追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

琥珀の巻き添え


 歓待の準備をする、といっても難しい事をする訳でも無い。
 屋敷を綺麗にし、庭を整え、料理を作るための食材を用意し、なにか起きた時のための情報の周知をしておく。
 ようするに普段行っている事の延長。日々の生活にやや気合を入れて行う事が重要だ。交渉やサプライズを行う訳でも無いし、特別な事をわざわざする必要は無い。

「ウルトラマリンさんの呪われた絵画でもかけておきましょうか。そっちの方が“コイツは只者じゃない……!”的な感想を得られると思うんです」
「御主人様、落ち着かれてください。そういった意味での只者ではない、はただの不名誉です」

 だが少しくらいは見栄を張った方が良いかもしれない。そう思った俺はウルトラマリンさんの作品である、見ていると段々と正気を失い全てをかなぐり捨てて絵の中に飛び込みたくなる絵を飾ろうとしたが、アンバーさんに止められた。……うん、確かにこの方向性は違うな。素直に外に売り出す前に貸して頂いた名画――見ていると全てをかなぐり捨てて絵の中に飛び込みたくなるほど魅了される名画を飾っておこう。……あれ、どっちも同じのような……?
 ……しかし、見栄を張る用の調度品はどうにかなる。シキの芸術家領民は困った物を作る事も多いが、素晴しい作品も作る奴らだ。それらを飾れば、屋敷の無駄な豪華さも相まって充分に評価される。だが、別の問題がある。

「従者の人とか増員した方が良いのでしょうかね。御二人じゃ流石に厳しいでしょう」
「そうですね……流石の私共も大丈夫とは言い難いです」

 ……そもそも公爵家の御方を賓客として迎え入れる、というのにうちの屋敷は向いていない。屋敷は豪華でも、従者が二人しかいない時点で来客に向いていないのだ。
 今まではシキに来る貴族なんてまず居なかったのでどうにかなっていた。以前のお見合いの時もグレイやアプリコットが帰って来たのと、サポートにカナリアの助けがあったからどうにかなった。
 というか両家ともそれなりに交流がある知り合いが居たので、こちらの事情を鑑みてくれたというのもあるのだが……ともかく、今回はそうもいかない。いくらブルストロード兄妹がかなり優秀とはいえ、限度があるというものだ。
 カナリアにまたサポートをお願いするとしても、厳しい貴族が苦手になっているカナリアをあまり接しさせたくない。教会組だと一時的に神父様やシアンかヴァイス君ならフォローに入ってくれそうだが……いや、ヴァイス君は人と接するのは苦手だからな。あまり無理をさせられないし、やめておこう。あとは……

「マゼンタさんに頼んでみましょうか?」
「あの御方は完璧にこなすでしょうか、ソルフェリノ様はマゼンタ様のお顔をご存じでしょうし……」
「……共和国で行方をくらまし、王国で伏せってるとされ表に出ていない現国王の妹が従者やってたら、マズい、ですか」
「ですね」

 シスターでもあれだが、まだ説明が出来る。というかあまり表立っては探らない様にするだろう。しかし辺境で領主の従者をやっていたら……うん、あらぬ疑いをかけられそうだ。

「カーキーにでも頼みます?」
「御主人様は自殺願望がおありで?」

 酷い言い草である。アイツ一応辺境伯の息子だから、立ち居振る舞いは……振る舞いは……うん、言動が駄目だな。なんで頼もうと思ったんだろう。

「ではオーキッドはどうでしょう」
「黒魔術とやらでお顔がお見えになられませんが、よろしいので?」
「だからこそです」
「はい?」
「なんか触れたらマズい、ってなると思うんです。顔が見えない事を下手に口を出したらイケない、って感じに相手をけん制する意味も兼ねて従者に……!」
「御主人様、もしや来客に対する不安でお疲れになっておられるので?」

 そんなつもりはないのだが、確かに冗談がすぎるか。友人をそういった目的で使うとか良くない事だしな。
 他だと……依頼料を払ってシュバルツさんに頼むとか、後はグリーンさんに……あ、グリーンさんはこの前古傷がある膝を痛めてたな。エメラルドが激しい運動をさせない方が良いといってたし、やめておくとしよう。
 他には――

「話は聞かせて貰った!」
「誰です!?」

 誰だ、その乱入する際に言いたい言葉を堂々と言う、思春期みたいな妄想をよく繰り広げている金髪の女性は!

