追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活
異次元(:菫)
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「……そこの二人、席を外せ」
問いかけられたソルフェリノ兄様は、まずムラサキ義姉様の後ろに控えていた二人の従者にそう告げた。
「……奥方様、いかがいたしましょう」
「ソルフェリノ様がそうすることでしか話せないと言うならば」
「そうだ」
「……外しなさい」
「承知いたしました」
告げられた二人の従者は、確認を取った後に礼をして部屋を去っていく。私達も一緒に部屋を出た方が良いのではないかとも思ったが、出て行くように言われてない上のでこのままでいる。
「……出て行った理由はお前との教育方針が合わなかったからだ」
そして従者達が部屋を出て、少し経つとソルフェリノ兄様は口を開く。
その様子は先程のようなどうすれば良いかと言うような様子でも、私達に来訪理由を告げた時のような様子でも無い。
私が今まで見てきたような、普段通りで感情が読み取りにくい冷たい兄様であった。
「……だから妻と子を置いて出て行った、と言うのですか」
「お前も子を置いて行っただろう」
「このような場に我が子を連れて来れる物ですか。婆やに頼んできましたよ」
「そうか、なら安心だ。来る前に“預けられた場合の教育方針”を伝えたアイツなら下手な教育をしないだろう」
「下手な教育、ですか」
「ああ、ウィスタリアお父様が私と妹に施したような、バレンタイン家の教育の事だ」
「…………」
ソルフェリノ兄様はまるで予想通りの事が予想通りになった事をただ“報告”するかのように、ムラサキ義姉様と会話をする。対しムラサキ義姉様は明確になにかを言いたそうな表情をするが、今言った所で意味が無いというように必死に胸を抑えながら我慢しているように見える。
「貴族として。公爵家として。上に立つ者としての教育は厳しくある必要があります」
「そうだな」
「勉学、運動、魔法、立ち居振る舞い、貴族としての在り方……帝王学は幼少期から教えるべきです。“自分は他の者とは違う”。その自覚を持たせるべきなのです」
「そうか」
「……国のために、民のために。我が子をバレンタイン家として相応しき者へと成長させる教育が間違っているというのですか」
「そうだ」
「――っ、……何故そのような事を……!」
兄様は淡々と。
なにを言われても受け入れる気が無いと言うように。
相手に興味が無いように――目の前の相手が妻であるのに、まるで他人を相手しているかのように、受け答えをする。
「“そのような事”の理由を私は言ったはずだ。同じ事を二度説明させる気なのか」
「二度の説明を望むほどに、納得が出来ていないのです!」
そしてムラサキ義姉様はその態度に業を煮やしたのか、立ち上がって机に掌を叩きつけた。
「貴方様は今までも、そしてこれからも崇高な御方です! 私が愛する故郷を離れ、この遠き王国に嫁ぐ事が苦と思わぬほどに尊く気高かったのです! それなのに何故貴方様は、あのような事を……!」
ムラサキ義姉様は今からでも“そのような事”の言葉が嘘であって欲しいというように、懇願するように訴えかけた。この場に居る私やクロ殿など忘れたかのように、ソルフェリノ兄様に問いかける。
――“私のような男になって欲しくない”、か。
ソルフェリノ兄様は喧嘩の際にそのように言ったそうだ。
自分のような男になって欲しくない。
私と同じ“失敗”をして欲しくはない。
我が子に同じ轍を踏んで欲しくない。
という、自分のような道を歩ませたくないソルフェリノ兄様。
――対して兄様に憧れを抱くムラサキ義姉様。
ムラサキ義姉様はソルフェリノ兄様の在り方を好いている。
偉大なる夫のように我が子が育って欲しいと願い。
ウィスタリア公爵のように王国を支え。
ライラック兄様のように帝王の気質を持って欲しい。
そんな彼らを育て上げた、バレンタイン家の教育を進めようとする。
――私が居る時点で教育が必ずしも成功するとは思えないが……
ともかく、一概にどちらが正しい、正しくないとは言えまい。教育がどちらが正しいかなど、小さな子供を育てた事の無い私が偉そうに言える事ではない。
気持ちとしてはソルフェリノ兄様寄りではあるが、ムラサキ義姉様の気持ちも分かりはする。好きであった夫の在り方を否定されるなど、とてもではないが黙ってはいられないのだろう。私だってクロ殿が我が子に「俺のようになって欲しくないんでバレンタイン家の教育をしましょう」とか言い出したら間違いなく言い争うだろう。つまりはそういう事だ。
「……ムラサキ」
「……なんでしょう」
「お前が私に憧れを抱き、好いてくれているのは喜ばしい事だ。……だが、私の意見が変わる事は無い」
「っ――なん、で……!」
……だから、私はソルフェリノ兄様の態度に少々腹が立つ。
歩み寄る気を見せずに、妻に対し他人を相手するかのように拒絶する冷たい態度。それはあまりにも酷というものである。だから私はなにか言おうとした所で――
――ミシ?
