追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活
健全な男子ですもの(:杏)
View.アプリコット
以前から仲良くしている神父様が、最近来た全裸の女性の前で土下座をしている。
言葉にすれば目を逸らしたいその出来事から、僕は目を逸らす訳にはいかなかった。出来れば教育上良くないのでグレイの目を塞ぎたかったが、見られた以上は今更塞ぐ訳にもいくまい。
「あの――にとっては――かもしれないが、私は――」
「いえ――ですので――我が身を―――――」
そして教育上良くない光景を繰り広げている両名は、なにやら様子がおかしい。
普段は敬語をあまり使わない神父様が敬語を使っているようであるし、トウメイさんは複雑そうにどうしていいかと困った表情だ。
会話がキチンと聞き取れれば理由も分かるかもしれないが、途切れ途切れで今一つ分からない。もう少し近付けば分かるかもしれないが……これ以上近付けば気付かれるだろう。神父様もあのような光景を見られたくはないだろう――
「ええい、アプリコット、グレイ! そこに居るんだろう、この神父をどうにか説得して顔をあげさせてくれ!」
と、思ったが、どうやらトウメイさんは僕達の存在に気付いていたようだ。相変わらず全裸なのに鋭い御方である。全裸なのに。
……ところで今までと違ってマントを羽織っていないが、グレイを近付けて大丈夫だろうか。意識したりしないのだろうか。僕も綺麗さでは負けてはいないと思うが、大人な雰囲気を持つ身体にグレイが意識したりしないだろうか? そして意識どころか興奮をするのではなかろうか。
「申し訳ないです、トウメイ様。御二人のお楽しみの特殊プレイ中を除く形になってしまい……」
「うん、謝らなくて良い。そういうのじゃないからグレイ」
「そういうのじゃない……ハッ! つまり私めも土下座して踏まれて欲しいと、だから呼ばれたのですね!」
「違う!」
「違う……申し訳ございません、踏むのは慣れなくて、そちらは出来れば遠慮を……」
「そういう事でもない!」
うむ、グレイは相変わらずである。通常の男性であればどうしても意識せざるを得ない全裸女性を前にしても、特に気にする様子なく対応しているし顔を見て話している。
まぁ意識しようが興奮しようが、僕の身体は素晴らしく美しいので、両方見た上で僕を選ぶのだから問題は無いのだがな! ……いや、グレイに裸を晒すのは恥ずかしいのだがな。去年はこんな風にお風呂場でグレイに僕も晒していた訳であるが……うむ、新ためて思うとよく出来ていたな、去年の僕。
「で、何故トウメイさんは顔の無い王もせずに、神父様を土下座させておるのだ」
「メイキング……? いや、彼が勝手にしただけで、私は顔をあげて欲しいんだがな」
「神父様、顔をあげる気は無いのであろうか?」
「俺は不遜な態度を取った懺悔として、自らこうしている。俺の身だけで事が済むのならそれで充分なんだ……!」
なんだろう、話が見えない。
とりあえずシアンさんには神父様がエムに目覚めたと報告しないでは良さそうだが、原因が全然見えてこない。神父様が許しを請う理由は一体……?
「なにせこの御方は――」
そして神父様がなにか理由を言おうとした所で。
「そこまでだ、スノーホワイト。私が良いと言うまで、それ以上の発言を君には認めない」
トウメイさんの声色が、今まで以上に脳にまで直接通るような、透き通った威厳のある声へと変わった。
「君が私に敬意を払う理由も分かるが、生憎と“この私”にその敬意は不要だ。君の敬意であり信仰は評価に値するが、私はそのような物を望んでここまで来た訳じゃないんだ」
聞く者が身を正し、黙って聞いていなければならないと思う声と、話し方。
まるで上に立つ事が慣れているような話し方は一朝一夕で身に付くものでは無く、それが当然かの様に彼女に身についている。
「とはいえ、信仰をしないようにと封じるのも良くはない。だからもし私を重んじてくれるのならば、この場に居るトウメイという女と対等に接してくれ。……では、発言を許可する」
最後の方のトウメイさんは声は、今までのような何処にでも居るような、負の感情を抱かない綺麗な声へと戻りながら優しく告げた。
それは正に声を聞けば言われた通り、顔をあげて対等に接するような慈愛に満ちた声であった。
神父様も僕と同じ事を感じ取ったのか、顔をあげて……いない?
