追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

危険な女性?(:白銀)


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 昨日の夜に起きた不整脈はなんだったのだろうか。
 あの金髪の妖精との出会いから十数秒後に起きた、今までに経験した事の無い我が身の不調。思考が上手く働かず、なにをしているかが自分でも分からず、ただただ相手の行動に戸惑うばかりであった。
 あのような事が今後あっては今後の私の仕事にも支障が出る。反省をして今後は起こらないようにしなくてはならない。
 そのためにあの時の事を思い返す事で分析をし、不調の原因究明をしなくてはならない。

「シロガネ」

 ……のだが、上手く分析が進まない。
 思い返そうとするとあの時自分がどのような状況だったのかを思い出せない。具体的に思考をしようとすると、何故か相手の女性の事ばかり思い出すし、何故か次の瞬間には昨日ほどでないにせよ、同じような状況に陥る。そして分析を続けていくと次に思い返すのはクロ様とバーントによる私の体調を不安視するあの表情。そしてふと冷静になる。そんな事を昨日からずっと続けている。お陰で寝不足だ。

「シロガネ」

 とはいえ、寝不足はまだ良い。私は三日程度なら不眠不休で働ける。パフォーマンスを少し落としても良いなら一週間大丈夫だ。
 寝不足よりも寝不足の原因が分からない事が問題なんだ。いっそなにも考えずにいたり、分からない以上は仕様が無いと切り替える事が出来ればひとまず問題も解決するのかもしれないが、そうもいかないのである。

「シロガネ?」

 解決できない理由、それは私がこの問題を解決したいと願っているからだ。
 何故そのように願うかは分からない。だが考えないように思考を途切れさせようとすると、何故かあの時の女性を思い出すのだ。
 これは私が深層の中では問題を早期解決すべきだと思っている証拠であろう。早く原因を究明し、あの女性と再びであって問題を解決したと認識しないと私はこの先に進めない。
 ソルフェリノ様の従者として歩むには、早期の解決が必要なんだ――!

「シロガネ!」
「はい、なんでしょうソルフェリノ様?」
「なんでしょう、ではない。どうした、お前」
「はい?」

 どうした、とはなんの事だろうか。私はソルフェリノ様に淹れるための紅茶で、ソルフェリノ様が好む東にある国特有の茶葉を確認したから、クロ様とアンバーに許可を得て淹れていただけなのだが。

「お前、紅茶何杯淹れる気だ」
「え? …………屋敷に居る人数分ですかね?」
「疑問形で返すな。なにやってる」

 私が言われて自身が淹れた紅茶を見てみると、何故か十数杯は淹れられた紅茶が並べられていた。いつの間に私はこんなに淹れたのだろう。確かソルフェリノ様とクロ様とヴァイオレット様の三杯淹れるだけの予定だったのだが。けれど紅茶を淹れた後に少しでもいい味を維持したいと、カップごと【空間保持】をした魔法の痕跡が、私がこの紅茶を全て淹れたのだと証明している。
 ……つまり、あれか。私は紅茶を余計に淹れる事で、クロ様達の財産である茶葉を消費しまくったという訳か。……うん。

「ソルフェリノ様、私をクビにして下さい。その後自首して来ますので」

 まずは私が無職になり、ついでに手続きをして家名を無くした後、自首するとしよう。迷惑をかけないように、私だけが罪を背負って罰を受け続けるとしよう。

「落ち着け。お前の罪は私も背負うから、お前をクビにする事は無い。だから素直に謝ろう」

 ありがとうございます、ソルフェリノ様。その御言葉は素直に嬉しいのですが、もっと違う場面で聞きたかったです。







 とりあえず紅茶は屋敷に居る全員分を淹れ、全員に振舞うようにクロ様が取り計らってくれた。振舞われた方、特にバレンタイン家の従者側は「なにごと……?」というような表情ではあったのだが、とりあえず全員に行き渡ったようである。……あの女性も飲んだのだろうか。

