追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

不安に思う相手(:菫)


View.ヴァイオレット


「では、私は戻るとする。お見合いが上手くいく事を願っているよ。そして恋力を捧げよ」
「よく分からない力なので捧げるのは難しいですが、大人しく部屋に戻ってくださいね」
「君達はただ二人で居るだけで生まれる力だ。アッシュは…………うん、頑張れ」
「その励ましはどういう意味ですか!?」

 トウメイはアッシュとスマルトの体質について軽めの話をし、詳細は後程話すという約束をした後姿を消して部屋へと戻っていった。

「……本当に消えているか不安になるな……ともかく、俺達も戻りますか」

 クロ殿にとっては相変わらずそのままの姿で浮きながら帰ったように見えるようだが、今は私達も戻る事にした。
 覗いていたとバレたら面倒であるし、今の彼らを邪魔するのも忍びない。タイミングを見て食事とでも言って呼びかけ、今後の動向に関して両家で話し合う場を作るとしよう。

「クロ殿、アッシュ。私は少し席を外す。先に戻っていてくれ」

 だがその前に、悪いが片付けるまではクロ殿達にお見合いの他の者達との話し合いなどを任せ、私は今しがた出来た用事を片付けてからにするとしよう。

「分かりました。ではアッシュ卿。シニストラ家の皆さんへの説明と、オースティン家の従者の方々が“ファイトです坊ちゃま、先を越されても負けでは無いのですよ!”と謎の励ましに対する鎮静化せつめいと、どちらから始めます?」
「……前者にしておきましょう。後者は今なにを言っても生暖かい目で見られそうですし」

 本当にアッシュは私が居ない間に部屋でなにがあったのだろうか。
 気にはなるが、その場に居なかった私が出過ぎる訳にもいかないだろう。そちらはクロ殿にお任せだ。

――さて、こちらの方に……

 クロ殿がサムズアップをして「ご武運を!」とこっそりして来たのでそれを同じように返した後、私は先程トウメイが姿を消して去って言った方向へと向かって行った。
 私はクロ殿と違ってトウメイの姿を常時視認できないが、消えたばかりのトウメイならば魔力の残滓を追う事で魔力感知でおおよその方向は掴める。その魔力の残滓を頼りに、屋敷の裏手へて向かって行く。

「おや、君が追いかけて来るとは。てっきりクロが来ると思ったんだが」

 そしてクロ殿達とも離れ、スカイ達が見える範囲からも外れた所でトウメイが姿を隠さずに立っていた。
 私が来た事を意外そうに言うが、浮かずに、しかも姿を消す事無く待っていた時点で私が来る事も想定していた気がするが、今はその事を問答するつもりはない。私が気になっている事、そして去る間際に明確に私かクロ殿を視線で呼びつけてまでトウメイが聞きたかった話をするべきだ。あと、クロ殿と裸の女を二人きりなどにさせてたまるものか。そういった理由で私が来たんだからな。

「スマルトがナニカと混ざっている、というのは勘違いだった、という事で良いのだろうか」
「そうなるな」

 恐らくトウメイはナニカが混じっている、というスマルトを確認したくてあの場に現れたのだろう(恋力とやらも目的だろうが)。そして実際に見てみればスマルトは少々変わった体質なだけであった。

「だが、あの時感じた異質さは確かだよ」
「その時見た相手がスマルトでは無かった、という事は無いのか?」

 ナニカというのがトウメイの勘違いというだけならば良いのだが、別の対象であれば話は違ってくる。あくまでも聞いたのは身体的特徴だけで、シキに来てから日の浅いトウメイには別の誰かと見間違う可能性だってある。

「例えば……シキには五センチから二メートル近くまで身長を可変できるオーキッドという者が居る。彼という可能性はないだろうか」
「うん、私が言うのもなんだけど、大丈夫なのその領民?」
「彼はシキの中でもトップクラスの善良だ。ちょっと影に侵入出来て、亜空間から妙な生き物を取り出す時はあるが、善良だ」
「もしかして善良という言葉が時代を経て、意味が変わったりしてたりする? でもその子ではないと思う」

 オーキッドばらばナニカと混ざっていた所で、クロ殿も「まぁそういう事もあるでしょう」ですぐに解決しそうだったんだが……そう簡単にはいかないか。

「今見て確認したが、あの時見たのは間違いなく彼だ。だが、彼は異質さと呼べるモノは混じって無かったな」

 さらには簡単にいくどころか。私にとってはある意味では最も望みたくない答えが返って来た。

――……こうなると、先程予想した内容の可能性が最も高いという事になる。

 異質さを感じるナニカが混ざっている存在は確かに居て。
 対象はスマルトだと思ったが別の誰かで。
 その時傍に居たのは、誰なのか。
 ……単純ではあるが、私やクロ殿も考えていなかった訳ではない可能性が、今答えとして出ようとしている。

――さて。鬼が出るか蛇が出るか。

 先程この言葉を使った時は、友が上手くいくかどうかと不安になって使った言葉であり、作戦を遂行しようと心を引き締めた言葉であった。
 だが、今回のこの言葉は不安視する相手は友であるが、別の友が対象だ。

「ヴァイオレット、すまないが聞かせて貰えるだろうか。この屋敷に近付くのを感じて、私はつい外に出てしまった彼について」

 私にとっては一番の友であり、親友とも言える存在。
 その親友が愛しく思っている相手。
 このお見合いがつつがなく進行した際に、神前で婚約を結ぶためにこちらに来ている――

「身体に凶器を内包している、神父である彼に関して、聞かせて貰えるだろうか」

 スノーホワイト神父様が、今、不安の渦中に居る。

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