追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

どっちもバカ夫婦


「外でのんびりするのも、偶には良いな」
「ええ、なんだかんだで外に行くと仕事が絡むか、誰かが絡んできますからね」

 俺が温泉施設の前で待機している間、着替えの服とタオルを持ってきたヴァイオレットさん以外は結局は誰も来なかった(後で聞いたがヴァイオレットさんが屋敷に行った時に温泉は貸し切りだと伝えたらしい)。そして中の愉快な会話を聞きながら俺とヴァイオレットさんはのんびりと話しながら時間を潰していた。
 時折こののんびりとした時間も、ソルフェリノ義兄さんが俺達のために作った時間なのではないかと思う時もあったが、同時に聞こえてくる中からの愉快な会話が判断を鈍らせてもいた。

「うむ、良い夫婦交流が出来た。そして交流の場を作ってくれた事に感謝するぞ、ヴァイオレット、そして義弟よ!」

 そして俺が温泉の扉を閉めて一時間半後。再び中から出て来たソルフェリノ義兄さんはとても晴れやかな表情をしていた。やっぱり己が欲望を満たすためだったのかもしれない。

「…………ぅぅ」

 そして中から出て来た晴れやかなソルフェリノ義兄さんに対し、ムラサキ義姉さんは何処かお湯に浸かった火照りとは違う様子で出て来ていた。綺麗な髪がストレートではなく、アレンジが加えられているのはソルフェリノ義兄さんが触った結果であり、謎技術で抑えられている胸元を恥ずかしそうに手で抑えているのは……うん、あまり触れないようにしよう。

「コホン、ヴァイオレット様、クロ義弟ちゃん。私達が温泉に入っている中、見張りをして頂きありがとうございます。お陰でゆっくりつかる事が出来ました」

 しかしすぐにムラサキ義姉さんは持ち直し、雅な様子で俺達に感謝の言葉を言って綺麗な所作で礼をした。流石は前世の俺が住んでいた国の昔の様子と似た国に居たご令嬢だ。まさに大和撫子、といった所作である。

「いえ、そもそも私が協力してムラサキ御義姉様を逃げられないようにした責任がありますから」
「……その件に関して言いたい事はありますが、可愛い義弟ちゃんの悪戯という事にしておきましょう」

 わぁ、閉じ込めてあの愉快な会話と、恐らく起きていたであろう行動をするはめになった恨みと、それはそれとして嬉しい部分もあった複雑な感情が混じってる。俺を恨むのはなにか違うとは理解しているが、それはそれとして感情では小言を言いたい、という感じである。あと俺の事ちゃん付けで呼ぶのはちょっとやめて欲しい。ちょっとだけ気恥ずかしいし。

「……ムラサキ義姉様」
「どうかされましたか?」
「私の夫に対する呼び方ですが……その、ちゃん付けで呼ばれてますが」
「はい、そうですね」

 お、どうやらヴァイオレットさんが代わりに言ってくれるようだ。良かった、さっき会ったばかりの人だから、どう言えば良いか分からなかったんだよな。

「クロ殿をちゃん付けで呼ぶのなら、私もちゃん付けでお願いします!」
「ヴァイオレットさん!?」

 くっ、なんとなく予想はしていたが、そう来たか。

「分かりました、ヴァイオレット義妹いもうとちゃん!」
「ありがとうございます!」

 ……色々言いたい事はあるが、ヴァイオレットさんの「お揃いの呼び方をされている!」というような嬉しそうな表情に免じて、呼び名についてはこれ以上言うのはやめておこう。……ふふ、お揃い良いな。

「しかしムラサキお義姉ねえちゃん」
「はい、なんです?」

 あ、そっちもちゃん付けになるんだ。……俺は流石にやめた方が良いよな、

「ソルフェリノ兄様とは……仲直りをした、という事でよろしいのでしょうか」

 ヴァイオレットさんは何処か聞き辛そうに、二人の様子を確認しながら聞いて来た。
 中から聞こえて来た会話や、今の様子を見た限りでは仲は深まったようには見える。あの様子のソルフェリノ義兄さんを見てムラサキ義姉さんが幻滅しないかとかも心配したが、今の様子ではその様子は見られない。
 だが、それと“喧嘩”の仲直りをしたかは別問題だ。教育方針の違いという、夫婦の仲を裂く事柄としては珍しくもない喧嘩。それがどうなったかが気になる所ではある。あまり触れない方が良いかもしれないが、そこはハッキリさせておきたい事でもある。

「色々言いたい事はありますが、とりあえず勝手に家出した事に関しては、背中を流す時に一発かました張り手で手をうちました」
「そ、そうですか」

 ああ、あの小気味良い音はそれだったのか。あとムラサキ義姉さん結構アグレッシブだよな。

「教育方針に関しては、まぁ……もう少し話し合いますよ」
「話し合う、ですか」
「ええ。バレンタイン家の教育で、このように無計画な者が育っても困りますし」

 そう言いながらソルフェリノ義兄さん(無計画な者)をチラリと見るムラサキ義姉さん。これは……俺達が聞こえなかった所で、色々話し合いが行われた、という感じだろうか。そして良い方向に向かって行っている……と思いたいが、そこはこれからかもしれない。
 ……どちらにしろ、義兄さん達はもうちょっとシキに滞在し、滞在中は色々やりそうだな。

「俺が無計画なのは仕様が無いだろう。お前に対して自分の気持ちに素直になると、好きが溢れて計画が出来ない位に心が乱れるんだ」
「っ、ぅ……!」
「痛いぞムラサキ。無言で抓るな。だがその痛みもお前からだと愛おしいな」
「………っぃ………!!!」

 そして滞在中はこのイチャイチャを見せつけられそうだな。……戻ったら向こうの従者達は変化に驚きそうだな。……この変化が「シキに行くとやはり性格が変わる!」という噂を後押しする結果にならないよな。大丈夫だよな?

「クロ殿、クロ殿」
「なんです?」
「愛する者からの痛みは愛おしいのか試したいのだが……」
「もしや“やってはみたいけど、意志を持って痛みを与えるのは憚られる”と思っていません?」
「! よく分かったな、クロ殿」
「まぁ愛する相手の事ですし。それに試さなくても結果は見えていますよ?」
「結果は見えていてもやってみたくは思うんだ」
「おお、なるほど!」

 それは盲点であった。確かに試したくなる気持ちは分かる。
 俺も同じくヴァイオレットさんに痛みを与えたくないが、確かに試してみたいという気持ちもある……!

「……ソルフェリノ様」
「なんだ、ムラサキ」
「シキに居る間は、彼らのいちゃいちゃを常に見る事になるのですかね」
「なるほど、私達も負けないようにイチャイチャしたい……そういう事だな!」
「ち、違います!」

コメント

コメントを書く

「恋愛」の人気作品

書籍化作品