追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

【27章:余暇】始まりは建築報告


「つまり、シキに別荘を建てたい、と?」
「そうなるな」

 火輪たいようが昇ると陽気さよりも熱さを感じるようになってき始めたある日の朝。ここ数日シキに滞在しているソルフェリノ義兄さんが、食後の紅茶を飲みながら俺達に告げて来た。
 なんでもシキに家……別荘を建てたいようだ。そこを拠点にした事業を立ち上げる、などではなく、純粋に余暇を楽しむために建てる物との事だ。

「別荘、といっても大きなものでは無い。義弟おとうと達に迷惑をかけないような規模の、今来ている者達が滞在できる程度の家にはする。とはいえ、この屋敷のような立派な物は滅多に建てられぬだろうが」

 まぁ領主邸以上の立派な屋敷を同じ土地に建てれば、宣戦布告のようなモノだからな。そこは気を使ってくれるのだろうし、そもそも建てると言っても言い方からして小さな屋敷だろう。……そもそもこの規模の屋敷をシキに建てておくと、シキでは別の問題が起きるのだがな。

「しかし兄様、どうして急に別荘を建てようなどと?」
「それはな、ヴァイオレット。私も本音で話すようにはなり、ムラサキとも絆を深められたが……こんなひゃっふぅな状態を私の屋敷で常に振舞う訳にはいかないであろう?」

 それはうん、そうだね。

「は、はぁ。つまり本音を出せるような休暇を過ごすために、拠点を確保しておきたい、と」
「そうなる。ここは隣の領地に私の土地からも行ける空間歪曲石はあるし、そこから早馬車で来れば時間もかかりはしない。地理的にも丁度良いからな」
「ですが、言って頂ければ私達の屋敷にお泊めいたしますが」
「それではそちらの気が休まらないだろう? 毎回臨時で雇う訳にもいかないだろうからな」

 確かに今回臨時で雇い入れた三人も、内二人はシキの領民ではない。気を使わなくて良いと言っても、ソルフェリノ義兄さん達が来るとなるとやはり増員はしたいと思うし……そういう意味ではありがたくはある。

「だから何処か外れにでも家を建てたいと思ってな。そして義弟達を見習って夫婦でイチャイチャしたり、家族と団欒する! 他の従者はレインボーに泊まらせてな!」
 
 もしかしたらこっちを気遣うよりも、そっちが大きな目的じゃないかな、別の家で過ごす理由。

「ソルフェリノ様。あまり私や他の従者を困らせないでください」

 そしてそれらの発言を聞き、シロガネさんも困ったようにソルフェリノ義兄さんも言っていた。まぁ護衛も従者も居ない状態の主と別の所に泊まるとか、例え休暇としても気が気では無いだろうからな。その心配もさもありなんである。

「私の従者をしない間は、カナリア嬢にアピールするチャンスが増えるぞ?」
「…………」

 おい悩むな右腕さん。好きな相手と過ごせる時間が増えるのは嬉しいだろうが、その条件だとデメリットが大きいと気付いて欲しい。

「義弟よ。好きな女が相手なら、デメリットが多くとも構わないと思うのが男だと思うんだ」
「否定はしませんが、俺の心をあっさりと読まないでください」

 あと、それをシロガネさんの前でも言うのもどうかと思う。

「まぁ、従者を他の所に泊めるというのは冗談だが」
「冗談なんですね」
「うむ。しかし家を建てたいと思うのは事実だ。ヴァイオレットか義弟の紹介で建設する者を紹介願いないだろうか」
「紹介は出来ますが、シキには今空きの屋敷が一つあります。よろしければそちらを使われますか?」
「ほう、それは良いな。実際に確認はしたいが……空きの“屋敷”となると、誰か貴族が住んでいた所であるのか?」
「いえ、シキ在住の大工集団が勢い余り間違って屋敷を数個ほど多く作りまして。いくつかは“俺達に解体させろ!”という要望により解体したのですが、一つだけはまだ未解体なのですよ」
「すまない、なにを言っているか理解出来ない」

 先程別の問題が起きると言ったが、それがこの問題である。
 シキには腕の立つ大工集団が居り、依頼があれば素早い建築を行い、立派な家を作ってくれる。
 しかしこの集団は仕事中毒ワーカホリックであり、建てるか修理するか、解体していないと気が済まない性格の集団だ。そのせいで余所では「なんで知らない建物が出来ているんだよ!」と、利用用途不明の建物が出来るという、傍から見たら恐怖心を煽るかなにか計画を立てていると誤解を招いたためシキに来た集団なのである。
 とはいえ、腕は確かなので以前シキに軍と騎士と学園の方々が来た時も急遽建物を作ってくれたお陰で助かりはしたのだが。

「以前シキで同時火災が発生しまして、いくつかの家が建て直したり修理する事になったのですが……その建てるという作業の楽しさに気分がハイになった彼らが、そのまま屋敷を数件建てたのです」
「うむ、説明は理解したが、何故そうなったかは納得出来ないな」
「兄様、シキで重要なのはそれです。理解出来なくとも納得する事ですよ」
「……確かにそうかもしれんな」
「納得されないでくださいソルフェリノ様」
「郷に入っては郷に従えだぞシロガネ」
「それは違うと思います」

 おお、ソルフェリノ義兄さんがシキに適応し始めている。良い事なのか、良くないかは分からないが……まぁ、今のソルフェリノ義兄さんの様子を見ればある意味適応しきっているのかもしれない。

「まぁ、ともかく今日はその屋敷を見てみるとするか。ムラサキ、それで構わないか?」
「…………」
「ムラサキ、どうした。先程から一度も会話に入らず黙るばかりだが」
「…………」

 ちなみに今のソルフェリノ義兄さんの様子……というか、ソルフェリノ義兄さんとこの場に居ても一切の言葉を発していないムラサキ義姉さんの様子について説明すると、簡単に言えば密着している。
 具体的に言うと、ソルフェリノ義兄さんが右手には紅茶を持ちながら椅子に座り、足を開いてその間にムラサキ義姉さんが座り。後ろから逃がすまいと左腕をお腹部分に回して抱きしめ、後ろから抱きしめられたムラサキ義姉さんは顔を赤くして羞恥で一杯一杯、といったのか今の二人の様子である。
 まぁようは朝っぱらからイチャイチャしてる。ムラサキ義姉さんは俺達に助けを求めるようにチラチラと見るのだが、俺達は敢えてなにも言わずに会話を進めているのである。

――微笑ましいなー。

 俺達も昔、ミス&ミセス&ミスターコンテストの結果発表待ちの時あんな風にやっていたなと懐かしく思いつつ、すっかり仲良くなった義兄夫婦を微笑ましく見る俺達なのであった。

「貴方達、後で覚えておきなさい……」

 ……恨みがましい声が聞こえた気がしたが、きっと照れ隠しだろう。

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