追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

綺麗な観察_8(:透明)


View.クリア


「よっ、と。……うん、やっぱり服を着るのは安心するねぇ」

 突如私の傍に現れたマゼンタ君は、私に対する嫌味のようなモノを言いながら服を着た。……いや、服を着て安心するのは当然だろうから嫌味では無いのだろうけど、彼女だとついそんな風に悪い方向に捕えてしまう。

「というかよく脱ごうとして誘っているのに、服は着たがるんだな」
「普段隠すからこそ脱ぐ意味が出るみたいだし、なにより最近は服の可愛さに気付き始めたのでー」
「……へぇ」

 服の可愛さに目覚めた、か。あまり彼女はそういった事にこだわりが無いように思えたんだけど。だからこそ普段人が大事にする事を無視して上位に行ける、という感じだと……というか、何故彼女は何故此処に居るのだろう。

「良いのかな、皆はああやって楽しんでいるのに」
「あまり良くないね。一応気付かれないように出たけど、もう少しで気付かれるだろうからね」

 そう言いながら他の教会の皆(イチャついている)を私が居る所から眺めるマゼンタ君。その表情は何処となく、外見からはかけ離れている親が子を見る様な表情であった。

「だから手早く言うけど、彼は大丈夫。心配してるような事は起こさせない」

 しかしその表情も束の間、すぐ様真剣な表情になると私にそう告げる。
 告げる表情は決意にも似た表明であり、以前言った「そうっとしておいて欲しい」という言葉とは違うニュアンスを含むモノであった。
 彼女は私が気づいている事を気付いている。危険性も承知した上で、危険を成り立たせないと決意を語っている。起こらない、ではなく、起こさせない、というあたりが彼女の決意を表し、同時に彼女でも現状でリスクの完全排除は出来ないと言っているのが物語っている。

「安全策を取るなら、彼をシキから離れた所で殺した方が楽だし手っ取り早い」
「そうだろうね。けどそれはしない」
「今彼が此処に居る事自体が、シキだけでなく国の危険に晒しているという事を分かっている?」
「分かってる」
「多くの民のためならば、一の犠牲で済むのなら良いとは思わない?」
「その一の犠牲が私には許せない。皆が幸福な未来を私は見たい」
「そう言って目を逸らし、“なんとかなる”とか楽観視したり、“誰かを犠牲にして助かる事は良くない”とか、それらしい事を言って現状に甘える存在を私は何度も見てきたけど、君はどうなのかな」
「…………」

 マゼンタ君は私の問いに間を作る。
 しかしその間は痛い所を突かれたと言った様子ではなく、私をジッと見て、私を観察するために間を作っている。

「大丈夫だよ。私は安全策とか楽な道を選ばなくちゃいけないほど、才能に貧していないから。――そもそも大のために小を切り捨てる必要があるとか、現実は甘くないとか、諦めた言葉を自分に言うほど私は融通が利かないからね」

 マゼンタ君の言葉は現実を見ずに夢を見ているとも、世間を知らない妄想の言葉とも言える。
 だが、彼女の場合は本気で犠牲を伴う解決策を嫌っている。単に「自分が嫌だから」といって理不尽を嫌い、綺麗事を言う。そして綺麗事を呪いのように自分に言い聞かせ、事実にしようと戦い、抗う。……彼女はそう言っているのだ。
 何故そんな事が分かるのか。それは――

「大体貴女様も一緒でしょ。皆の幸福のために、戦い抜いたクリア神様?」

 ……それは私も同じように融通が利かなかったからだ。
 守れる力があって、守る事が可能なら戦った。目の前の不幸を無視して自分だけが生き延びる事を優先できるほど、私の心は強くは無かったのだから。

――見抜かれてるなぁ。

 多分私が試すために彼女に強めに問いかけた事も、私自身がスノーホワイト君を犠牲にするやり方を取らないという事も彼女には見抜かれている。

「それと、私だけじゃなくって、クロ君やヴァイオレットちゃんもそう言うと思うよ。神父君を犠牲にしないために頑張るだろうし、犠牲にする安全策を取る相手には真っ向から対峙するからね」

 そして私自身の事だけでなく、クロ君達の事も理解を示しているようであった。……まったく、彼女がサキュバスだからって変な風に見ていた自分が恥ずかしいな。

「ああ、それとクリア神様。貴女様は今の神父君が歪められた結果の存在であるから、今の自分の存在意義に戸惑うかもしれない、と思ってたみたいだけど」

 う、そこも見抜かれていたか。
 過去に似たような事があって、自分を見失い自滅した仲間が居たから不安だったのだが……

「彼は今ここで笑っている事を幸福と思っている。今の自分の感じている感情は嘘ではないと分かっているから、あの二人は大丈夫だよ」

 余計なお世話。と先程彼女は言っていた。つまりそれは、今の自分が好きな相手がいて、今の自分を好きな相手も居るという事を自覚しているから、間違いは起きないと言っていた。
 根拠がない事であり、あまりにも希望的観測。好きだからこそ、幸福だからこそなにか小さなキッカケで壊れるかもしれないのだがそれを考慮しない物言い。

――だけど、“あの二人なら”大丈夫、か

 この場合の二人は“二人共生きていれば”という事ではなく、あくまでも“二人で生きて来た今”があるから大丈夫、という意味なのだろう。
 ……ハァ。……これはやっぱり口を出すべき事では無かったかもしれない。私がどうこうしなくても良いくらいには、彼らは強いという事だ。……私が守るまでもない。

「……で、具体策はあるんだろうな。具体策も無しに精神論で語っていないか?」

 しかし案無しにこう語られていたら説得力はなくなる。そこの所はハッキリさせておきたいが……

「うーん、それはまた後日という事で。そろそろ戻りたいし」

 確かにこれ以上話すとイチャイチャが終わって居ない事に気付かれるだろう。解決策は後日クロ君も含めて話すとしよう。

「そうか。ではなにか力が必要なら言ってくれ」
「あははは、ありがとうね、全裸神!」
「君、本当に私を信仰している? ……ああ、それと最後に」
「どうしたのかな?」
「何故私の姿に気付けたんだ? 姿も気配も消していたはずだが……」
「ああ、それは魔法を放った後にやっぱり気になったから、周囲に探索魔法をかけたんだよ」
「そういった魔法にも姿を消した私は反応しないのだが。反応しないように自動的に打ち消しているはずだからな」
「うん、だから気付かれないように周囲一キロになにかしらに必ず反応する探索魔法をかける事で、反応が無い所を見つけたという事」
「……つまり、周囲一キロの全ての情報……虫とか揺れとかの情報をすべて把握して、把握しきれない空間を読み取って私の場所に見当をつけた、と?」
「そうだね!」

 ……この子、本当に凄いな。

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