ふと、妙な音が聞こえた気がした。
なにかが壊れる前の前兆のような音が、この部屋から聞こえたのである。
聞こえた場所はムラサキ義姉様の方から。初めは机を叩いた時になにか良くない亀裂でも入り壊れる前兆の音かとも思ったが、この部屋の机は以前首都から褒賞で持って帰って来た物だ。そうそう壊れる物でも無いだろう。
――ムラサキ義姉様の……身体の方から?
そして聞こえて来たのはムラサキ義姉様の方ではあるが、より正確に言うのならムラサキ義姉様の身体……先程手を当てていた胸の方だ。
ムラサキ義姉様の身体は細い方だ。スレンダーという言葉が似合い、身体は胸からお尻までスッと真っ直ぐのラインである。
クロ殿から聞いた話であるが、今も身に着けておられる姉様の出身の国の服装はそういった体型を際立たせ、美しく表現するそうだ。むしろ私のような体型の女性だと姉様の服は太く見られ、あまり似合わないそうである。ので、私がもし着るとしたら胸を潰す必要があるとか。
――そうなるとムラサキ義姉様も胸を潰して……?
ムラサキ義姉様は何度か会った事はあるが、基本服を着ている(最近麻痺して来ているが、それは当然であるだろう)。そして会う時は今と似た系統の服か、露出の少ない服で会っている。どちらの時も細い女性だな、とは思っていたが……もしやどちらも胸を潰していたのだろうか。
「私は貴方様の妻として、公爵家の女として――」
そういえば先程、ムラサキ義姉様は服装が乱れていたと言っていた気がしたが、まさかなにか――
「あ」
そしてソルフェリノ兄様がなにかに気付いたかのような反応をした次の瞬間。
「え――きゃっ――!?」
ムラサキ義姉様の可愛らしい声と共に、なにかが弾け飛んだ。
異次元が、存在した。
クロ殿が言っていたが、胸を潰すと言っても限度があるという。私ほどのサイズだと、クロ殿の前世にあったという専門のサポーターを使ってようやく潰れるという。それでも激しい運動は難しく、腹部に力を入れておかないといけないような圧迫感は感じるそうだ。
さて、急にこのような事を説明し出したのは、なにが言いたいかと言うと。
「コーラル王妃以上……?」
という、クロ殿が小さく呟いてしまいたくなるような、後で問い詰めたくなるような言葉を言うような物が、私達の前に突如として現れた。
現れた、と言っても実物を拝んだ訳では無く、服の下から充分に分かるほどのそれが、現れたのである。
「ぁ、ぇ……」
突如として起きた出来事に、当人は現れたモノとこちらを見て顔を赤らめつつ、どうして良いかと混乱した様子であった。
「…………。ソルフェリノ様。私はやはり我が子には愛を以って厳しい教育をし、素晴しい存在に――」
『続けるのか!?』
そして顔が赤いまま続けようとするムラサキ義姉様に、全員がツッコんだ。
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