追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

血を感じる?


――なんか血を感じるなぁ。

 それが血なのか、似たような事を言ったのを血と思っているかは分からないが、昔何処かで聞いた「自分を抱け」発言を俺は聞いていた。
 俺の今の状況は、シキの温泉の前にて待機をしながら、中の義理の兄夫婦の会話の内容を聞いている、という、昨日の俺に今の状況を言っても「なに言ってんだ」と言われるような内容の状況だ。なお、先程まで一緒に居たヴァイオレットさんは、現在屋敷に戻りムラサキさん……ムラサキ義姉さんの着替えを取りに行っているため、一人である。

――盗み聞きは良くないんだろうけど、聞いておこう。

 誰かが来た時のために状況の説明をし追い返す役目と、なにかあった時のために対応出来るようにしないと駄目なので、温泉の前からは離れられないし、中から聞こえてくる会話を聞かない訳にもいかない。ので、結果として盗み聞きする形となってはいるが……言われた仕事をしているのだから、別にそのくらいは許されるだろう。

「な、何故抱くという話になるのです!」
「自らの欲望を曝け出すだけでは良くないと判断し、お前が好きなようにして、それを受け止めるという覚悟の表れを言語化したものだ! というよりは愛するお前の全てを俺は受け止めたい!!」
「っ、ぅ……。と、突然家出した事といい、温泉に入った事といい、行動が欲に支配されすぎやしませんか!」
「ムラサキという最高の妻を前に欲を抑えきれるものか!」
「ありがとうございます抑えてください!」

 ……まぁ、聞いていても許されるだろう。後からムラサキ義姉さんに近くに居たのに何故助けてくれなかった、的な恨み節は聞かされる可能性もあるが、なんだかこの愉快な会話を聞いているとしよう。

――けど、自分の気持ちに素直になったから、か。

 聞こえてくる会話の内容でふと耳に残った言葉。
 俺は正直言うならば、ソルフェリノ義兄さんの心情の吐露を聞いた時、初めの方は「この人はただ重圧から逃げて、見えている綺麗な部分だけを欲しがっているだけなんじゃないか」と思った。
 可愛い女の子と遊びたかった、とか、無計画に家出をして俺達夫婦に妻の説得方法を一緒に考えてくれないか、とか。積み重ねを無視した上辺を欲しがっているだけだと思っていた。いわゆる子供の駄々に見えたのである。
 しかし会話をしている内にソルフェリノ義兄さんは、願望は言うけれど、責任感はあり、重圧からは逃げられない……言ってしまえば、ブラック企業で働くような精神を持つ管理職じみた人だと思った。

――ああ、いや。自らをブラックにして他者をホワイトにするタイプ、かな。

 ソルフェリノ義兄さんの監視者に聞いたのだが、彼は昨日の夜も“仕事”をしていたそうだ。初めはシキでなにかをするためのモノかと思ったのだが……どうやら自身が不在の間でも手紙のやり取りで済ませる事が出来る仕事を一人でこなし、翌朝それを送ったり、シキに連れて来た従者達に対し、自分が実際に見て仕事の内容を修正したシキで行う領主おれたちへの手伝い方法を記した計画書を作成していた。そして俺達の許可を得て今はその計画書の指示に従い彼らはそれぞれの仕事を行っている。
 しかもそれらは従者達が寝静まった後、一人でやっていたのだ。誰かに言うのでもなく、周囲に気取られぬように、仕事が終わって最大限の余暇を楽しませるために計画をしていたのである。

――無計画で来た、か。

 ……ソルフェリノ義兄さんはそう言っていたが、結局は巻き込んだ申し訳なさが勝って周囲に気を使う事となっている。だから俺は彼を「ああ、やはり逃げられない人なんだ」と改めて思った。

――……けれど。

 ソルフェリノ義兄さんへの評価が固まりつつある中、俺は一つの疑問を抱いた。
 それは「ソルフェリノ義兄さんは、妻の事をどう思っているのだろう」という事だ。
 ヴァイオレットさんからムラサキ義姉さんはソルフェリノ義兄さんの事を好いていると聞いていた。しかし同時にバレンタイン家の次兄として振舞う姿が好きなのだろうとソルフェリノ義兄さんは言っていた。
 けれどソルフェリノ義兄さんのムラサキ義姉さんへの感情が見えなかった。
 好いているのか、嫌っているのか。
 愛しているのか、無関心なのか。
 彼は妻に対し、どう感じているのだろうと、疑問だった。……もしかしたら、彼は妻を物としか扱っていないのではないかと危惧していた。

「けど、杞憂だったなぁ……」

 しかしそれは俺の杞憂であるという事を、先程――ムラサキ義姉さんのあの大きなお胸の抑えが弾け飛んだ後、俺達が応接室から出た後の会話で、それが無いと分かったのである。







「義弟は服を縫えるのか?」
「ええ、一通りは縫えますよ」
「しかし、その服は特殊だ。一通りの事をこなせるシロガネや、うちの従者達も理解しきれていないが」
「大丈夫ですよ。この手の服は学校――のような所で学び、何度も縫いましたので」
「……ほう」
「では、早速縫って来ますね。……ふふ、いつか作ろうと買っておいた糸が役立つ時が来た……!」
「あー……義弟よ」
「はい、どうしました?」
「すまないが、縫い方を教えて貰う事は出来るだろうか」
「構いませんよ。シロガネさん……は、今居ないので、誰か従者の方に縫う姿を見せればいいですかね。本格的に教えるのはあの格好のままムラサキ義姉さんを長時間放置する訳にもいきませんので、後ほどになりますが……」
「ああ、そうではなく……私に教えて貰えないか」
「え。……ソ、ソルフェリノ御義兄様に、ですか?」
「そうだ」
「し、失礼ですが、何故でしょうか。ソルフェリ御義兄様がやらずとも、誰か別の……」
「……妻の故郷の服なんだ」
「え?」
「夫として、今まで抑え――いや、無視してきた妻の事を理解したい。今更、という話かもしれないが、だからといって理解する努力をしないのは違うだろう?」
「え、ええ」
「だから知識としてだけ知っている妻の故郷の服を――妻が最も好んで着ているその服について知りたい。……そう、思ったんだ」
「もしかしてですが、ソルフェリノ御義兄様は――」







 ……まぁ、なんというか。
 その時のソルフェリノ義兄さんは、好きだと自覚した人が、距離のつめ方が分からず不器用ながらも相手を分かっていこう、というような、ムラサキ義姉さんに対する好きという感情が感じられた。
 それを見て俺はこの人は「懸命に頑張ろうとしている不器用な人」という、俺の大好きな何処かの誰かと似ていると感じたのである。

「よし、では俺がムラサキの背中を流す、で手をうたないか」
「手をうたないか、ではないですよ。なんでそうなるんです」
「……駄目か?」
「うっ。そんな可愛らしく言われても……わ、分かりましたよ! 良いですよ!」
「そうか! ついでに髪も洗って良いだろうか」
「思ったよりもつめて来ますね……良いですよ、けれど終わったら私もソルフェリノ様の背中と髪を洗いますからね!」
「ありがとうムラサキ!」

 ……変に暴走するところもある意味似ているかもしれないな。やはり血なのだろうか。

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