追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

その感情の名は(:白銀)


View.シロガネ


 カーマイン殿下の奥方というと、聡明叡智、誉れ高き黄水晶シトリンなどという評価を受ける様な帝国出身の美しき女性だ。私も昔に何度かソルフェリノ様の付き添いでお会いした事はある。話した事はほとんど無いが。

「いえ、ソルフェリノ様。彼女はオール様ではありません。流石に私とてオール様は分かります」
「む、そうなのか。……早とちりをするとは、私も混乱しているようだ」

 ……いや、昨日の女性はカーマイン殿下の奥方――オール様では無いはずだ。オール様はエルフでもないし、あの女性はオール様ほど胸も無かった。服の上からとはいえ、彼女のスレンダーさは着痩せでは説明出来ないだろう。本当に美しいスレンダーさだったからな。
 というか……

「え、オール様、おられるのですか?」

 オール様も働いている、というのが信じられない。一体どちらに居たのだろうか……?

「黒髪の眼鏡をかけた女性が居ただろう?」
「はい、確かルオさんと……ああ、なるほど」

 ソルフェリノ様に言われ、ルオと言う名の女性を思い返すと……確かに色々と一致する。
 しかし……オール様は色々あったとはいえ現殿下である第二王子、カーマイン殿下の奥方だ。現役で政務をこなすランドルフ家の者だ。そのような女性が従者として働く。しかも、クロ様の下で働いているとなると、もしや……

――罰として、その身を捧げている……!?

 クロ様は去年まで良くない噂を持つ、カーマイン殿下と確執がある貴族であった。が、ここ最近の首都などでの動きを見て、その評価はなくなりつつある。
 おおやけにはなっていないが、カーマイン殿下が謹慎を言い渡されるほどの事をクロ様に対して行い、クロ様達はその補填というようにクリア教からの結婚証明書が発行されたのだ。キチンと判断できる者ならば、詳細は知らずともなにが起きたかのおおよその見当はつくだろう。
 そしてそのカーマイン殿下の奥方がクロ様の下で働いているとなると……うん、あまり触れない方が良いかもしれない。英雄色を好むというし、クロ様は運動能力は高そうだし、ヴァイオレット様だけでは抑えきれないのかもしれないな、うん。

「ええと、確かにルオさんはオール様です。ですが彼女はシキに慰安旅行中で、今回従者をやられているのも本人の希望で私達の助けをしているだけです。別に脅しているとかじゃないですからね?」

 そうなのか。それもそれで何故わざわざ夫の地位を地に追いやったとも言える相手の治める領地に行くのかは疑問だが……あまり触れない方が良いかもしれないな。

「クロ殿、急にどうしたんだ?」
「先程のソルフェリノ御義兄様の“深く知るべきではない”の発言や、シロガネさんの感じから、そこを否定しておかないと妙なレッテルを貼られそうで……」
「? どういう事だ?」
「なるほど、義弟はヴァイオレットだけで充分に夜の方は満足している、という事だな」
「ああ、なるほど。そういう誤解の話か」
「そういう事です」
「満足しているのか、クロ殿?」
「そこで俺に問い詰めて来るんですか!?」
「どうなんだ、義弟よ」
「ソルフェリノ御義兄様まで!? ええ、満足してますよ文句ありますか!」
「ない!」
「ない。……どうやらキスすら半年近くして来なかったと聞いたが、杞憂だったようだ」
「むしろ何故その情報を仕入れる事が出来たのかが気になりますね」

 ……ヴァイオレット様、あんな顔出来るんだな。
 以前のお遊びが嫌いな彼女であれば考えられないような、相手を揶揄って楽しむような笑顔。しかもそれをソルフェリノ様の前で出来るとは。……やはり、ヴァイオレット様は良い結婚を――

「……と、そうじゃなくって、今はシロガネさんの話ですよ」
「そうだったな。すまない」
「うちのシロガネが好いている女性の名前は分かるか、義弟よ」

 ……ん?

「シロガネさんが出会った相手ですが、おそらくうちのカ――」
「待ってください。なんですか、好いている女性って」
『え』
「え」

 ……え、何故そこで皆様そんな反応をする? なんで皆様揃って似たような表情をする? 黙っているバーント、なにか説明を――あれ、いつの間にかいない。
 バーントの事はともかく……なにか認識のズレは無いだろうか。

「あの、私はその女性を好いているという訳では無いのですよ。出会ったばかりで、よく分かりませんし……」
「だがな、シロガネ。お前はその女性と出会い、心臓が激しく脈打ったのだろう?」
「はい」
「頬も熱くなり、なにをして良いか分からなくなった」
「はい」
「女性が近付くと、それがより激しくなった」
「そうですね」
「ならばそれは相手の女性を好いている――つまり恋だ」
「……なん……ですと……!?」
「おお、まさかソルフェリノ兄様からそのような言葉を聞けるとは……」
「というか言って良かったんですかね、恋って……」

