追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

自分という在り方(:杏)


View.アプリコット


 僕はクロさん邸の、窓から差し込む月の光がだけが照らす明かりがついていない廊下を歩いていた。
 考えているのは先程のトウメイさんの発言の内容に関して。僕にしては珍しくグルグルと頭の中で思考内容が巡り、答えを出せずにいた。
 内容が虚構であればそれに越した事は無いのだが、不思議とその内容は信じなければならないと思う内容であった。

「アプリコット様ー!」
「…………」

 基本的に僕は真偽が不確かな事は実際にこの眼で確かめる事を是としているが、今回の件は確かめる方法が難しいというのもあるが、少々怖い。……未知は新たな可能性を見出してくれる歓喜への調味料スパイスではあるが、こういった未知は好まない。
 恐らく昔の僕であれば遠慮せずに未知を調べたのだろうが、今の僕では準備をしなくてはならないだろう。

「? アプリコット様、どうされました?」
「む? ……ああ、グレイか。少々思考に耽っていただけである」

 と、僕が立ち止まって窓から月を見ていると、グレイが近くで不思議そうな表情でこちらを見ていた。こんなに近付かれるまで気付かないとは、どうやら思考を深くに沈めていたようである。

「して、なにか用か?」
「はい、神父様をお見送りした後、お見合いの様子を確認しに行ったのですが、アプリコット様の御姿が何処にも見られなかったので」
「探しに来た、と」
「はい。……なにか気分が優れないのでしょうか?」
「む、何故だ?」

 僕が自分ではいつものように対応していると、グレイが心配そうに気遣ってくる。なにやら僕の対応に気がかりがあるようだ。

「はい、いつもならば“我の不在を知り、光と影の狭間を覗きに来たのか……!”というような事を仰るので」
「うむ、我の事をよく分かっているようで師匠として鼻が高いぞ」
「ありがとうございます!」

 なるほど、確かに普段の僕であれば言う。そしてグレイも弟子として師匠として僕を理解してくれているようで満足である。

「ですが、そうなるとやはり……」
「いや、気分が優れない事は確かがだが、悪いという事でもない。単に別の事に思考を取られていただけだ。気にする必要は無い」
「しかし……」
「気にする事ではないのだ。単にトウメイさんが少々困る事を言ってな、それを考えていただけなである」
「困る事、ですか」
「ああ。我の叡智と美貌を持って男性を紹介して欲しいとな。我ならば今日の見合いのように、仲介役になれると思ったようだ」
「確かにアプリコット様、シキでも男性の方々と仲の良い方が多いですからね!」

 それだと同性の友が居ないようであるが、確かに男性と話す事は多い。
 何故かはよく分からないのだが、僕の会話についていけるというか、格好良いとかいってくるのが男性陣の方が多いのである。後は子供だと小さな男の子の方が女の子よりもマネをすることが多かったりする。何故だろう。

「そして良いと言った相手が既婚の男性であって、流石にその男性を紹介する訳にもいかぬから、説得と別の男性の紹介をどうしようかと悩んでおったのだ」
「なるほど。では私めも協力いたします!」
「いや、協力は大丈夫なのだが……」
「ですが、アプリコット様が困られているのは確かなのです。苦難を共有し、苦難からの解放をした後の達成感も共有したいのです。そうすれば大好きなアプリコット様との良い思い出を増やせますから!」
「そ、そうであるか」

 ええい急に満面の笑みで僕の心を惑わせないで欲しい。一緒に思い出を作りたいとか可愛いぞこの弟子は。

「だが、今は良い。未来騎士ワルキューレ未来勇者シグルドのお見合いの場という、めでたい席を壊す必要もない」
「そうですね。では、後程結託しましょう。私め達の共同作業です!」
「共同戦線と言え」

 共同作業だと何故かは分からないが、別の事を意味する気がする。それに戦線の方が格好良い。

「では、お見合いの場に戻りましょうか。そろそろ宴もたけなわ、後は若い者同士で一つの部屋にて朝まで夜更かしです。香を焚いて怪しげな音楽を流すのです」
「それはなにか違うぞ。というかやめい。……ところでグレイ、聞きたい事があるのだが」
「なんでしょう?」
「我の事は好きか?」

 それはふと思い付いた内容の質問であり、直前まで聞く気は無かった質問。
 先程トウメイさんに聞いた内容が質問をさせたのか、夜の中月明かりだけが照らす廊下が幻想的で、少々感傷的になってしまったから言ってしまったのか。
 どちらにせよ言ってしまった事実は否定出来ない。だから僕は答えを待つ。

「はい、大好きです!」

 そしてある意味では予想通りで、嬉しい反面その好きの意味はなにを持って好きなのかと疑問に思う答えでもあった。

「では仮にだが、我が魔法を使えなくなってもか?」
「はい?」
「グレイは我の魔法の弟子でもあろう。それなのに師匠の我が魔法を使えなくなれば、どうする?」
「当然大好きです。アプリコット様の良い所は一つ失った程度でも余りあるほど多いですから」
「……そうか」

 グレイは僕の質問の意味を、あくまで仮であり事実の想像としては理解してはいないようではある。僕が魔法という誇りを使えなくなれば、自暴自棄になってグレイの言う僕の良い所を失われるという想像はしていないだろう。だが、その素直さは嬉しい回答ではある。そこまで好きでいてくれると迷わず言われるのは、彼を好きになった僕としても喜ばしい。

――シアンさんも同じ回答をするであろうな。

 そしてシアンさんも神父様が同じ質問をしたら、迷わず好きだと言うだろう。
 例えあの事が事実であろうとも、今居るスノーホワイトという神父様の事が好きなのだと、迷わず言う。彼女の好きという想いは、その程度では――

「それに、アプリコット様が魔法を使えなくなっても、私めの好きな貴女のままでいてくれます。私めの好きになった貴女はそういう御方だと信じていますから」

 ――――。
 それは発言の取り方によっては、弱い所を見せるなと言っているようにも聞こえる。
 強いままであり続けろと言う強迫しんよう。ヒトによっては追い詰める発言。

――だが、これは僕のための言葉だ。

 しかしグレイにとってのそれは、貴女は貴女のままで居てくれれば受け入れてくれて、好きでいてくれるという発言であった。
 僕の身を案じた上で、誰に対してでも言えるような発言ではなく、アプリコットという僕を理解して、「貴女は凄い女性で、その凄い女性を好きになった」と、僕のために言ってくれている。
 僕は“その程度”で終わるような存在ではないと、彼は知っている。

――そしてそれはシアンさんも。

 同時にシアンさんも、同じような意味の違う言葉を神父様に言うという確信を得られた。
 シアンさんは間違いなく、スノーホワイトという男性を理解した上で好きになっているのだから。

――ああ、まったく。余計な事を考え過ぎたな。

 どうやら僕は少々予想外の事実を聞き、考え過ぎていたようだ。
 あの二人は“あの程度”の事実で今更どうにかなる関係ではないというのに。
 その事を弟子であるグレイに気付かされるとは、僕も師匠としてまだまだである。

「ふ、そうだな。とはいえ、我は偉大なるグレート変則魔術フォーミュラー刻印使いユーザーであるからな。一度失った所で再び巻き返す才能を有している」
「はい、常識では測れないというやつですね!」
「うむ、その通りであるぞ! なにせ我! だからな!」
「はい、アプリコット様ですから!」

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