追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

一世一代(:空)


View.スカイ


「とう!」

 と言い、木から飛び降りたスマルト君。
 飛び降り際に足の何処かに響いたのか、着地のポーズでちょっとだけ固まった後、立ち上がって私の前で笑顔を作ろうとする。何事も無かったように振舞ってはいるけれど、表情が崩れないように、痛みを我慢して力を入れているので可愛らしく思う。
 ……先程も思ったが、やはりスマルト君は小柄だ。私(160cm)よりも二十……十五程度は低いような身長。同じく可愛らしく小柄なクリームヒルトよりも低く、さらにはクリームヒルトより細いのではないかと思う細身の体がより小柄さを際立たせている。やはりこのような子相手にお見合いや、無理な婚姻を結ばせるなど……貴族の義務があるとはいえ、やはり後ろめたさを感じてしまう。
 昔から知っているアッシュの弟、という所も複雑ではある。婚姻を果たせれば、シニストラ家のためになるという大きな利点はある。しかしそれをおいてもこの子を――

「では、この立派な庭の散歩でもしましょうか。麗しきスカイさん」

 この、紳士的に振舞う姿が背伸びをするような形にしか見えないこの子を。
 ……果たして私は婚約者として見る事が出来るのだろうか。

――私は、この子を幸せにする事は出来るのでしょうか。







「しかし素晴らしい庭木ですね。手入れが行き届いていて、花も綺麗です。手入れする方の腕と心が良いのでしょうね」
「心、ですか?」
「ええ、庭木の細かな所には性格が出ます。それでいてこの庭木は丁寧に切られ、見栄えだけでなく植物のためを思った剪定をされていますから、腕と心が無ければ成り立ちませんから」

 エスコートされるような形でハートフィールド邸の庭を散歩する私達。
 スマルト君は私に退屈をさせないように会話をしつつ、かつ、地面のくぼみなどの危険性が無いように気を配り私と話していた。

「確かに、まるで植物の声を聞いて育てられているかのように活き活きしていますからね」
「うん、その通りだよね! ……あ、その通りですよね」
「……無理して敬語使わなくて良いですよ?」
「いえ、そういう訳にはいきません。紳士として淑女を敬わなくては」

 スマルト君は女性のエスコートに慣れている、という感じではない。
 話す事と歩く事で精一杯という感じであるし、何所となく緊張している表情が拭えない。私が同意を示すと嬉しそうにするのは、恐らく想定した回答が返って来て実感を覚えた、という所だろうか。本当に可愛らしい。

――女性慣れさせるために、今回のお見合いを受けたのかもしれませんね。

 オースティン侯爵家が今回、御爺様の口車と交渉に乗せられてお見合いを受けた理由。それはもしかしたら彼に今後のためにエスコートを実体験させ、勉強するために受けたのが大きいのかもしれない。

「ご覧ください、スカイさん。あの紫色の花は……花は……そう、クレマチスです。綺麗な紫色ですね」
「ええ、綺麗ですね」
「はい! クレマチスの花言葉は美しい精神、です。スカイさんにピッタリで――あ」
「どうしました?」
「…………。これ桔梗だ……。えと、き、綺麗ですよね! スカイさんにピッタリです!」
「ふふ、ありがとうございます」

 勘違いして言った事に対し、顔を赤くして誤魔化すスマルト君。
 スマルト君には悪いがその様子がとても可愛らしく、つい微笑んでしまう。もし私に弟が居ればこんな感じなのかな、と、そのような事を思ってしま――

「…………」
「どうかしましたか、スカイさん?」
「いえ、なんでも有りませんよ。ところで、桔梗の花言葉はなにか知っていますか?」
「! はい、桔梗の花言葉は誠実とかありまして。花言葉には過去のとある逸話が由来で――」

 私が聞くと、嬉しそうに答えるスマルト君。嬉しそうに見えるのは聞かれた事を答えられる喜びからかなのだろうか。やはり可愛らしい。

――本当に、可愛らしい。

 弟のように可愛く感じてしまうスマルト君。
 だがそれは同時に、私は彼を異性として意識していない事を意味する。
 シャルのような近すぎて意識しない感じではなく、私は彼を恋愛対象として一切見ていないという事だ。
 貴族の結婚に恋や愛は一切ないという事は無く、私の両親やクロとヴァイオレットのように好き合う夫婦もいる。
 だが今の私がしている事のように政略結婚の場合は、恋と愛、そして恋愛対象かどうかを求める方がどうかしている。どうかしているが……

――駄目ですね。私はこの子の妻として相応しくないです。

 シニストラ家の存続。両親への恩返し。そのために彼との婚姻。
 ……婚姻に対し、私が彼に差し出せるものはない。ローズ殿下のお陰で今は没落を免れているが、いつ没落してもおかしくないシニストラ家との婚姻は、オースティン家に利益は無い。
 そして、私はこの子を幸せにする自信も無い。
 六歳も年上の女を。好きでもない女を。面白みも可愛さも無い女を。
 ……夫を恋愛対象とすら見ていない女を妻にして、彼は幸せになれるというのか。
 ……なれるはずがない。誰も、幸せになれない。

――いっそ彼が妻に“跡継ぎ子供さえ生んでくれれば良い”と言う貴族なら良かったんですが。

 ……だが、楽しそうに物語を語るこの子は、そのような言葉は似合わない。
 この楽しそうな表情を崩さずに相応しい女性と結ばれて欲しい。
 そしてクロとヴァイオレットのような、幸せな家族を築き上げて欲しい。
 そう、思ってしまうような子なのである。

――このお見合いは上手くいかないでしょうね。

 ごめんなさい、お父さん、お母さん。……そして御爺様。
 お見合いは上手くいかないけれど、別の方法で存続させる方法を探します。だから貴族の義務を果たせない私を許してください。
 ですがせめてお見合いの間はこの子のために頑張ります。
 そしてこの子と少しでも仲良くなれば、今後なにかに役に立つ可能性も大いにあるかもしれませんから。……今回はそれだけで許してください、御爺様。

「ああ、それと。桔梗の花言葉にはこういうのもありまして」
「どのような言葉でしょうか?」
「永遠の愛・変わらぬ愛。という花言葉があるんです。……この花言葉に相応しい間柄になりたいですね」
「はい?」
「ああ、そういえばスカイさん。愛で思い出しましたが――」

 だが、この時の私は気付いていなかった。
 先程の本気とは思えなかった、冗談みたいな告白。それが冗談でもなんでも無く。

「先程の告白の返事を、聞かせて貰えっても良いでしょうか」

 彼にとって一世一代の本気告白という事を、気付いていなかった。
 それに気付いた時、私は彼に――

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