 え、恋? 私があの女性に恋をしている?
 ははは、そんなまさか。会ったばかりで碌に会話をした事が無い女性に恋? ははは、有り得ない有り得ない。
 確かにあの女性を思うと胸がドキドキする。
 あの女性が近付くと思考が鈍ってなにをして良いか分からなくなる。
 気が付くと昨夜はあの女性を思い出し、また会えたらなって思う。
 話をして、あの自信満々な可愛い顔をまた見たいと思う。
 結婚指輪をしていない事に心からホッとした。
 ただそれだけで、恋なんて話では――

「……あれ、これ恋じゃないか……?」
「あ、認めてる」
「言わなければコイツは気付かんよ」

 おかしい、何故か否定する要素が見当たらない。本当に何故だろう。
 いや、落ち着け私。これが恋でない事を証明すれば良いんだ。
 ようするに想像をすれば良い。例えばクロ様とヴァイオレット様のように、互いが好き合っている関係の夫婦にあの女性となれたらどう思うか。先程のようなヴァイオレット様の笑顔を引き出せる会話が出来たら私はどう思うのか。
 想像して「なにか違う」と思えば、私のこれは付き合いたいという衝動である恋などではないという事に――

――あ、めっちゃ嬉しいわ。

 彼女が先程のヴァイオレット様のように笑ってくれたらどんなに嬉しいか。というかそれを想像したら昨日のような不整脈が起き始めた。だが昨日とは少し違うような、どこか心地の良い締め付けられるような感覚。不思議と生の感情が沸き上がって来る。
 ようするに今の私、今までの私とは違う感情に支配されている。
 そう、彼女とヴァイオレット様達のような良い結婚をし、笑い合える家庭を築きたいと――

『溜まったものを出すだけの事に喜ぶ女の子供の面倒を、何故みなくてはならんのだ』

 ……イケない、考えるな。
 これは考えてはならない思考だ。切り替えろ、私。
 私はそれを望んではいけないと、何度も自問自答し続けただろう。

「改めてになりますが、シロガネさんが出会った相手ですが、おそらくうちのカナ――」
「いえ、名前は結構ですクロ様」
「え? ですが、恋しい相手を――」
「はい、恋しい相手の可能性が高いです。ならば私は彼女とこれ以上接するべきではないでしょう」
「えっと……?」
「私は不調の原因を知る事が出来ました。ならば今後は対応が可能です。未知の感情なので時間はかかるかもしれませんが」
「あの、会いたいとは思わないのでしょうか?」
「自らの意志で会おうとは思いません。会う事は相手にも失礼ですから」

 私に家庭は必要ない。
 私は最も愛するソルフェリノ様のために、家庭を築く手伝いを出来れば満足なんだ。
 ……私の血など、私で絶えれば良い。

「……申し訳ございません。これは私の勝手な感情によるものです。……本当に、申し訳ございません」
「……そう、ですか」
「…………」

 私が非礼を詫び、深く礼をする。礼をしながらでもこの部屋に居る者が皆、私を複雑そうな感情を交じりいれた感情で見ているのが分かる。
 ……本当に、申し訳ありません、皆様。私は今回のシキ来訪に来なければ良かったのでしょう。私は大人しく、滅私奉公を――

「困りましたね。もうバーントさんに彼女を呼んで来てもらっていたのですが……」
「え」

 確かに先程バーントが何故かいないと気付いたが、まさか――

「クロ――じゃない、クロ様ー? 昨日お会いした男性とまた会えると聞いて来たのですが、入って良いですかー?」

 ノックの音三回。そして中を確認する、聞き間違えようのない、昨日の女性の声。
 …………よし。窓があるな。

「逃げるなシロガネ。此処に居ろ」
「くっ、離してくださいソルフェリノ様。離さないとムラサキ様が来られた時にムラサキ様の味方をしますよ!」
「例えそうなってでも、私はお前が目先の脅威から逃げないように、友として捕まえておきたいんだ」
「ありがとうございますー!」

 ええい、そういった友情を感じる台詞はもっと別のタイミングで聞きたかったよチクショウ。

「ソルフェリノ兄様があのような事を……」
「ですね。ええと、とりあえず……入って良いぞ、カナリアー」
「? はーい、失礼します」

 そうか彼女はカナリアというのか、なんという可愛らしい名前なんだろうか。
 あ、というかまだこの感情を制御で来てな――

「あ、やっぱり昨日お会いした御方ですね。おはようございます。昨日はありがとうございました。体調は大丈夫でしたでしょうか?」
「――――」

 ――――。
 うん。そうか。なるほど。そうだね。うん。うん。うん……

――チクショウ、明るい時に見るとスゲェ綺麗だなこのヒト!!

 落ち着いてられるかちくしょうめ!

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