追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

紺、周囲の様子に惑う_5(:紺)


View.シアン


「や、やめたまえ。私は誰かを踏む趣味は無いし、君の夫を誘惑する気も無いから、謝罪も懇願も必要ない」

 私が誠心誠意、偉大なる御方に許しを請おうとすると、目の前の御方は私が行動する前に止めに入ってくださった。
 私を見る目は慌てたような様子であり、同時に慈愛にも似た表情であった。

――ああ、良かった。

 そして私を止めるために間近に来られた事により、私は安堵の感情が湧いてくる。
 許された事に対する安堵ではない。神父様が誘惑されていないと確信した事による安堵でも無い。
 その感情もあるにはあるのだが、それらを塗りつぶす感情が私の中で生じているのである。この御方は、まさに――

「ええと、シアン様……?」
「ああ、すまないがアンバー。私と彼女の二人きりにして貰えるだろうか」
「は、はぁ。ですが……」
「大丈夫、精神操作とかをする気は無い。ただ彼女の話題はあまり他者に聞かれたくない内容だからな。悪いが外して貰えると助かる」
「わ、分かりました」

 私が安堵の感情に満たされている中、私の行動に疑問と戸惑いを隠せずにいたアンちゃんが促されて部屋の外に出る。出る間際まで私の事を不安そうに見ていたので、後で大丈夫であったと伝えなければならない。
 いや、でもおかしい。この御方を前にした私の行動は予想できると言えば予想できるはずなのに、何故あのように困惑しているのだろうか。……それにクロもこの御方が居ると言うならば、私達にはより気を使いそうなものだけど、そういった感情は見せなかったし……

「ふぅ、行ったね。……しかし、信心深いと私の正体に気付ける感じなのだろうか」
「と、仰いますと……?」
「君は私の正体に気付いているようだが、言わずに気付いたのは今の所、教会関係者だけだよ」

 あ、なるほど。クロもアンちゃんも気付いていないのか。あくまでもトウメイという女性がいて、初対面の相手に対し私がこのような行動をとっているのが不思議であるし、クロも気を使う事はしなかったのか。

――……え、なんで?

 この御方を見ればすぐ分かると思うのだけれど。
 溢れんばかりの透明感のある魔力はまさに、祈りを捧げる際に感じられる魔力と同質。さらに私達が使う浄化魔法もこの御方の魔力と似た性質を持っている。源流、とでもいうのだろうか。
 普段から感じている魔力の主が目の前に現れ、あるべき所に至った回帰の感情が湧くと言うのに、何故分からないのだろう。

「ほう? ほうほう、どうやら君はとりわけ信心深いようだ。出会った瞬間に気付いたようだし、より敬虔である方が気づきやすい、という事か」
「あの、どういった意味で……?」
「純粋に、敬虔に祈りを捧げる事で。あるいは浄化という行為に対して真摯に向き合う事でより私の魔力と似た性質を感じやすいという事だ。あまりこの時代に来て人とは会っていないが、今の所一番私を慕ってくれている信徒のようだ」

 心の中で歓喜の感情が湧いた。
 そして同時に申し訳なさも生まれる。
 私は祈りを捧げる時は真剣に祈るし、見守っていて欲しいと心から願う。
 聖書の一部、そして上の司教などは祈れば救って下さると言うし、それ自体は正しいと思っている。だが、私の祈りはただの報告であり、祈る事でクリア神に救って貰えるとは一切思っていない。
 神はヒトを救わない。我々の悪性を裁き、そして許していただく存在して崇め奉り、ただ見守っているだけの存在としてしか私は認識していないのである。何故ならクリア神は生前は多くのヒトを救っても、神へと至った後に個を救った事は無いのだから。


 神に祈る。自惚れる。神は個を救わず。
 個の感情で悪を滅す事は許されず。
 個の判断で善の執行は許されない。
 だが理解した上で個の判断で成さねばならぬ時がある。
 裁きは行わなければ救われない。
 例え悪しき存在でも、言葉を交わして理解を深めなければ、悪しき存在は自らと同一になる。


 ただ弱き心に寄り添い、ヒトとしての正しい事をしようという勇気を見守ってくれる。
 自分の考えを、目の前で行う際に独りよがりにならないようにするための拠り所。
 ……それが私の信仰の仕方なのに、その評価は過分というものだ。

「あの、クリアしん様。私は――」
「その名で呼ぶのはやめてくれ。今の私はトウメイだ。君達が信仰するクリア神ではないんだよ。様付けも信仰も要らない」
「え、ですが。そういう訳にはいきません。私達は貴女様に何度も」

 何度も救われた。
 神が個を救う事は無くとも、クリア神という拠り所があるお陰で皆が信仰し、ネイビー母さんという存在が生まれ、私が拾われて私は救われた。
 救ってくれたのはネイビー母さんであっても、クリア神という存在が居てくださったお陰で巡り巡って私はここに居る事が出来ているんだ。
 個ではなく集を今もなお救っているこの御方には、正式な聖名で感謝を捧げなければならない。

