追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

彼を評するとしたら(:黄褐)


View.エクル


 前世の私には弟が居た。
 普段はサッカーをし、友達も結構いて休みの日にはゲームをするような、多くは居ないけれど何処にでも居るような弟だ。

「失礼、ご歓談中でしたか。私達の用事は後でも構いませんので、出直します」
「いや、構わないフォーン。俺が入るのを学園長に許した、というだけだ。将来有望の若き息吹と接したい、とな」

 今から思い返すとくだらない喧嘩ばかりをしていたが、それなりに仲は良かったし、私が足のケガで陸上を辞めざるを得なくなった時に変な道に行かない様に止めてくれた、大切な弟だ。

「そうでしたか。しかしライラック卿は私のような者を覚えていてくださっていたのですね」
「覚えているさ、俺の視線に気付き親の後ろに隠れた幼き少女。あの時の少女が立派に成長したな」
「そのような事まで……幼き身の私が失礼いたしました」
「構わんさ。俺は自分の顔、特に目が鋭いため幼子オサナゴには凶悪な顔に見られていたであろうから慣れていた」

 そして普段は友達と皆で出来るゲームをするのだが、一人でやる時はよくRPGをやっていた。私にはよく分からなかったが、リビングでする弟を後ろで眺めていたモノである。弟の反応や、プレイを見てよく茶化したものである。

「ああ、それと俺には“卿”呼びはいらない。呼び捨てで構わんし、敬語も不要だ」
「は。い、いえ。公爵家の御方にそのような――」
「要らないと言っている。公爵家の身分は自分で手に入れたものでは無く、俺は公爵でも無ければなにかを成し遂げた訳でも無い、ただの元生徒会長という男。現役で二年近く生徒会長を務めているお前に敬意を払い、同時に対等に話もしたいと願っている」
「そ、そうですか。……ええと、敬語はこちらの方が私らしいので、このままで居させて頂きますが、名前呼びについては努力したいと思います」
「そうか。それがお前らしいと言うならば、無理は言わん。……では、用事を済ませるか」
「用事ですか?」
「そうだ。俺が此処に来たのは要請を直接頼みに来たのだからな」

 そしてそのRPG風に言うならば。彼は間違いなく。

「――強大な敵に立ち向かう輝かしい姿を、俺に見せて欲しいとな」

 魔王、と称すに相応しい存在だ。







 私はそれなりに弁が立つ。
 前世でも気付かなかった才能なのか、この身体由来なのかは分からないが、交渉の場においてこちらの有利に事を運ぶ事が出来る方だ。この力を使って私はフォーサイス家の家業を十全にこなせたし、メアリー様のために裏で手を引く事も出来た。

――なんだったのだろうか、彼は。

 だが彼の前に相対した私は、いつものような交渉を行う事が出来なかった。
 ライラック・バレンタイン。ヴァイオレットの兄にして、次期公爵の最有力候補。
 彼の身分はあの場に居る誰よりも高い。ノワール学園長は対等とも言えるかもしれないが‘、将来を考えれば学園長も迂闊な扱いは出来ないし、下手をすればあの場全員を合わせてようやく影響力が同等かやや下、というほどだ。

――だが、間違いなく同じ目線で話していた。

 しかし彼は私達にも対等に話して来た。私達の今までの行動に対し敬意を払った上で同じ目線で話して来たのである。
 そしてそれは遥かに年上で、現状においては身分が上の学園長に対しても同じであった。
 身分は関係無く。誰であろうと対等な存在として私達と話をしたのである。
 そして結果的に――

「生徒会全員が、そのライラックさんと共に研修を行う事になった、と。そういう事ですね、エクルさん」
「……はい、申し訳ございません、メアリー様」

 ……結果的に、そのような事になってしまった。
 対等に接し、彼自身の身分を使う事はせずに。けれど結果としてそうなってしまったのである。
 あの場に私が居なければもっと違う結果になったのではないか、と思う程に彼は事を進めて行った。何故だか彼と私では、決定的になにかが違うと思わざるを得ない程だったのである。

「エクルさんが謝る事ではありません。それが話の流れでエクルさんとフォーン会長、ノワール学園長先生が正しいと判断して決めた事なのですから」
「そう言っていただけると助かります。ですが彼は……」

 彼と私ではなにかが違っていた。
 具体的には分からない。だが、それを認めてしまうと彼との間で序列が決まってしまうようなもの。そして序列が決まれば、彼にとって私は無価値な存在になると思わざるを得ない“なにか”であった。

「ですが彼は、なんです?」
「……いえ、なんでもありません。今までにない、始めて会った男性に少々混乱しているようです」
「そうですか……興味がありますね」
「いけません、それだとメアリー様が――」

 メアリー様が彼と会うのはどうしても避けさせたい。
 何故かは分からないが、直感的に彼はメアリー様を気に入る。気に入ってしまうと分かってしまうのだ。
 そして気に入ったが最後、あの魔王のような男はメアリー様に対してなにを仕出かすかが分からないのだから。

「私が、なんです?」

 ……けれど遅かれ早かれ、既に会う事は確定してしまっている。今更会うのを避けるのは不可能というものだ。
 ならば私に出来る事は、今までのようにメアリー様のために裏でなにかを――

「……いえ、小悪魔を演じようとして結局上手くいかず、独りで気付かれぬように項垂れていたメアリー様に、誰か新しい相手と会う余裕は無いだろう、と思っただけです」
「う、上手くいきましたよ! ただそれ以上に返されただけですし、最終的にはヴァーミリオン君を翻弄した数が多かったので私の勝ちです!」
「勝数が多ければ勝ちっていう訳では無いですよ、メアリー様。一つの勝ちが恋愛においては重要なのです」
「うぐ。確かにいくら好感度を上げても、重要な選択肢を外したら一発バッドとかありますからね……!」
「恋愛はゲームじゃないですからね?」
「分かっていますが、先程のはそんなかんじだったので……」
「ああ、なるほど。つまり自分でも数はともかく、内容では負けたとは思っている訳ですね」
「ぐぬぬ」

 ……ああ、でも。
 何度も失敗してきた私が、メアリー様を彼から守る事が……出来るのだろうか。
 今の私には、そんな不安を誤魔化すしか出来ない。

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