追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活
良いお義兄さん?
食事中は味を楽しむために黙食の方が良い人も居れば、テレビや音楽などを鑑賞しながら食べる事もある。誰かと一緒に食べる時は誰かと他愛もない事を話したりもするだろう。我が屋敷ではよくヴァイオレットさんやバーントさんとアンバーさん、以前であればグレイも交え談笑しながら食事をしていた。今日なにかあったかとか、楽しかった事とか。そんな他愛のない話をしながらの楽しい食事である。
――貴族同士の食事は正直苦手だ。
そして貴族同士の食事というものは、基本会話をしながらの食事となり、会話というものは、食欲と味を楽しむ余裕がなくなるような内容のものばかりだ。俺自身成人後はあんな生活を歩んだため、そこまで貴族同士の食事をした訳では無いのだが……実家の屋敷でしていた食事会とか、とても居心地が悪かったのを覚えている。
「……なるほど、シキで義弟のサポートをする、のではなく、互いが足りない所を補い領主を務めている訳か」
「はい。……御父様に見捨てられたとはいえ、私もバレンタイン家の末席を務める者。恥じぬようにと努力をしております」
「努力をするのは当然だ。結果を出すのも当然。バレンタイン家ならば、過程と結果を両立させ、その先を目指す必要がある。それは分かっているな?」
「……はい。分かっています」
そして今回、多くの美味しい料理を用意して、良い記憶に残るよう尽力した夕食。
食事説明の際にはなんだか複雑そうな表情をしていたソルフェリノ義兄さんであるが、今は初めてであった時のような態度で食事をしている。
――ソルフェリノ義兄さんのあの感じも、他の従者が居る前ではしないんだろうか。
あの砕けたような、本音を吐露した感じで食事をするのならば、少しは気楽に楽しめるかと思ったのだが、ソルフェリノ義兄さんは初めて会った時のような圧を感じさせながら、淡々とした口調で厳しい事を言って来る。どうやらあの感じはシロガネさんの前だからした事であり、今のような他の従者達が居る前ではしないようだ。
――それもそうか。だからこそムラサキさんともめたんだろうし……
シロガネさん以外の従者や周囲に何処まで先程のような素を出し、今回のシキ来訪の理由も話しているかは分からない。が、普段は今のような感じで振舞えていたからこそ、妻に急な本音を受け入れて貰えずに喧嘩に発展したのであろう。
「だが、この一年お前の働きは見事なものだ。以前のお前であれば想像が出来ない」
「え。……そ、そうでしょうか?」
「そうだ。……以前のお前は頭が固かったからな。それを思うと、柔軟に対応し、領民にも受け入れられているお前は充分に成長している。バレンタインでは正しくなくとも、ハートフィールドとしては正しい成長を、な」
「あ、ありがとうございます!」
今もヴァイオレットさんを褒めた事に、僅かではあるが従者が動揺したように見えた(すぐ持ち直した)し、やはり普段は厳しめの態度を取っているようである。
……そう思うと、初めにあのような言葉を吐き出したのは、下手な印象をつける前に弱い自分を見せたかったのかもしれないな。
仮に今の後にあのような姿を見せられたら……見せられたら……うん、どっちもどっちだな。多分同じ「なんて?」という反応をしていたと思う。
「繋がりで言うと、多くの殿下達との繋がりを持った、というのも驚きだが、なによりも驚いたのはヴァーミリオン殿下との和解だ。殿下はこの地まで足を運んで謝罪の場を設けたという話ではないか」
「え、ええ、そうですね。私の提案を受け入れて貰い、シキにまで来ていただきました。とはいえ、殿下の友であるシャトルーズ・カルヴィン子爵令息や、メアリーという女性の――ああ、メアリーというのは……」
「メアリー・スーか。私もその名は聞いている」
「はい。彼女の助力があってこそです。……私ではヴァーミリオン殿下をあのような、親しみを持たせるような姿には出来なかったでしょうから」
