追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

幕間的なモノ:とある幼馴染同士の会話


幕間的なモノ:とある幼馴染同士の会話


「それで、どうだった?」

 シキから首都に戻り、荷物を預けた後。
 寮に戻る前に寄った喫茶店で、口下手な幼馴染で腐れ縁の男は私を見ずに聞いて来た。

「ヒトを呼びつけておいて開口一番がそれ?」

 私は自身が注文した飲み物をもちつつ、幼馴染の男の隣のカウンター席に座り、呆れながら答える。

「ティー殿下とフューシャ殿下はわざわざ来て下さったのに、アンタは呼び出しの上に気も使わず質問かぁ。私の幼馴染は偉くなったもんだね」
「それは……すまないと思っている」
「まぁ良いけどね。アンタが口下手気配り下手なのは今に始まった事じゃないし」
「そこまで言う事は無いだろう」
「そこまで言う事なの。あと砂糖とミルク。どうせ見栄張ってブラック頼んだんでしょう」
「……すまない」

 私は呆れつつ幼馴染の男――シャルに砂糖とミルクを渡す。
 この男は甘い物が好きな癖に、甘い物を食べるのを軟弱と思っている男だ。メアリーのお陰で多少は人前でも食べるようになったが、こういった場所だと見栄を張って甘い物を避ける面倒な性格である。なのでいつも淹れている角砂糖二つとミルクを他のお客さんには見えない様に渡した。

――……まったく、こんな面倒な性格なのにこの男がモテるって言うのが分からないなぁ。

 この男は私と似て愛想も無いくせに、私と違って異様にモテる男だ。世の中の女性はこの男の何処に黄色い声をあげるほどに惹かれるのだろうか。この、私以外の女性のほとんどを、名前で呼ぶのが恥ずかしくて家名とかレディとか言って誤魔化す様な男だよ? ……それが良かったりするのかな。

「で、どうだったって言うのはお見合いが上手くいったって事で良いのかな、不愛想な騎士団長候補様?」
「……そうだ。上手くいったのか?」

 しかしまぁ、悪い男ではない。
 今も私が揶揄った呼び方をしたが、それを否定する事無く私の様子を確認している。普段であれば「その呼び方は父に不敬だ」とか言いそうなのに、私の軽口で私の気が紛れるのならそれで良いと思っているのだろう。……口下手な男ではあるが、心配な事で無視できない事があれば行動で示し、相手を気遣う事が出来る男だ。多分シャルにしては珈琲がブラックで大分飲めているのも、私が来るまで自身の気を引き締めようと飲んでいた結果だろうし、愚痴の聞きやすい場所で待っていたのもシャルなりの気遣いなのだろう。……本当、もう少しどうにか出来ないのかと思わずにいられないが、悪い奴でない事という事くらいは分かっている。なにせ十数年の付き合いだからね。

「心配してくれてありがたいけど、お見合いは無事成功したよ」
「……本当か?」
「嘘ついてどうすんの。アッシュを義兄様にいさまと呼ぶ未来が見えたほどには成功したって」
「……そうか」
「?」

 私はシャルにお見合いの成功を報告したが、何故かシャルは引っかかっている様な面持ちだ。ただでさえ仏頂面なので分かり辛いが、シャルはなにか私の発言に思う所があるようだ。でなければ成功したというのに、そんな表情をする訳が――あ、そうか。

「言っておくけど、御爺様が無理に婚姻したとかじゃなくって、互いの気持ちを踏まえた上で勧められたものだからね? しかも護衛騎士を諦めなくて良い形で」

 大方シャルはティー殿下やフューシャ殿下のように、私が無理に婚姻を結ばされたか、夢を諦めて関係を持った、というような事を想像したのだろう。そうでなければ浮かない顔をするはずがない。

「それは……スマルト様と良好な会話を出来たという事か?」
「そうそう。なんと出会ったその場で告白を受けたんだから。一目惚れからの大胆な告白、ってやつ?」
「そうか、お前は妄想と現実の区別が……」
「おいコラ。あんま私を舐めた事言うなまや」
「訛りが出ているぞ」

 しまった、シャルが巫山戯た事を言うのでつい訛りが出てしまった。
 まったく、これもそれもシャルが悪い。こうなったらシャルに訛りを使わせるほどに動揺させたいが、シャルは首都で勤務する親の影響で訛りがほとんど無いからなぁ。

「コホン。あんまり私を舐めた事言っているのではありません事よシャトルーズさん?」
「お前にさん付けされると変な感じだな……」
「では説明します事よ、シャトルーズ・カルヴィン卿さん?」
「その言葉遣いやめろ。俺が悪かったから」

