追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活
理解と自覚と納得(:紺)
View.シアン
「それで、ヴァイス達はどうなったんだ、シアン?」
「マーちゃんに半強制的に温泉に連れていかれましたよ」
「……え、一緒に入るのか?」
「男女別ですよ、流石に。エメちゃんにも混浴は避けるように言っておきました」
「そ、そうか」
場所は教会、時間はお昼前。
私は今朝スイ君と二人で出たにも関わらず、帰って来たのは自分一人あった理由を問われたため、先程の事を神父様……スノー君に話していた。
スイ君とマーちゃん達は色々な悶着はあったのだが、結局は親子の触れ合い(その親子にスイ君も含まれる前提)のために温泉へと向かって行ったのである。スイ君は助けを求めようとしたのだが、このまま抵抗すればマーちゃん達の楽しい時間を奪う事になるし、今までの態度も含めて少しは話すべきと感じたのか、私に「すみません、少し抜けます」と言ってついていったのである。そして私は独りで午前を使いのんびりとしたお勤め(見回りと魔物除け確認と薬草拾いと調合と家訪問してからの調理器具修理と説法)をしたのであった。
そしてまだスイ君達は戻っていないという事なので、恐らく今頃温泉の仕切りを挟んでこれからの事を話し合いが終わり、そのこれからを実践している事だろう。
「なるほど、つまり……ヴァイスはこれからマゼンタをお姉さんと敬意を払って慕うという事だな!」
「スノー君って本当に感情の機微に疎いですよねー」
「あれー?」
姉のように接するかもしれないが、敬意に関しては今まで通り“凄い能力”に対しての敬意だけで、接し方はそう変わらないと思う。もちろん少し混乱はするだろうが。
マーちゃんと会い、実年齢を知ったスイ君は動揺と同時に彼女自身の我が儘に特別な物を感じたのであろう。黙っていたのは愉快犯な所もあったかもしれないが、彼女の願い……それは年上の女性に対する敬意ではなく、シスター・マゼンタとして対等に接してもらいたい。という願い。今まで身近にあったにも関わらず、気付かずに過ごし、失ってからその重要さに気付いた物であったのだろう。
「マーちゃんはあの告白の時に、スイ君に面影を感じたんだと思いますよ」
「面影というと?」
「恐らくですけど、マーちゃんの共和国での夫じゃないですかね」
「ほう?」
詳細は知らないが、マーちゃんは首都で大きな事をやらかした結果シキに来ている。
そしてそのやらかした事は元々「マーちゃん自身が考えた事を、可能だから皆のためにやった」のだろうが、それを実際にやろうと思ったキッカケは共和国でのモリアーティ父子の死亡事故が原因だろう。多分それ以前にもやろうと思えば出来ていたと思う。ただ、その二人の存在が“共和国で過ごすマゼンタ・モリアーティ”を支えて、行動を起こさない歯止めになっていたのだろう。
そして夫と子を失った結果、自分の中でも思ったより大きかった存在の喪失により、歯止めが利かなくなった。当時はキッカケも喪失も理解しきれなかったのだろうけど……シキで過ごす内に段々と自覚してしまったのだと思う。
「……その自分がやった事のキッカケを自覚してしまった理由が、ヴァイスの告白に亡き夫の面影を見てしまった事が原因だと?」
「そうですね。同時にマーちゃん自身、夫の事を好きだと初めて向き合ったのかもしれません」
「え、それも?」
「はい。夫も多くの相手を幸福にする対象に含まれていたのでしょうが、あくまで多くの幸福にしたい相手の一人と認識していた。けど奥底では無自覚に夫を愛していて――」
「その愛を永遠に喪ったと認めたくなかった。……という事か?」
「あくまで想像ですがね」
そもそもマーちゃん自身が誰か特定の相手と結婚をした、という事が違和感もある。
もちろん「その方が多くのヒトを幸福に出来るから」と思ったのならおかしく無いかもしれないが、マーちゃんの場合はなんというか……「特定の誰かを伴侶とせずに、多くのヒトと結ばれたい!」とか思って結婚しない方がしっくりくる。
だがそれでも結婚をしたのは……
「ヴァイスみたいに、まっすぐにマゼンタ自身を心配し、対等に見ようとした相手を好きになった、という事……だろうか」
「……スノー君、鋭いですね。どうしました、ヒトの悩みに適切に答えられる神父様みたいですよ」
「いや、俺神父だからな!? 確かにこういった類は分からない事が多いけど!」
……スノー君の珍しい鋭さはともかく、多分そういう事だ。
夫と同じように接してくるスイ君に対し、昔のように接してくれる事を望み……そして、自分が夫を好きだったのだと、理解だけでなく納得もした。
「……それはヴァイスに夫の代替を望んだ、という事だろうか」
「初めはそうかもしれませんが、今はスイ君自身を好きているのは確かなのでご安心を――とはいえ、それや今まで話した事も含め、あくまで私の勘ですがね」
……まぁ、今話した事はあくまで私の想像だ。スノー君に話したのは良いけど、まったくもって見当外れを話しているのかもしれない。
「ですので、あまり信じすぎないようにお願いします。話しておいてなんですがね」
「シアンの勘なら信じられるが……まぁ、そうしておくよ。シアンの頼みだからな」
……よし。根拠のない私の勘だけの事でも、私を信じてくれるスノー君が好きである。まぁ好きなのは前々から知っているのだけど、やっぱりこうして何気ない所で自分を信じてくれると分かるのがとても嬉しいのである。好き。
「だが、失って初めて気付く事、か。……俺の場合は失っていても気付かない事があったんだがな」
「それは……」
ふと、スノー君がなにかを思い出したように呟いた。
この失っていても気付かない事、というのは先日話したスノー君の身体についてだ。
話してからスノー君は、偶にこうして暗くなる事があるのだが……
「ところでスノー君。好きが溢れたのでハグをしますが良いですか!」
「どういう事だ!?」
まぁそれよりも、今は好きが溢れたのでスノー君を抱きしめ、この溢れんばかりの好きを行動に示したい。この暗くなったスノー君を放っておけないし、私の好きを自覚させて明るくしてあげますからね!
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