追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

綺麗な観察_5(:透明)


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 私は神ではなくただの一人の女であり、戦いに身を投じる必要がない以上は戦うつもりもない。そもそも戦いは必要があったからしただけなので、進んで争いを求めるつもりはないのである。
 しかし私は戦い以外の日常の過ごし方をあまり知らないので、油断すると思考が解決の方法として戦いを選択しかける。こんな私が平和なこの世界で平穏に居来る事に慣れるまでは大変であるが、話し合いで解決出来るのならば出来るに越した事は無いとも思っているので、そこはゆっくり慣らしていきたいと思う。

――早く慣らさないと、この時代の人々に迷惑をかけてしまうからなー
 
 なにせ私は今を生きているとはいえ、実質過去の人間。私の救いたかった人々の未来は今目の前に広がっていようとも、私の救いたかった世界はもう存在しない。そして私は過去を生きて、過去に死に、その死の後に私の知らない者達が繋ぎ、今という時代が出来た。
 ならば今の時代の事は、今の時代の人間が今の流儀で解決すべき事だろう。老人は今のやり方にとやかく言うべきではないだろう。何事も自分で出来るからとやるのは、成長の妨げにしかならないのだから。

――けれど、出来る事はしたい。

 不要なら世話をしない。
 必要ない以上は戦わない。
 だけど私にとっても無視できない相手は居る。

――全員が私を崇める信者とはね。

 サキュバスの原初返り、夢を支配出来るマゼンタ君。
 魂が二つ存在する、ハーフヴァンパイアのヴァイスシュネー君。
 そして……内包するあるモノによって変質をしたスノーホワイト君。
 あと、革新的な現代衣装を教授し、スリットとはいかに可愛いかを教えてくれたシアン君。

――シアン君はともかく、他の三人は放っておけないな。

 特にマゼンタ君……というかサキュバスだ。かつて私を苦しめたサキュバス。このサキュバスだけは個人的に見過ごす事は出来ない。
 あの種族、安らかに眠っている最中に夢に入って来て「いえーい、宿敵、見てるー? 今から目の前で貴方達の仲間の幻影にエッチな事しまーす!」とかいって嫌がらせをしてきていた。
 あまり夢の中で私に近付いたり淫夢を見せようとすると私の解法で弾かれるのだが、そのギリギリを狙ってアイツらは私から離れて私の仲間たちの幻影に色々シている様を夢で見せて来るのだ。しかも夢から覚めたら全速力で逃げるのだから質が悪い。お陰でストレスが溜まってしようが無かった。
 だから同じ種族であるマゼンタ君は特に警戒するのである。え、私怨? うん、そうだよ! 悶々としているのに人々の前で凛々しく振舞わなければならなかったり仲間を変な目で見てしまうようになりそうになった私怨だ!

――……落ち着こう。

 ……落ち着け。昔のあの憎き悪魔を思い出すな。彼女とマゼンタ君は違う存在だ。種族で相手を差別するなど良くない。良くないぞ、私。
 ともかく、マゼンタ君はサキュバスの力を遺憾なく発揮できている。
 理由は才能、と言う以外に他は無い。単にあらゆる力を十全に使いこなせるという彼女の本質が、サキュバスの力を使いこなしていると言うだけだ。
 そのように言えてしまう事がなによりも恐ろしい。本来なら一人の人間が専門として人生を捧げて成し遂げるような事を複数こなしているのだから。彼女の力は私の解法をもってしてもただで済むとは思えない。彼女が世界に仇を為すのならば、刺し違えてでもという覚悟が――

『マゼンタさんは本質が善良ですから』
『もし彼女が悪意でその才能を活かしていたら、恐らくシキどころか王国が滅んでいる。彼女がああやって過ごしている事自体が、私達にとっては彼女を信用できる証だよ』

 ……ふと、彼女についての評価を思い出す。楽観的としか言いようがない、平和ボケしたような発言だ。
 彼女は過去に世界を閉ざそうとしたと聞く。にも関わらず、彼女は二人の領主から信用をされている。私にはそれが分からない。

「あははは! イエイ、花火だよ花火! さぁ、これを見た皆を幸福にするためにも、頑張って打ちあげて行くよー!」
「イエイ、マーちゃんノリノリだね! 気持ちは分かるけど!」
「は、はい、頑張ります! ……ですが大丈夫なのでしょうか。僕、あまりこういった経験はないのですが……」
「俺だってないさ。昔居た街で、打ち上げ職人が全員食中毒を起こして代わりに千発ほど打ったくらいだな」
「神父様、それは充分と言えると思います」」

 分からないからこそ、こうして花火打ち上げる場所へと私は赴いていた。
 どうやら今回のシキの花火は教会の皆が打ち上げるそうであるので、丁度良い具合に私が気になる子達が集まっていたのである。

「あははは、じゃあそろそろ始まるよ! だから――はい、まずは安全面に考慮致します。オーキッド君達が安全性を確保した花火にしたとはいえ、花火は花火。充分に危険性を伴う物です。なので、はい、持ち物確認!」
「マーちゃん特製【耐火術符】、全員着用!」
「消化用の水術石の配備、及び魔力充填確認済みだよ!」
「衝撃用の護身符の魔力充填済み。及び所持済みだ」
「オッケー! じゃあ最後に神父君の状態を全員で調べよう」
「何故だ!?」
「神父様は油断すると自分の身を犠牲にしそうなので」
「スノー君は魔力を余分に使って護身符や周囲の水術石を多く確保していそうなので」
「神父君は気付かぬ所で事前に働いて寝不足の可能性とかもあるので」
『こういう場においては一切の信用が無いのですだよ!』
「くっ、過去の自分のせいで言い返せない!」

 …………仲良いなぁ、この子達。
 シアン君は別としても、マゼンタ君やヴァイス君はここ数か月程度の仲と聞くが、全員が仲の良い関係を築けているようである。
 抱えているなにかを隠しての触れ合いではなく、互いにサキュバスとかヴァンパイアと知っての関係性だ。“その程度の事は気にする事なのだろうか”と、普通に接している。
 ……昔の私が敵として見做し、受け入れるまで時間がかかった相手を受け入れている。
 これがあっさりと受け入れたのか、紆余曲折あって受け入れたのかは分からない。ただ、この光景を見ていると、

――環境作りに皆が協力している。……そして善良、か。

 彼らもシキの一員なんだな、と、そのように思うのである。
 ……まったく、あのように楽しそうにしているのを見ると、ここまで姿を消して観察しに来た私がまるで――

「そこぉ!」
「ふぁお!!??」

 私がまるで道化師のようだと思っていると、唐突に魔術が飛んで来た。
 な、なに事!?

「ど、どうしたのマゼンタちゃん。急にあらぬ方向に魔法を放ったりして……」
「うーん、なにやら敵意を感じたから、当たったら【対象をダメージ無しにワイバーンをも即捕縛する】魔法を放ったんだけど、気のせいだったみたいだね」
「軽く放って良い魔法じゃないよね、それ」

 ……うん、やっぱり彼女は警戒はしておいた方が良いかもしれない。油断するとやられそうだ。

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