「無用なトラブルは避けたいのでな。私を私だと認めない輩も確実に居る。……それに、信仰している君達にいうのも酷な話だが、私はただ正しいと思ってやった事をやっただけ。それが後年君達には偉業と映り奉る事となったかもしれないが、私は本来信仰されるような女ではないんだよ。……私が心の拠り所となる存在になったとしたら嬉しいのだがね」

 何処となく寂しそうに、だが心からの言葉のように言うこの御方は、「まぁようするに」と区切りをつけて言葉を続ける。

「君達が為した事は、君達のお陰なんだ。私に感謝をするくらいだったら、自分が自分の意志でやった事を誇りなさい」

 慢心ではなく、誇りに思え。
 まるで“私もそうであったのだから”と言わんばかりにこの御方は――彼女は、私に言うのであった。
 ……ああ、やはり私の信仰は間違っていなかった。

「ま、アレだ。私を扉から出してくれた女性が言っていたのだが、“憧れは理解から最も遠い感情だ”というやつだ。尊敬よりは私という個を知ってもらいたいな」

 なんだろう、その女性の詳細はよく分からないが、その言葉は何処かの受け売りな気がするし、その女性をよく知っている気がする。
 ……ともかく、彼女そう望むのなら彼女はトウメイさんとして接するとしよう。彼女から感じる神の威光オーラは凄まじいので難しいが、出来る限りやってみるつもりである。

「あと、恋話をよろしく」
「はい?」
「君はあの神父と新婚間近と聞く。そんな二人の恋の話を聞かせて欲しいんだ!」

 なんだろう、急に身近な相手に感じて来たぞ。
 い、いや、なにか考え合っての事なのだろう。私には推し量れぬ考えがあるはずだ!
 ……あと、今更だけど目の前に裸の女性が居るというのは不思議な感覚だ。次元が違う存在の裸体を間近で見ると……見ると……うん、綺麗過ぎてとても困る。自分と比べると少し落ち込む。……神父様が彼女と私を比べないと嬉しいのだが。

「……ところで聞きたいんだが、私の性質に合わせて君達教会関係者は下着を着用しないというのは本当か?」
「ええ、本当です。元々は必要最低限の衣服しか身に着けない……ようは下着だけみたいな感じだったんですが、紆余曲折あって今の下着を身に着けない、という状態に落ち着きました」
「その紆余曲折が気になるな……それはともかく、私は修道女というのをシキでしか見ていないのだが、君ももう一人も服に切れ目を深く入れている。それは――」
「可愛いですよね」
「……なるほど、これがこの時代の可愛いなのか。まぁ良い、そこの所も含め、色々話し合おうじゃないか。本当は君達教会関係者と一緒に話したいが……まぁ、いずれだな」
「良いですね。皆信心深いですから、すぐ気づくと思いますよ。あ、でも神父様とマーちゃん……もう一名のシスターとは会ったんですよね」
「そうだな。あともう一人いるそうだが、彼とはまだだな。どんな子かな?」
「彼も信心深い良い子ですよ。優しくて、弟のように可愛いんです。今度紹介しますね」
「ほほう、それは楽しみだ」
「はい、楽しみにしていてください!」

 あれ、結構話しやすい感じの性格のようだ。
 何処となく威厳のある話し方をすると思っていたのだけど、特にそんな事無く親しみやすい。うん、これならスイ君も安心して紹介できそうだ。紹介する時はいきなり一対一で恐れ敬う、なんて事にならないように私が付いてあげないとね。そして三名で話せば変に開いている距離も縮まるかもしれない。
 よし、昨日今日と周囲の様子に戸惑う事は多かったけど、今はトウメイちゃんという素晴らしき女性にあったお陰で戸惑いに希望が見えてきた。これからが楽しみである!







 同時刻、某所

「――っ!?」
「どうかされましたか、ヴァイス様?」
「な、なんでもないよグレイ君」
「ですが身震いを急に……なにか悪寒でも感じたのかと」
「……もしかしたらそうかもしれないね。とある予感を感じたんだ」
「予感、ですか」
「うん。……変な話と笑わないでね?」
「笑いませんよ」
「じゃあ言うけど……密室で目のやり場に困る格好の女性二人に近付かれて、どうして良いか分からなくなるという状況に陥る予感がして……」
「あ、知ってます。それは“少年の純情を弄ぶオネショタ”と言う状況だそうです。クリームヒルトちゃんが私めも可能性があるので気をつけてと仰ってました」
「オネショタ……? それどういう意味?」
「さぁ、なんでしょう? とりあえずお気を付けくださいね」
「うん、よく分からないけど、気を付けるね……」

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