追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

黒のとある仕事_2


「よし、気にするだけ無駄だな」

 俺の思考は健全であるが故の悩みであり、悩むだけ無駄だと思い、ベージュさん夫妻に注意をして仕事に戻る事にした。
 こんな事で思い悩んで追い込まれるのも馬鹿らしいし、俺だってなにかしらの変態性は持っているだろう。他の相手だけを変態などと言って俺だけ正常などと思うなど、それこそ思考を放棄しているだけだ。そんな事より今のやりたいように仕事をするとしよう。

――ええと、宿屋とグレイ達は大丈夫そうだったから、次は……

 【レインボー】での用事を終わらせた後、グレイ達が楽しそうにシキの案内などをしているのを確認し、その後アッシュと軽めの会話と夜の確認をしてお見合いの方は大丈夫だと判断した。
 予定した仕事が思ったよりも早めに終わったので、外での仕事はもうあまり無い。

――ちょっと遅いが昼食を食べるか。

 予定の仕事は早めに終わりはしたが、思ったよりも仕事が次々とやって来たのでキリの良い時間が見つからず、昼食を食べられずにいた。お腹もすいたし、そろそろ食べるとしよう。
 折角の良い天気、仕事の区切りがついて慌てて食べる必要はない。
 そしてなによりもヴァイオレットさんの手作りという素晴らしい昼食。普段食べているバーントさんとアンバーさんが作る昼食もとても美味しいのだが、味とは違う所で高揚を感じられる。

――……まぁ、ちょっと作った人が気になる奴もあるが。

 アプリコットはともかく、シュバルツさんとマゼンタさんが作ったサンドイッチがあるのは引っかかる。……いや、マゼンタさんは料理が上手いらしいし、シュバルツさんも変な事はしないと思う。それにヴァイオレットさん達も居たから大丈夫だ。変な物(味度外視の美容食べ物とか)は入っていないと思う。思いたい。
 ともかく、これらから昼食を食べるにはとても良い条件と言えよう。あとは食べる場所をどうするかだが。

――温泉に行くまでの途中の道で良いか。

 温泉とサウナに行く用事は元々あったし、あの辺りは比較的静かで木々も多い。変態ではなく小鳥の声を聴きながら昼食を食べるとしよう。その小鳥にサンドイッチが取られないように気をつけなければならんが。普段ならともかく、ヴァイオレットさんが作った料理は一片たりとも渡さん。
 さて、そうと決まれば早速行くとしよう。行く途中に他に騒いでいる奴らが居ないかを確認し、後顧の憂いを無くしつつ昼食を――

「やぁクロ坊。良い包丁が出来たからお前にプレゼントだ。なぁに、金は要らねぇよ」
「……ありがとうございます、ブライさん。お金は払いますが、何故急に俺に渡そうと?」
「ふ、みなまで言うな。……お前が俺のために、あの少年達を組ませてくれたんだろう? だからそのお礼に過ぎないんだ」
「この包丁の試し切りが貴方になりたくなければ、今すぐその誤解をやめるのと、この包丁を引き取れこの変態鍛冶師」

 息子の交流を邪まな目で見るんじゃねぇ。
 グレイとヴァイス君とスマルト君を組ませたのは年の近い男の子同士だからというだけだし、そんな理由で貰った包丁なんて使うたびに作った理由を思い出しそうだからなんか嫌だ。バーントさんとアンバーさんに使わせても、この包丁で切られたと思うと嫌になりそうである。そして無駄に良い包丁と分かるのが腹立つ。

「ふ、変態でなければ職人なんてやれんのだよ。キミもそうだろう、クロ坊」
「言いたい事は分かりますが……俺に同意を求めないでください。その喋り方も止めてください」

 あと、無駄に爽やかな表情のブライさんが凄い腹立つ。
 ……言われて改めて思うが、俺は変態かどうかと言われれば変態だ。格好良い服、可愛い服、綺麗な服を作るために重要なのは変態になる事だ。そうで無ければ“服の完成度を高める”という状態に持っていけるものか! ……単に俺の周りが「俺はまだ正常だ……?」などと思う程の奴らばかりだから、この程度で変態と名乗って良いのかと思うだけなんだ。

「ともかく、息子達になにかしようというのなら、マゼンタさんとかに頼んで鍜治場から移動制限させますよ」
「あの俺の天使を汚そうとする女か……手を出す気は無い俺よりあの女を制限かけるべきじゃねぇのか? 少年にあの格好と言動は悪影響だろう?」
「いや、まぁ……うん、そうですね」