「……あの。顔をあげて良いんだぞ、スノーホワイト? 対等に話してくれ。まさかそれも恐れ多いとか言うんじゃ……」
「いえ、えっと、それもありますが。それ以前に服を着ていない女性を間近で見る訳にもいきません。俺には愛する女性も居ますので……」
……うむ、それもそうだな。グレイはあっさりとしていたが、神父様も男の子というやつなのか、流石に全裸女性は羞恥に頬を染めるし、意識してしまうという事か。
「別に見たかったら見ればいいんだがな。美しき我が裸体を拝む機会を逃すと後悔するぞ!」
「そ、そういう訳には……!」
「ほーれ、たーぷたーぷ」
「俺の頭の近くでなにをされているのですか……!?」
「それを知りたければ顔をあげなさい! ほら、アプリコットも一緒に!」
「せぬわ」
「じゃあグレイ!」
「はい、たぷたぷ!」
「イエイ、ナイスタプタプ!」
「なにが……起きているんだ……!?」
単純に神父様の頭の近くで、自身の二の腕を軽く触っているだけなのだがな。変な所を触っている訳では無い。
……どちらにしろ顔をあげれば近くに居るトウメイさんのか身体を間近で凝視する事になるので、神父様は顔をあげぬ方が良いだろうが。
――しかし、トウメイさんは何者だ?
先程見せた様子もそうだが、神父様がこのような態度を見せるとは。
格好と魔法の腕前のインパクトが強くてあまり意識していなかったが、彼女はもしやかつてのクリア教関係者の偉人なのだろうか。
ハクと同様大昔の女性であるようだし、大昔に強欲の悪魔マモンを祓ったとされる大司教とか……あるいは――
「……トウメイさん。神父様と話すためにはまずその格好をどうにかせねばなるまい」
……いや、今はよそう。
彼女はトウメイさんだ。それが偽名で彼女はそれ以外の名を持っていたとしても、今の彼女はトウメイという名の女性なのだから。
「まぁ、そうした方が良いか。私の美しさは刺激が強いようだからな!」
「というか何故なにも身に着けておらぬのだ。やはり裸を晒したい痴女なのか」
「失礼な、ここに近付く気配を感じて、気になったから来ただけだ! この格好なのは丁度マントを洗っていたからだ!」
「相変わらず痴女に関しては否定するのだな」
「いや、だってそういう経験ないのに痴女ってなんかイヤ」
「あっても痴女は恥じよ。……ではなく、部屋に入って着替えると良い」
着替えると言うか羽織るだけだが、今は置いておくとしよう。
「はーい。あ、それとマントを洗って乾かすのに時間がかかってね。すまないが今日の所はお引き取り願っても良いだろうか。話すのはまた後日という事で。構わないか?」
「は、はい、分かりました」
マントを洗ったり乾かすのに時間が?
なんだろう、その発言には違和感がある。まるで口実として言っているだけのような……?
「分かってくれて嬉しいよ。あ、それとアプリコット。君には用があってね」
「我にか?」
「うん、私の裸は男性には刺激が強いようだし、ならば同性同士の方が話しやすいからな。すまないが時間を貰うよ」
「……分かった」
……どうやらこの違和感は、僕を誘うための口実を作るためのものであったようだ。
理由は分からぬが、ここは素直に誘いに乗るとしよう。
「グレイは神父様を屋敷の外までの見送りを頼む」
「承りました。タプタプ」
「……もうそれは良いぞ?」
グレイは相変わらず二の腕をタプタプと触りながら、僕の言葉に対して了承して礼をした。その様子を確認しながら僕とトウメイは、元々トウメイが居た部屋の中に入り、扉を閉める。
「で、我になんのようだろうか、トウメイさん」
閉めた後にグレイが神父様を呼び起す様な発言を扉の向こうでした後、しばらく経ってから二人分の気配が部屋の前から消えていったのを確認してから僕はトウメイさんに此処に僕を留めた理由を尋ねる。
先程トウメイさんが言わせなかった名前の事か、あるいは神父様が言っていた気配に関しての説明を先んじてしてくれるのか。
あるいは恋力という訳の分からない力関して聞くというモノかもしれないが……ともかくキチンと聞くとしよう。
「君には先に話しておこうと思ってな。彼に関して」
「……神父様か?」
「そ。彼なんだけど、間近で見て確信した。彼は――」
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