追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

【25章:ちょっと違うメンバーのシキでの小話】始まりは平常報告


「穏やかな朝ですねぇ」
「穏やかな朝だな」

 火輪たいようが昇って、暑さを俺達に提供し始めたある日の朝。
 俺とヴァイオレットさんは互いに紅茶を飲みつつ食堂の窓から外を見て、シキのいつも通りな朝を堪能していた。
 シキは自分に正直な者達が多く住む土地とはいえ、常に騒いでいる訳では無い。朝などは比較的穏やかである。恐らく深夜テンションが過ぎ去ったか、寝起きなので本調子でないかのどちらかなのだろう。
 そんなシキの穏やかな朝を嵐の前の静けさ出ない事をいつもの様に願いつつ(大抵叶わない)、俺とヴァイオレットさんは穏やかな――

「くっ、何故です……毎日研究を重ねているのに、何故グレイ君の紅茶はこんなにも美味しいんだ……!」
「香りが違う……茶葉が喜んでいる……同じ茶葉なのに、どうしてこうも……!」

 ……うん、とても優秀な従者二名が、貴族の仕事として帰っている我が息子であるグレイが淹れた紅茶の美味しさに敗北を味わっているが、穏やかな朝だ。
 確かにグレイが淹れた紅茶は美味しい。しかも最近王族御用達の方から直接アドバイスを貰ったらしく、さらに腕前をあげていた。バーントさんとアンバーさんも腕前は上がってはいるのだが、さらに上にいくグレイに対して打ちひしがれるのもさもありなんかもしれない。
 まぁそちらの方は学習しようと前向きになっているし、放っておいても良いだろう。

「ずずー……おお、これが紅茶。初めて飲んだけど、とても美味しいな」
「トウメイ様は飲んだ事が無いのですか?」
「見た事はあったんだがな。とはいえ以前は戦いに明け暮れていて飲む余裕なかったし、そもそも紅茶ってめっちゃ貴重だったからな」
「貴重……高価という事ですか。どの程度だったのでしょう?」
「今日君らに使った分で、家十軒が建つ」
「なんと、ハウステン!?」
「ちなみに私の美しさはそれ以上の価値があるぞ」
「おお、つまりトウメイ様はそこに居られるだけで昔から献上をされていた。だから見た事はあったのですね!」
「ふ、よく分かったなグレイ。そうとも、私の美しい美貌と身体には見るだけで価値があるからな!」
「ですが私めは、トウメイ様のありのままの姿を見ていますが、献上できる価値のあるモノがありません……」
「ふ、この紅茶が充分価値のあるものだ。自由に見て良いんだぞ!」
「はい、ありがとうございます!」

 この穏やかさを損なわせている上に、息子を変に惑わす裸マント女性はどうしようか。出来れば放っておきたくないのだが、別にそこまで悪い事はしていない気もする。単に自分に自信がある変態なだけだし。
 思春期に近い息子の前にその姿で居る時点で悪影響と言われればそれまでかもしれないが、グレイも別に興奮はしていないようであるし、バーントさんにように恥ずかしそうに見ないようにしているような興味も抱いていないので大丈夫だと信じたい。……いや、グレイの年頃で、異性の裸体に興味が全くないというのもちょっと不安だが。過去の事があるとは言え、少しは興味を持って欲しい気もする。

「大変だな、アプリコットも」
「なんとなくであるが、余計なお世話と言いたいのだが気のせいであろうか」
「余計なお世話ならそれに越した事は無いさ、将来の息子嫁アプリコット
「なんとなくであるが、今我を妙な感じで呼んだ気がするのだが」
「気のせいさ我が娘アプリコット
「何故であろうか。間違っておらぬのに、間違っている気がする……」

 久々に俺達に料理を振舞いたいという事と、お見合いの方々が泊まるので貴族の仕事を最後までこなすために昨日は屋敷に泊まり、朝ご飯を作って今片付け終わって紅茶を飲みに来たアプリコット。そんな彼女にグレイの相手はこれから大変だろうと心配すると、何故かアプリコットは俺の言葉に引っ掛かりを覚えていた。

「ところで、目の方は今日も問題無いか?」
「大丈夫であるよ、ヴァイオレットさん。我が眼は変わらず光を感じ、より深淵を見る事が出来ている」
「そうか。それは良かったな、愛息子の愛嫁アプリコット
「うむ、良かっ――ヴァイオレットさん、貴女もか……?」
「なにがだ?」
「いや、なんでもないぞ。……なんであろうか、これは」

 さらにはヴァイオレットさんからの言葉にも引っ掛かりを覚えていた。今日はどうしたのだろうか。
 いや、片目に慣れていた分、久々の両目の朝にまだ慣れていないのかもしれないな。ならばそうっとして置いた方が良いだろう。今も預かり的には既に娘のようなモノだが、将来的には正式に娘になるアプリコットの身は大事にしないと。

「ところで、そろそろオースティン家やシニストラ家の者達が来る頃であるが、トウメイさんはここに居て良いのか?」
「ああ、そうだった。そろそろか」

 昨日顔合わせをした両家の一部が泊まったため、両家の邪魔をしないようにと早めに軽めの朝食をとっていた俺達である。そしてトウメイさんはグレイが淹れた紅茶を飲む機会がグレイ達の滞在の関係上、下手をしたらしばらくなくなるのではないかという事で呼んでいたのだが、彼女にはそろそろ姿を消して部屋に戻って貰おう。
 と、その前に、皆に一言だけかけておこう。

「では皆さん。いつもとは違うシキですが――」

 グレイとアプリコットが帰って来たり。
 新たなメンバーがシキに住み始めたり。
 良い感じのカップルが出来そうになったり。
 シキに慣れていないお見合いの方々がいたり。
 ……神父様の事で気になる事が有ったり。
 いつもと比べるとちょっとだけ違う雰囲気を持つシキではあるが、俺達がする事は変わらない。

「――今日も一日、頑張っていきましょう」

 少しで今日という日が良い日になる様に、頑張って過ごしていくとしよう。

「あ、そうだクロさん。先程片付けをしている際に、ロボさんが窓からメッセージを送ってくれたのだが」
「ロボはなんて?」
「“海の神が荒れ狂っているので鎮めに行く。だから今日はブライさんを止められないかもしれない”だそうである」
「んー、そうか、了解。まぁいつもの事だな」
「待って。いつもの事で済ませて良いのか?」
「トウメイさんは慣れて無いかもしれませんが、いつもの事です。よね、ヴァイオレットさん?」
「うむ、いつも通りの穏やかな朝だな」
「ですね。穏やかな朝です」
「はい、懐かしきシキの穏やかな朝です!」
「そうであるな、穏やかな朝である」
「君達なにか葉っぱでもキメて……はっ、この紅茶か!?」
「トウメイ様。御主人様達にとってはいつも通りなのです」
「ですです」
「……君達従者も苦労しているんだね」

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