 ともかく、私はお見合いの顛末を軽めに説明をした。
 スマルト君とは良好な関係を築く事が出来、正式な婚約成立までは行かないモノの、これからも良好な関係を築いていく事。婚約後も私は護衛を続けられる道が見えた事などを説明した。

「そうか、良かったなスカイ」
「ええ、良かった良かった。私の家も没落せずに済んだしね。……落ちぶれた私はお金を稼ぐために娼館に身を売り、日銭を稼ぐ毎日という未来を避けられた、ってわけ」
「スカイが娼館? ……フッ」
「なに、その笑いは」

 あくまでも冗談な未来の話であるが、そこで笑われると私が外見を武器にするほどの綺麗じゃない、と言われているようで腹が立つ。

「だってなスカイお前……それは俺が“家が没落したから男娼として身を売る!”と言っているようなモノだぞ」

 シャルが男娼? シャルが、男娼。

『こんばんはお客様。今宵、お相手を務めるシャトルーズというものだ。――今宵の事を一生忘れられないモノになるように、俺が夢を見せてやろう』

 …………。

「ぷっ、く、ふふふふふ」
「笑うほどか」
「だ、だって想像したら笑いが……ふ、ふふ、ふ……!」
「……自分で言っておいてなんだが、そこまで笑われると腹立つな。で、どうだ、俺がそんな風になると思うか」
「絶対にならない。そんな事するくらいなら全てを投げ捨てて修行の旅に出そう」
「だろう? 俺が思うスカイもそんな感じだ」

 私の場合はそこまでは行かないとは思うけど……確かに私は身を売るは身を売るでも、たぶん冒険者として冒険に身を売る旅立つ方を選ぶであろう。あるいは商売を始めるのも良いかもしれない。結構憧れているんだよね、お店を持ったりするの。

「ともかく、良かったなスカイ。お前の夢がまだ絶たれないようで良かった」
「ありがと」
「それとお前にも良い相手が出来そうで良かった。大事にしてやれよ」
「大きなお世話」
「五歳差か……お前の結婚式は二十三までお預けか?」
「そうかもね。それまでにアンタも良い相手見つけなさいよ?」
「メアリーより良い女はこの世に居るかという問いの答えは見つかるだろうか。見つからずに終わる気もするんだ。見つからずに終わるな」
「勝手に自分で納得しないでよ」

 なんだかんだで吹っ切れたシャルではあるが、初恋の相手がメアリー出会った事に変わりはない。メアリーは間違いなく良い子だし、あらゆる能力が高すぎる。過去を引きずる、という事ではないが、シャルの中のハードルが高くなった事は確かなのだろう。

「……ま、私みたいに、良い相手見つかるって」
「ほう、そう言うとはスマルト様とは本当に良い関係を期待できそうだな」
「まぁね」

 ……スマルト君は私には勿体無いくらいの良い子だからね。

「シャルも私みたいな複雑で特殊な状況を経験すれば、良い相手見つかるかもしれないけど?」
「複雑で特殊な状況?」
「初恋の相手が仲を取り持つ場を作りつつ、昔から知っている友人の兄弟を紹介される状況」

 正直言うと、あのお見合いは私にとって複雑な状況だった。なにせ場合によっては身体で婚約を勝ち取ろうとしているお見合いの場を、初恋の相手が取り持っていたのだから。……本当、複雑だったな、あれ。

「……メアリーが俺の婚約者が出来るように笑顔で勧めつつ、アッシュの妹を紹介される感じか」
「そういう感じ」
「……複雑で特殊だな。出来れば経験したくない」
「私だってしたくてしたわけじゃないけど」

 そしてメアリーだとシャルのために喜んで行動するだろう。簡単に想像出来てしまう所が辛い。ただでさえ仏頂面なシャルの表情がさらに仏頂面になりそうである。

「俺の事はともかく、我が幼馴染に良い相手が見つかった事を乾杯でもするか」
「ティーカップで?」
「雰囲気くらいはな」
「そ。じゃあ、私に言い相手が見つかった事と、シャルに良い相手が見つかる事を願って、乾杯」
「ああ、乾杯だ」

 カップを壊さないように軽く合わせて、私達は飲み合う。
 この、兄弟の居ない私達が、兄弟のように過ごした幼馴染の腐れ縁の、男女として意識は一切していないが、だが確かに大切な相手の未来を思って――

「――ごふっ!」
「ど、どしたの!?」
「砂糖とミルク、入れるの忘れてた……!」
「……なにやってんの。ああ、もう拭かないと」

 ……しまらないなぁ、もう。

――ま、これがらしいと言えばらしいけど、ね。

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