「で、なにがあったんだ、シロガネ」

 それはともかく、今の私はこの状況を乗り切らなければならない。
 朝食を終え、昨日と同じ応接室に、同じメンバーである。ただ昨日と違うのは、クロ様達三名は私達を心配そうにし、ソルフェリノ様は外で振舞う時のような態度で私に詰問しているという事か。
 ここは冷静にしつつ、適当に流すとしよう。自分の中でも原因が不明な以上は答えようもないし、混乱も招く。例え不興を買ったとしても、答えないようにするとしよう。

「なにもございません。慣れない環境で戸惑っていたようです」
「昨夜ヴァイオレット達の寝室前で息を荒げていたようだな。このままだとお前は私の妹の情事を覗こうと息を荒げる変態という結論に至るが」
「ソルフェリノ兄様、その結論はおやめください」
「では義弟の情事にしておこう」
「ソルフェリノ御義兄様。内容は変わらないはずなのに何故かさらに嫌になりましたので、出来ればそれもおやめできれば、と」

 ええい、それを言われたらなにか答えるしかなくなってしまう。
 だがなにを言えば良い? 謎の女性について? 自身の体調不良について?
 昨日の夜、心配をしてくださったクロ様達にだって結局はなにも話さずにいた。理由はやはり“分からない”からだ。
 しかしここまで詰問されている……心配されている以上は、私の状況を話して解決と究明に協力してもらった方が良いかもしれない。従者としては良くない事ではあるが、ここは協力を願うとしよう。

「昨日の事なのですが……とある女性と出会いまして」
「女性、ですか」
「ええ」

 私は昨日起きた事をそのまま話した。
 とはいっても、要約すると「出会ってからのよく分からなくなった自分」を話しただけであるが。

「……ほう。なるほど」

 私の要領を得ない説明に対し、ソルフェリノ様はなにかに勘付いたかのような仕草を取った。
 流石はソルフェリノ様だ。私にも分からない事をあっさりと見当付けるとは。クロ様達の方は……「もしや?」という感じだが、ソルフェリノ様ほど確信を得ていないように見える。

「シロガネ。その女性の名前は?」
「名前は聞いておりません」
「では特徴を言え」
「クロ様達の従者の服を着られていて、金髪の綺麗な女性です。ただ、昨日紹介された中ではおられなかったのですが」
「……金髪、か。もしや女性にしては背が高かったか?」
「そうですね」

 む、その質問が来るという事は、ソルフェリノ様は誰か分かっているのだろうか。
 クロ様達は……先程とは違う「もしや?」という表情になっている。こちらも誰かは見当が付いているようだ。

「シロガネ。その女性にあまり接しないようにしろ」
「え。……な、何故でしょう?」

 そしてソルフェリノ様は変わらず静かな感情のまま、私に命令してくる。
 普段であれば素直に受け取る私であるが、急に言われてつい何故なのかと聞き返してしまう。

「決まっている。その女性の事を深く知るのは危険であり、ましてや恋……いや、仲良くなるものなら、お前が不幸になるだけだ」
「そう……なのですか……!?」

 一体どういう事だと言うんだ。何故ソルフェリノ様はあの女性と会う事をこんなにも否定される。あの女性の正体はなんだと言うんだ。
 ――はっ!? まさか私の昨日の状況は、あの女性が仕組んだ魔法の一種であり、それを一度受けてしまった以上私はもう彼女の術中という事なのか!? ならばそれも納得は行く。一度術にはまると、耐性どころか鉢の毒のようにさらなる術の深みにはまる事もあるという。だからソルフェリノ様はこれ以上近付くなと警告しているんだ。
 という事はクロ様達もその従者についてなにか――

「あ、あのー、ソルフェリノ御義兄様。そのような危険人物は当家は雇ってはいないのですが……?」

 ……あれ、クロ様達は「なんの事?」と、完全にソルフェリノ様の発言を疑問視している。なにかおかしいな。

「義弟よ。隠さずとも良い。私は分かっているんだ」
「ええと、なにがでしょうか……?」
「シロガネが出会った女性だが、彼女に手を出すとなにが起きるのかを。金髪の女性、なにせ彼女は――」

 彼女は……?

「カーマイン殿下の、奥方なのだろう?」

 ……え、そうなの?

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