追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

【28章:紫な一族_学園】始まりは不安報告


「あ、やっほークロお兄ちゃん。ヴァイオレットお姉ちゃんと仲良くおさんぽー?」
「おはよう、ブラウン。まぁそんな所だ」

 ソルフェリノ義兄さん達がシキを去り数日経った、もう少しで書類上の結婚記念日が迫りくるある日の午前。
 ヴァイオレットさんと共に流通物資の現物確認ついでに、なにか良いモノは無いかを探しに行くという仕事にかこつけたデートをしていると、ブラウンを始めとした子供達に声をかけられた。

「そっちは日向ぼっこしながら談笑中か?」
「そんな所だねー」
「煩わしいヤツがようやく居なくなったからな。こうしてのんびりしている訳だな」

 ヴァイオレットさんが問いかけると、やれやれとでも言わんばかりに言うのは、つい昨日までレットさん、もといスカーレット殿下の猛攻を受けていたエメラルドである。スカーレット殿下も初めは自称仕事という事と、マゼンタさんという天敵とも言える存在に思うほどははしゃいいでもいなかったのだが、どうやらそれでもアピールを止める事は無く、マゼンタさんの目を盗んで攻めに攻めたようである。

「スカーレット殿下をそういう風に扱えるのは、エメラルドちゃんだけだろうね……」
「ああ、すまん。将来の義理の娘かもしれん女をそういう扱いは良くなかったか、ヴァイス」
「そんな未来は無いからね!?」

 そしてもう一人仲良く話していた、数日前にマゼンタさんの実年齢と正体を知り衝撃を受けていたヴァイス君が、日陰に居ながらエメラルドに抗議をした。
 ここ数日のヴァイス君は俺に対し、

『母性を感じる度に心の内で否定していたのですが、もう否定しなくて良いという事でしょうか。そして否定せずに受け入れ、マゼンタちゃんを母として甘えれば良いのでしょうか……?』
『落ち着けヴァイス君。甘えても良いかもしれないだろうが、一度冷静になろう。ね?』

 などという、性癖が歪まされた少年のような事を言っていたので不安だったのだが、どうやら持ち直したようである。ちなみにその葛藤するヴァイス君を見て、シュバルツさんがマゼンタさんに喧嘩を売りに行ったのは言うまでもない。

「え、そんな未来はないのー?」
「な、無いよ!」
「少し迷ったね? でも、もしそうなったらエメラルドお姉ちゃんのおとーさんが、ヴァイスお兄ちゃんになるって事だね」
「待てブラウン。その前提だと私が将来レットと結ばれる事になる。その仮定は成り立たないぞ」
「えー? 別に僕はエメラルドお姉ちゃんがレットお姉ちゃんと結婚する、なんて言ってないけど?」
「ブラウン、お前ワザとやって無いか……!?」
「なんの事かわかんない、ぐぅ」
「おい寝るな!」

 偶に……というかよく思うのだが、ブラウンってシキの大人達の中でも、一番冷静で一番強いのかもしれない。この場合の強いは戦闘的な意味ではなく、あくまでも俯瞰した立場で物事を見る事が出来る、という点だ。
 見た目的にはこの中で一番背が高く大人っぽくても、一番の子供であるブラウン。そして最も縛られずに物事を見る柔軟さと自由さがある。それがブラウンの強さである、と思うのである。
 ……まぁ唯一シキでフル装備使用のロボとタイマンを張れる戦闘の強さを持っていたり、戦闘面で強い事も確かだが。

「ったく、コイツは相変わらず……ああ、そういえば領――クロ」
「どうした?」

 エメラルドはゆさぶりをかけても起きないブラウンを起こすのを諦め、俺の名を呼ぶ。
 最初は俺の名前を憶えていなかった時代からそのまま惰性で呼び続けている「領主」と呼ぼうとしたようだが、ヴァイオレットさんが傍に居る事に気付いて名前で呼び直したようだ。

「あの変態医者が最近妙な動きをしているのだが」
「アイボリーが妙じゃない事の方が少ないと思うが」
「否定はせんが、そうじゃない」
「あの、ヴァイオレットさん。アイボリーさんって結構立派なお医者さんなのに、あの扱いは良いのですか……?」
「アレは親しき者ゆえの軽口だ。本気でそうは思っているが、気にしなくて良いぞ」
「……思ってはいるんですね」

 アイボリーは基本口も態度も悪いし、怪我に興奮するヤツだが、なんだかんだ付き合いは良いし面倒見も良い。けどそれはそれとして、アイボリーの普段が妙じゃないと言う事は少々憚られる。まぁ良い奴な事は確かなんだけど。
 というかわざわざ妙というとは、なにがあったのだろうか。突然怪我を怖がり始めたとかそんなだろうか。

「仔細は分からんが、どうもレット経由で誰からか手紙を貰い、それ以降気がかりがある様に思える」
「気がかり、か」

 スカーレット殿下経由での手紙で、アイボリーに行くとなると……ローズ殿下が関わっているかもしれないな。あくまで勘だけど、アイボリーとローズ殿下はなにかしら繋がっているようだし。

「そうだ。すまないがそれだけしか分からんが、一応気に留めておいてくれ」
「了解。ありがとな」

 なにかあれば向こうから来るだろうが、一応次にアイボリーと会ったら様子を探っておくとするか。

「むにゃ、そうだクロお兄ちゃん。僕も気がかりがあったんだ」
「どうした、ブラウン?」
「フォーンお姉ちゃんのお手紙であったんだけど、学園の者として、シキに手紙かちょくせつほーもんするかもしれないんだって」
「それが手紙に書いてあった、と?」
「ちょっとした一文ていどだけどねー。一応言っておくね」
「おう、ありがとう」
「どういたしましてー……むにゃ」
「……え、今のもしかして全部寝言なの?」
「コイツの寝言はそんなもんだぞ、ヴァイス」
「以前は寝ながらモンスター討伐もしてたからな」
「それはなにか別の心配をしなくてはいけない気がするね」

 フォーンさんが学園の者として、か。
 言い方からして然程重要でもない、何気ない一文だったのだろうが、ブラウンが気になるならこちらも気にしておこう。
 ……しかし、学園か。

「グレイ達、元気でやっているかな」
「まだシキを去って半年も経っていない上に、手紙のやりとりまでしてまだ恋しいというのか?」
「まぁな。“王都の皆が相変わらずシキの皆さんと比べて落ち着いて静かです!”と手紙に書いて来るのを見て色々不安なんだ」
「それは……確かに不安だな」
「だろう。それとは別に、今すぐグレイを抱きしめたい」
「うむ、私もクロ殿と同意見だ。親子水入らずで語り合いたい……!」
「まったくそうですね、ヴァイオレットさん……!」
「……コイツらはコイツらで不安だな」
「はは……それだけ心配なんだよ」

 ヴァイオレットさんと共に、学園で青春を謳歌しているだろうグレイとアプリコットに思いを馳せつつ、今日もシキでの一日は進んでいくのであった。

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