「話は聞かせて貰ったのだよ、クロ様君」
「オールさん、なんですその口調」
「とにかく聞かせて貰った。だから詳細を聞かせてくれたまえ」
「ようはよく分かってないんですね。……昨日少しお話した件ですよ」

 俺は女性……まだシキに滞在し、シキに馴染んでいるオールさんに現状を説明する。

「なるほど、では私が従者として働きましょう。お世話になっているお礼です」
「いや、現第二王子の夫人にそのような事をさせる訳には……」
「安心しなさい。私は従者として仕えていた経験もあるのですよ」
「いえ、そこではなく」

 多分彼女を働かせるのはマゼンタさんと同じレベルでマズいだろう。ただでさえ俺は第二王子と色々あったという噂(事実)があるので、そこに第二王子の妻が従者としていたら……うん、色々勘繰るわ。

「大丈夫です。オーキッドさんに習った黒魔術で髪と瞳の色を変えますし、エメラルドさんに頂いた声色を変える薬草を使えば声も変えられます。後はアイボリーさんに教えて頂いた怪我――コホン、疲れにくい歩行術を使い立ち居振る舞いも変えましょう。それでも不安ならば、レモンさんに教わった忍術で体型を変えてご覧に入れます!」
「シキの方々と交流が進んでいるようでなによりです」

 本当にめっちゃ馴染んでいるな、オールさん。楽しんでいる感が凄い。
 しかし、そこまでしてくれるのならして貰いたい、と思う気持ちはある。だが彼女はこれから来るソルフェリノ義兄さんと同じお客様だ。彼女を頼るというのもどうかと思う。

「悩んでいるようですが、良いんですよクロさん。居る者は使おう、くらいで良いんです」
「ですが……」
「それに身分が高い女性が、変装をして従者として振舞う……ふふ、普段とは違う感じで接され、罰として鞭とかを使ったお仕置きをされたり、スカートをたくし上げ――」
「よし、オールさんは教会に預けますんで、よろしくお願いします」
「ああ、冗談ですからー! 妄想をするだけして、自分を律するために興奮するだけですから!」
「不安しかないですよ」

 その妄想を口にしている時点で信頼とかしようがない。……まぁこういった妄想を口にするのは親しくなった証拠なのだろうが、それでも不安が大きいというものである。

「お願いします、恩返しがしたいんです!」

 ……恩返しと言われても困るのだが、ここまで来ると下手に断るのも良くない気がして来た。というか恩返し、というよりは罪滅ぼし、という感情が見える気もするし。

「……では、条件付きでどうです?」
「条件ですか?」
「はい。先程の姿を変えた状態で、ここに居るアンバーさんの指導を受けて貰います」
「え」

 アンバーさんがなんか俺を一瞬凄い目で見て来た気がする。

「それでバレンタイン家の方々が来るまでに大丈夫だと判断されれば、手伝って頂くという事で」
「なるほど、分かりました。では、早速準備して来ますねー!」

 オールさんはそう言うと、滞在の間使っている屋敷の自室へと笑顔で早歩きで向かって行った。……しかし、こうして見ると、オールさん明るくなったなぁ、と、しみじみと思ってしまう。
 ……さて、次に俺がする事は。

「すみません、アンバーさん。よろしくお願いしますね」
「……はい」

 ……とばっちりを受けたアンバーさんに、きちんと謝っておかないとな。……まぁ、オールさん自身が優秀なのは確かだし、無理なら無理とハッキリ言っても恨みはしないだろうから、そこまで負担にならないと信じたい。……信じたい。

「御主人様、頼まれる代わりに近くで深呼吸をし、香りを堪能してもよろしいでしょうか」
「どうぞ」

 あと、俺の負担を少しでも減らしていきたいな。

 ――そんな感じに、準備を進めていくのであった。

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