追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

目覚める(:杏)


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「さて、そろそろ一旦様子を確認しに戻るか」
「はい」

 僕の決意も新たにした所で、グレイに提案をする。
 今は他家の若い男女が相席するのも両家の歓談を邪魔になるという事でお見合いの場を退席しているが、一度問題が起きていないかを確認するために戻るべきだろう。
 貴族としての立場なぞ僕個人としてはどうでも良いのだが、クロさん達やグレイに迷惑をかけるのならば話は別だ。個人の問題も重要だが、受けたからには問題が起きないようにせねばな。

「む、あれは……黒キ日輪ノ神使徒シュマシュだな?」
「そうですね、神父様が何故あのような場所に?」

 と、戻ろうとする前にふと神父様を見かけた。僕達が歩いているクロさん邸の、廊下の突き当りの奥の方に佇んでいる。
 確か彼は先程お見合いの席で、まだ婚約はしていない両者に祝福の言葉だけをかけて退席したはずだが、何故あのような場所に居るのだろうか。

「これはもしや……静かな空き部屋で密会を行う男女の秘め事……!」
「クリームヒルトさんとメアリーさんのどちらに聞いた」
「メアリー様です。よく分かられましたね」
「グレイらしからぬ言葉であったからな」
「そうなのですか?」

 大方メアリーさんが前世のテレビゲームとやらの情報を話したのだろう。実際の経験もないくせに、妙な知識だけは信じているからな、彼女は。

「ですが、男女は空き部屋と見るや否や“ここなら誰も来ないから”という言葉を常套句に逢瀬を楽しむと聞きましたが……」
「あまり他の者にそれを言わぬようにな」

 メアリーさんには変な事をグレイに吹き込まないで欲しいと言っておこう。……まぁ、彼女も別の意味に勘違いしていたり、本気で言っている事もあるので困りものなのだが。
 ともかく、恐らく神父様の性格的にグレイの言うような男女の秘め事は行わないだろう。神父様は生真面目だから、浮気や婚前交渉などは行う事は――

「あ、裸の女性です」
「……!?」

 ――と、思ったら神父様が居る場所の部屋から、赤みがかった金髪の裸の女性が出て来た。
 ま、まさか神父様はあの優しそうな外見と性格に相反して、そういった事をするというのか。シアンさんにどう言えば良いと言うのだ!?

「って、トウメイさんではないか」
「ですね。浮いていませんし、マントも羽織っていないので気付きませんでした」

 しかし女性はトウメイさんであった。彼女は謎の現象により服を着る事が出来ない。ならばあの格好も頷けると言えば頷ける。
 だがマントを羽織っていたはずなのに今は羽織っていないし、普段は浮いてるのに地に足をつけている。さらには何故このような場所で、人目を忍ぶように会っているのだろうか。…………。

「(グレイ。静かに様子を確認するぞ)」
「(承知しました)」

 詮索は良くないが、どうしても気になってしまう。
 シアンさんへこの事をどう伝えるべきか、そもそも伝えるべきなのか、というのもあるが、トウメイさんの事を僕はまだ信用していないというのが大きい。
 妙な所はあるモノの善良な性格、とは思うのだが、確信を得るためには彼女との交流はあまりにも短すぎるのだ。

――彼らは鋭いから、気付かれぬように慎重に……

 なにもなければ後で神父様達には謝るとして、僕らはゆっくりと声が聞こえる所まで近付いていく。
 神父様は鈍いが戦闘に関しては強者であるし、トウメイさんはなにか見ている物が違うかのような反応を示す。最大限に注意をして、ようやく気付かれない可能性が少しある程度であるので慎重にいくに越した事は無いだろう。

「――ほう。まさかそちらから来るとは――――に、気付いたという――か」
「そうだ。鈍い俺でも――が――――クロの――」

 ゆっくりと隠れながら近付いて行くと、なんとか声が聞こえる範囲までこれた。これ以上近付くと気付かれそうなので、ここで耳を澄ませながら会話を聞くとしよう。

――神父様が、トウメイさんの気配に気付いた……?

 そして会話を聞くと、どうやら神父様が妙な気配を感じ取ってここに来たようだ。
 確かクロさんは、お見合いが終わり次第神父様達に説明すると言っていた。前情報としてこういう女性が来る、という事は伝えているのだが、正式な面会はまだであったはず。しかし神父様は無視できないほどのなにかを感じ、ここに来た。というような会話をしているように思える。

――無視出来ない気配、か。

 とりあえず男女の密会でない事は安心したが、別の心配事が出来て来た。
 確かに不思議な女性ではあると言うのは僕にも分かる。しかし、教会関係者である神父様が反応したとなると、それはあまり良くないモノを抱えているという事にはなるまいか。

――場合によっては手助けなどをせねばな。

 神父様がここに来たのは、いつもの単独で突っ走る性格がここ独りで来させたのだろう。誰かに迷惑をかけるより、素早く独りで問題を解決した方が良い、と思っていそうだ。絶対に後でシアンさんに怒られるだろう。
 そして問題が確かな場合であった時は、神父様独りだけではなく、僕達も協力して問題解決に協力するとしよう。そして解決後はシアンさんにこってりしぼって貰うように神父様を連行するとしよう。
 そんな事を思いつつ、続く会話を聞こうとして――

「あ、ああ……ぁぁぁ……!?」

 ふと、神父様が今まで聞いた事の無い、動揺した声を出していたのを聞いた。
 一体何事かと思い、僕とグレイは神父様の様子をよく観察しようとして。

「し、失礼致しました! どうか、我が身に裁きを、おみ足で踏まれて構いません!」

 と言いながら土下座をする神父様を見た。
 …………。
 ……。うん?

「(アプリコット様、神父様はえむに目覚めたのでしょうか)」
「(そうではないと……信じたいな)」

 もしそうならシアンさんになんと報告すれば良いか困るので、無いと信じたい。

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