追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

継章話


継章話


 これはこれは、愛する我が妻ではないか。
 険しい表情でどうした。俺になにか用でも?

 愛しているなどと戯言を抜かすな、と?
 なにを言っている。俺はお前を愛しているぞ。

 誰が相手であろうと決して折れぬ意志の強さ。
 困難な魔物相手でも立ち向かう勇敢さ。
 友誼を大事にする情の深さ。
 大局を見極める冷静さ。

 そして、なにより今。
 止めようと独りで俺の前に立つ勇気を、なによりも愛している。

 俺を止めようとしている事くらい見れば分かるさ。
 幼少期より婚約関係であり、十年近く夫婦をやっているのだからな。
 だからこそ、お前が俺の回答の如何によっては刺し違えてでも止める気である覚悟も分かっている。
 俺はその勇気が眩しいよ。お前を妻に持つ事が出来、幸せだと言えるほどにはな。

 だが、なにをしているのか、という問いに答える前に一つ勘違いを正しておこう。
 別に俺は誤魔化すつもりも裏に隠した目的や野望などは一切ない。
 聞かれたからには、素直に包み隠さず答えるつもりだ。

 ならば今まで何故隠していたのか、と?
 決まっている。
 お前は反対をすれば俺を止めるからだ。
 そうなれば前に進む速度が遅くなる。排除しなければならないからな。
 お前は賛成をすればいずれ立ち止まるからだ。
 俺が話した事を迷わずに付いて来れるほどに、強いと評価はしていなかった。

 しかし俺の動きを知って止めに来たのならば、話す他あるまい。その強さに俺は敬愛を示す。
 そして強さを知るために、答えるために。お前が何処まで掴んでいるのか――問わせて貰おうか。

 …………。
 なるほど、そこまで知っていたか。これは計画の機密保持の杜撰さよりも、お前が優れた調査能力を持っていると褒め称えた方が良さそうだ。
 しかしそこから来る結論は違うものであるよ。

 そうだ、確かに俺はメアリー・スーを愛している。

 勘違いをするな。お前に向ける愛と、メアリー・スーに向ける愛は違う。
 彼女に向ける愛は、一種のファンが向けるような、憧れを伴う愛と思って来れば良い。共に有りたいという愛とは違うのだよ。

 他にもヴァーミリオン・ランドルフを愛している。
 シャトルーズ・カルヴィンには期待をしている。
 アッシュ・オースティンには成長を望んでいる。
 クリームヒルト・ネフライトには奮起して欲しい。
 スカイ・シニストラには新たな道を見せて欲しい。
 シルバ・セイフライドは臆せず力を発揮して欲しい。

 ――俺は彼らが輝く姿を見たいんだよ。

 ……なに、エクル・フォーサイス?
 ああ、確かには素晴らしかったよ。
 現実を目的のために最適化しようという、陰からの動き。
 最適化を実際に為す事が出来る意志の強さ。
 どちらも素晴らしかったが――だが、負けた。諦めた。
 生憎と今の彼女には以前ほど興味が湧かない。
 興味は惹かれない事は無いが、今あげた彼らと比べて優先度は下がる。

 ……マゼンタ・モリアーティ?

 ……ああ、確かに彼女は才能溢れる女だ。彼女の為す事、為した事。そのどれをとっても偉業という他ない。彼女が居なければ今の魔法技術も王国の発展も、三十年は遅れただろう。少なからず、偉人と評する事に疑いを持つ余地は無い。
 しかし彼女は俺が願う輝きとは少し違う。ただ、それだけだ。

 む? そうか、急に何故彼女の名が出て来たかと思ったが、お前の質問の意とは違ったのか。
 そうだ。確かに俺がしている事に彼女は関与していると言えば関与している、と言えよう。
 しかし直接は関与していないのだよ。
 ただ彼女が使ったことがある力と俺の計画のぞみに関わりがあった、というだけだ。そこは勘違いしていないで欲しい。

 そうだ。俺の計画は最悪世界が滅びるな。

 彼女が使った力では世界が滅びかけた。
 ならば俺の計画のぞみでも滅びる可能性は大いにあろうよ。

 だがこれだけは分かっていると願いたいが、俺は進んで滅ぼそうという気は無い。
 世界を滅ぼすほどに、俺は世界を愛してはいないからな。
 ……そうだな。世界を進んで壊すなど、世界を憎いほどに愛しなければなさぬ事だ。マゼンタ・モリアーティがそうであったようにな。

 俺が愛しているのはあくまでも先程あげた彼らだ。世界ではない?
 弟? ソルフェリノは敬愛しているが、俺の愛とは違う。
 妹? ヴァイオレットの変化は好ましいが、望む物が違う。
 ……そうさな、妹は俺の義弟であるクロ・ハートフィールドと一緒ならば愛を見出す事は出来るかもしれない。
 しかしクロ・ハートフィールドよりも、メアリー・スー達の方がというだけだよ。
 掴みとる姿は実に好ましい。

 ああ、そうだ。俺が言いたいのは生というのは掴みとってこそだ。
 掴みとった勝利は輝かしく映るものだ。
 そしてより輝かしくなるためには、より強大な絶望があってこそだ。

 その輝きを――俺は間近で見たいだけなんだよ。

「追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活 」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「恋愛」の人気作品

コメント

コメントを書く