 急にまともな事を言わないで欲しい、混乱するじゃないか。







「ふぅ。……なんか疲れた」

 ブライさんと色んな問答をしていると、途中に偶然グレイ達一行が通りかかり少年の過剰摂取によって倒れかけたブライさんの対応をして疲れた。
 状態をよく分かっていないグレイが心配して近付いてブライさんが息を荒げたり、それを見たスマルト君が「うわぁ」みたいな目で見ていたり、ヴァイス君は複雑そうにしていたり、スカイさんがそんな三人を守る様に前に出たけどスマルト君が代わりに出ようとするという本末転倒な事をしそうになったり(ブライさんはその姿を見て「少年の男気!」とさらにマズい状況になった)……最終的にはアッシュが弟のためにブライさんを鍜治場へと連れて行った。申し訳なかったが、アッシュは「これが手っ取り早いので……」と言ってくれたので任せる事にした。

「さて、食べるか」

 そして精神的疲れは美味しい物を食べて癒されるのが良いだろう。
 半分は妻と娘の手作り料理という素晴らしいサンドイッチ。今はこれ以上に癒される物は存在し――

「では、いただきま――」
「にぎゃぁあ!」
「すっ!? な、なんだ!?」

 ないと思っていると、突然謎の声が聞こえた。
 方向からして温泉とサウナ施設の場所であり、聞き慣れない女性の声であった。

――急がないと!

 なにがあったかは分からないが、声からして危機的状態の可能性が高い。そう思った俺はサンドイッチが詰まったケースを抱え、すぐさま温泉の方へと向かう。
 モンスターが現れたか、誰かが倒れていたか。虫がいたから悲鳴をあげた、なんて可愛い物であるならば良いが、そうで無い場合は一大事だ。
 場所と声からして別の不安はあるが……そんな事は気にしていられまい。

――外、居ない。サウナも……居ない。

 一応男湯の方も見るが、中には誰も居なかった。
 と、なるとやはり声の持ち主から女湯の中から上げられた事になる。

「すみません、先程悲鳴が聞こえましたが、大丈夫ですか!」

 なので俺は外から声をかける。
 ここで声をあげた女性でも、それ以外の女性声が返って来たのなら良いのだが……

――ない。

 残念ながら声の返事は無かった。聞き逃していないか少し待つが、やはりなにも無い。
 そうなると――

「すみません、入ります!」

 断りを入れてから俺は女湯の方に入る。緊急事態が故に勘弁して欲しい。もし勘違いなら誠心誠意謝ろう。
 これで中に誰も居なくて聞き間違いであった事を願いつつ、女湯を見渡すと――

――居た!

 残念ながら女湯に人は居た。
 温泉のお湯に浸かる場所で、仰向け状態で浮いている。そしてその女性に以外には誰も居ない状態であった。

「大丈夫ですか!」

 俺はすぐさま駆け寄って意識があるかを確認する。
 何処か打っていないかや、怪我をしていないか。脈拍や呼吸は大丈夫か。女性の確認をする。

――平気そうだが……

 そして俺が見た限りでは大丈夫そうだ。恐らく意識を失っているだけで、なにかしら外傷を負った訳でも、危機的状態に陥っているようには思えない。
 とはいえ、意識を失っているだけでも気は抜けない。すぐにお湯から出して、安静に寝かせた後アイボリーかグリーンさん……いや、同性のエメラルドを呼んでくるべきだろう。下手に動かさない方が良い。

――ええと、この女性は……

 状態を伝えるためにも女性の状態と特徴を覚えようとする。
 金色の髪、年齢は俺と同じくらい。背はヴァイオレットさんと同じくらいで、俺の記憶には無いのでシキの領民ではない。だが何処かで見た事はある。なんとなくだが、貴族のような高貴さがある。
 外傷は無しで、脈拍呼吸に問題は無さそうで、体温は多分温泉によるもので高く、俺の呼びかけには答え――

「う。うぅ……外で合法的に裸になれる温泉だというのに、何故誰も男性客が居ないんだ……折角仕切りを挟んで互いに裸という状況で会話をする状況を楽しみたかったのに……誰か来ないのか……そうすれば、うぅぅん……」

 …………。
 よし、これ以上言葉を聞かないでおこう。そうしないとなんか色々面倒になりそうだ。

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