「だが、その親しみやすいヴァーミリオン殿下に許しを得た。“ヴァーミリオン殿下が自ら足を運び、かつての婚約者と和解に相成った”という状況を作らせるほどにな。意味は分かるな?」
「それは……許しを請う事を許された、という事ですか。罪深い私に対し、同情……いえ、慈悲を……」
「違う。お前の学園での行動は確かに許されない事だ。だがお前はそれを挽回する態度と行動を示した。お前に対する一連の行動は同情でも慈悲ではなく、殿下なりの矜持を見せた結果だ。“自分の過去と現在を照らし合わせた結果”、のな」
「……そうであれば、嬉しいです」
「その感想で良い」
この一連の会話だと口調と態度こそ厳しいが、良いお兄さん、という感じだな。ソルフェリノ義兄さん。
……最後の方の会話はちょっとよく分からないが。多分「殿下は自分のために行動をした結果ヴァイオレットさんと互いに謝罪をしあったのだろうが、これはあくまでも私(義兄)の意見であるのだから、全部信じるのは良くない。あくまでも参考程度に留め、自分の考えは自分で持つという事を分かっているようで良かった」とかそんな感じだとは思うが、如何せん俺には難しい会話である。
難しいからお肉を食べて脳に「美味しい!」という栄養でも与えておこう。うん、美味しい!
「義弟よ」
「は、はい。なんでしょう」
危ない、美味しさを味わっていたら唐突に呼びかけられた。いかんいかん、折角良い感じにヴァイオレットさんが会話をしているというのに、俺が変な事をする訳にはいかないな。
「ヴァイオレットが斯様に笑うようになったのも、夫となった君のお陰だ。兄として感謝しよう」
「い、いえ。私がした事など、大したことではありませんよ。ただシキでの生活に馴染めるように努力をしただけです」
「つまり、余計に頑張る事はせず、日常の延長をしたからこそ妹は君の影響を受け、明るくなったという事か。だがそれも君が明るい性格のお陰だ。感謝するよ」
「ど、どういたしまして……」
……うーん、今の会話は俺の謙遜をフォローをされてしまった感じかな。下手に謙遜をしない方が良かっただろうか。
でも「俺のお陰だぜ!」とは流石に言えないだろう。なにせ最初の俺はヴァイオレットさんを悪役令嬢としてしか見ておらず、一人の女性で自分の妻、という感覚で見ていなかったからなぁ……
「君の子達も拾い子とは聞くが、学園でも生徒会に入るほどと聞く。シキの領民も君が領主となってから様々な良い物を作ると聞く。君はヒトを成長させ、まとめあげるのが上手いのだな」
「そう言って頂けると嬉しいです」
やった褒められたぜヤッホウ! ……なんて楽観視は出来ないな。
なんか色々と知られている感覚がある。先程のヴァイオレットさんとの会話もそうだが、言ってもいない事を知られていて、調べられている感が凄い。内容はまだ「有名なので知っているよ」程度の事だが、なんか……わざと徐々に情報を小出しにされている感かあるな。
「それにこの食事もシキの領民が……採って? 来たのだろう。素晴らしい食材は素晴らしい担い手が必要だ。……うむ、イサキも美味い。これはまるで今日捕ったばかりの味だ。本当に何故そんな味がするんだろうな。」
……いや、どっちだろう。なんかシキの領民に関しては情報でしか知っておらず、破天荒ぶりは知っていない気がするな。
「野菜も新鮮で美味しい。やはり土が良いのだろうか」
「八百屋の主人が土に埋まって土を厳選にし、育てているので」
「そうか、埋まって――埋まって?」
「はい。それに水も奥さんが自ら日夜水に浸かって水の気持ちを理解しようとしています。その甲斐あって良い水を使い、野菜が美味しくなっているんですよ」
「…………そうか。義弟は心が広いんだな」
「はい? ありがとうございます……?」
何故急に俺の心の話が出て来るのだろうか。
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