル君も剣技の腕に磨きがかかったと喜んでいるよ!」
「ふ、ここを出たら強くなったお互いで戦わねばな……!」
「あと、カバディも上手くなったって喜んでいるよ!」
「それは……割とどうでも良いな」

 なお、今さらであるがカバディというのはクリームヒルトさん達の前世の競技だそうだ。かつて彼女が初めてシキに来た時にクロさんとやっていたのを見た事があったのだが、今思えばアレは前世持ち同士故の息の統合であったのだな、と思う。

「む、夕食の合図であるな。今日の夕食はなんであろうか」
「うーん、先輩方が新しい野菜が出来たって言ってたし、野菜スープかな?」
「おお、それは良いな! しかし、我達すっかりベジタリアンであるなぁ」
「肉も魚もないからねぇ。身体まぁでも大豆あるし栄養は大丈夫でしょ」
「あのダイズとやらは素晴らしい食材であるな」

 正直言うと肉や魚の味は恋しいが、無いモノは仕様が無い。栄養価は足りているし、充分に満足だ。むしろ僕の場合はかつての調味料を買い過ぎて主食が足りなかった時とかと比べると、大分健康的である。

――肉や魚に関しては、クリームヒルトさんの言葉もあったからであろうが。

 とある時、体調が優れぬ女生徒が居たのだが、原因は肉や魚、貝などの摂取不足であった。その際にはクリームヒルトさんの鬼気迫ると言っても良い必死の努力により解決はしたのだが、何故そこまで必死になったのかとシャトルーズめが聞いたのだが……

『追い詰められての共食いとか、もう見たくないから』

 と、小さく呟いたのである。
 その言葉にはあの中年の男の口車に乗せられて肉を食べたくなる状況を避けたかった、というのもあるのだろう。が、という所には、ここではない何処かの場所せかいで、見てきたかのようであったのである。その言葉に、何処か肉と魚について言っていた者も、それ以上は口には出さなくなったのである。

「よぅーし、夕食を食べたら今日は一緒にお風呂に入らない、アプリコットちゃん!」

 ……ま。その件ははもう触れない方が皆のためというのものであろう。

「別に構わぬよ。一緒に汗を流すか」
「やっふー! ついでに“ぐへへ、アプリコットちゃんのおっぱい柔らかいぜ!”ってやつやって揉んでも良い?」
「良くない。スケベ親父かなにかか」

 というか“よくあるあの行動を!”みたいな感じに言っているが、クリームヒルトさんの前世ではどういう常識があったのかが気になる所である。そもそも僕の胸を触っても楽しいものでは無かろうに。

「でも、今日も楽しくお風呂に入るぞー! あ、それともシャル君入っている時に突撃する? 鍛えられた腹筋とか雄っぱい見られるよ?」
「しないし見たくも無いわ。というか、ティーめに言うぞ?」
「あはは、ごめんごめん。でも、そういった事を話せるのは、この状況を楽しめている証拠――」

「お前達はなに普通に楽しんでいるんだ」

「――だった、のになぁ」

 クリームヒルトさんは、今までの明るい雰囲気が段々と消え入る様になっていき。「ふぅ」と小さく息を吐くと、声のした方――以前現れた時と同じように“壁”の向こう側に居る男の方へと視線をやった。

「や、お久しぶりだね、セクシーなオジサン。――なにをしに来たのかな?」
「なにをしにと言うのは――」
「あ、やっぱり夕食を食べた後でも良い? なんか長くなりそうだし」
「ふざけて――」
「そうだそうだ、折角の採れたての野菜スープが出来たというのに!」
「今日の出来は会心のものなんだ! 皆の感想を聞きたいんだ!」
「余す所なく使った付け合わせもあるんだ!」
「邪魔をしないで頂きたい!」
「そうだそうだ! 暗闇の中黒い服を着やがって。見辛いだよ!」
「…………」

 ……うむ、この者達。本当に強いなぁ。

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