追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

破廉恥(:紫)


View.ムラサキ


「と、いう訳でここがシキの温泉だそうだ」

 おかしい。

「義弟が中を確認し、誰も居なかったためそのまましばらく貸し切りにしてくれた」

 おかしい。

「俺達が利用するのは元は男湯の方だ。利用前に偶然居合わせた神父と修道士見習いが浄化などをしてくれたので清潔に関しては問題はない」

 おかしい。

「夫婦水入らず、ムラサキの故郷で言う所の裸の付き合いだ。ご厚意に甘え、早速入るぞムラサキ!」
「こんなの絶対おかしいです!」

 私は耐えきれず叫んだ。
 とんとん拍子に進んでいく私とソルフェリノ様のこ、混浴の段取り。夫婦であり、子宝に恵まれてはいるので裸を見られた事自体はあるのだが、あくまでも暗い部屋の中で。しかも数年前の話だ。当時も胸をあまり見られない様に気を使いながらだったというのに、まだ周囲が良く見える時間帯な上に、準備もなにもしていないので急に混浴と言われても困る。

「おかしいと言われてもな。ムラサキは一緒に入りたくはないのか?」

 そんなの入りたいに決まっていやがりますですよ。お背中お流ししますとか、一緒に露天風呂に入りながら月を見てお酒を注ぐ、とかやりたいに決まっていますです。

「ほう」

 けれど準備があるのです。公爵家の女である以上は日頃から身体を整える事自体は怠ってはいません。しかしそれとは別の所での準備が必要なのであるのです。具体的に言うと髪と肌の手入れと下着なるモノ準備です。前者はそれを整えるためにお風呂があるのだろう、と仰る? そんな事は知っています。知ってはいますけどそんな理屈が通用すると思ってはいけません。いついかなる時もソルフェリノ様には綺麗な私を見て貰いたいのですから、お風呂に対する理屈なんて無視ですよ、無視。。

「つまり、綺麗なお前であるなら一緒に入る、という事か」

 そうですね。クロ義弟ちゃんの屋敷に着く前に身嗜みは整えましたが、髪も急いできたせいであまり整えていません。肌も乾燥……とまではいきませんが、もっと整えたくは思いますね。

「なら問題無い。お前は世辞など抜きに綺麗であるからな。よし、では行くか」

 綺麗と言われて嬉しい事は嬉しいです。そういわれては、せっかく準備して貰った事ですし、クロ義弟ちゃん達にも悪いですし、貸し切りなら他に誰も見られませんし、汗を流したりするには丁度良いですから――

「――あれ?」

 ……あれ、もしかして声に出てました?







 ……結局入ってしまった。
 気が付けば温泉の扉の中に入り、入った瞬間にソルフェリノ様が「義弟よ、扉を開けさせるな!」という命令を下し勢いよく扉が閉まり、中に閉じ込められた。もう一つ扉はあったのだが、そちらの方は先んじて封鎖されていると言われた。くっ、こういう時のソルフェリノ様の手際の良さが憎い……!

「ムラサキ。折角の夫婦水入らずなのに、そう離れては意味がない。もっと傍に寄れ」

 そして中に入るとまずはソルフェリノ様が脱ぎだした。私は脱がせてあげようかと思ったのだが、「その場合は私がお前の服を脱がせる事になるが」と言われて大人しく別々で着替える事になった。
 胸に巻いた物をほどいたり(ほどかずに入ろうとしたらソルフェリノ様にちょっと怒られた)、髪を纏めたりするので少々時間がかかったため、私はソルフェリノ様より後に入る事になった。
 そして掛け湯をし、入ったのは良いのだが……やはり恥ずかしい。
 この、湯につけると嫌でも浮くこのみっともない物をソルフェリノ様に見られるのも、近付けるのも嫌だ。見られずに過ごすためには離れつつ、後ろについて話し合いをしないと駄目であり――

「よし、では逃げないように横に行こう」
「にゃっふす!?」
「随分と可愛らしい悲鳴だな」

 ああああああソルフェリノ様が近付かれてきた! しかも真横!

「逃げるなよ。逃げたら追いかける」

 ああああああああ、しかも肩に手を回して来た!
 破廉恥か。ソルフェリノ様は破廉恥なのか! いや、ソルフェリノ様が破廉恥なはずないな。そのように考える私こそが破廉恥なのだ。だから私は相応の対応をしなくてはいけない! ……破廉恥の相応の対応ってなんだろう。

「ソ、ソルフェリノ様。御戯れはおよしになってください」
「私がお前に対して戯れた事は無いのだが」

 そのようなはずは無いはずだ。でなければこのように温泉に浸かりはしないし、身を寄せ合うなどするはずがない。
 私が魅力的な女……それこそ先程の開放的な三人の女子オナゴのような女ならば納得は出来るが、私にそういった魅力は無い。……選んで貰った事はあるが、寵愛を下さっているとは思えない。
 今こうしているのも、きっと私を惑わして話し合いを有利にしようとしての行動のはずなのだから。

「話し合い。……話し合いか、そうだな。私とムラサキの愛し子の教育方針について話さなくてはならんな」
「? まるで今やっている事はそれとは関係無い行動かのような発言に聞こえますが……」
「聞こえるもなにも……は今回、なにも計画を立ててはいない」
「はい?」
「俺は今回なにも計画を立ててはいない。いや、正確には来る前には立てたのかもしれないが、昨日も今日も私の行動は全て無計画アドリブだ」
「あどりぶ……」

 ソルフェリノ様はよく分からない事を言うと、湯に浸かりながら空を見上げる。

「……なにせ、ある証明がされてしまったのでな」
「証明、ですか」
「ああ。俺も出来るかと試したかったんだよ」
「……何故、出来ると思われたのです?」

 私の質問に、ソルフェリノ様は――今まで見た事の無い、弱くも人間らしい表情を浮かべるソルフェリノ様は何処か物憂げな表情を浮かべながら、ある言葉を呟いた。

「俺と同じバレンタインな妹の、あんな幸せそうな表情を見せられたら、俺も家族を愛せるんじゃないか、とな」

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